2. 蝶(ちょう)と自由(じゆう) (3)
蝶と自由 (3)
「ああ。ちゃんと整備して送り返したよ。ありがたいから、今日の調整費用は受け取らないつもりなんだけど」
「何、そんなことで……普通に金は受け取れよ。調整は上手くやってくれるから俺も周囲の人たちに推薦したんだ。おかげで飯をいっぱい奢ってもらったよ」
「ハハッ。推薦するほどの腕前だと見てくれてありがたいね」
アベルは今月来たお客たちを思い浮かべ、首を振った。
互いに互換性のない義体の装着など、まだマシな方。
中には、違法プログラムを本物だと思って使う者までいた。
それでも基礎的な機能が使えない者はいなかったのは幸いである。
もし少しでも事態が深刻であれば——。
アベルは迷わず病院に連絡し、救急車を呼んでいただろう。
「それでも……片腕は戦争用、片腕は一般義体を装着して来た人は少し酷かったな」
おまけに義体を自ら分解組立する趣味でもあるのか。
一般工具で義体を全て掻き回している始末——。
その上、自作の義体プログラムを使っているようだが。
完成度は、深刻なほど悪かった。
結局、アベルはプログラムだけを正規品に交換。
残りは施術を行う義体業者に引き渡さざるを得なかった。
「ああ、あの人か。義体制作に関心があるようではあったが。それでいて『とにかく義体は動きさえすればいい』と考えている人だったよ」
アベルはリアムの言葉に再び呆れ果て、深いため息を吐いた。
それならいっそ、義体を使わない方が正しいはず。
しかも戦争用義体は、あらゆる機能を搭載したフラッグシップモデル。
それでいて火器管制がないため、機能の半分以上が作動しない有様。
——アベルの中にある、残り少い技術者の魂。
そこに火が点けられるような気分だった。
「あの人は……悪いが、二度と引き受けたくないな」
その有様を見て、どれほど腹が立ったことか。
専門知識もなく飛び込んで、まともにできる分野ではない。
やるなら最低限、人工知能でも使えばいいものを。
人工知能の助けさえ借りれば——。
あえて自分の腕に移植せずとも、試すことができるのだから。
それでも腕を動かす分には、さして無理はない。
だからこそ、アベルは辛うじて忍耐力を発揮できた。
そうでなければ、本気で頭に血が上り——。
客だろうが何だろうが、ボコボコに殴って送り返していただろう。
『真鯛を釣ってやったのに、缶詰を作るような感じとでも言おうか』
それも、まともな工程ではない。
勝手に組まれた工程で作られた、安物の缶詰である。
「ハハッ。理解できるよ。それでも警護チームの中では成果が良い方なんだけどな」
「……あの人の腕に付いているの、民間所有が禁止された戦争用義体だぞ。少し旧型ではあるがな」
「何っ!?」
いくらリアムでも、アベルの言葉にはひどく驚きを隠せない。
同じ警護部署ではあるが——。
各自がどんな義体を、どうチューニングして持ち歩いているか。
それをあえて聞くような真似はしなかったのだ。
「並大抵の人間では手に入れるのも難しい義体だ。路地裏のチンピラ程度なら、腕の基本機能だけで制圧できるはずだ」
「まさか……」
「いや、本当だ。腕に小規模な歪曲場が付いていて、人差し指と小指の先には超音波発生器があって、対象者を聴覚で無力化させられる。腕に40mmの榴弾発射機が内蔵されていて。腕自体で誘導弾丸、トップアタック大口径弾丸、化学レーザー弾丸に対する照準補正もしてくれる」
「?????」
リアムはあり得ないという目で、じっと見つめる。
アベルは次の言葉を吐き出す前に息を大きく吸い込んだ。
——何とか鎮まろうという努力。
「でも、指の特殊機能は自分で弄ってみてことごとく無力化された。榴弾発射機を使いたくても適した火器管制がないから、銃の基本機能の使用も不可能だし。残りの照準補正も同様だ」
その他にも色々(いろいろ)な機能がさらに付いていた。
繊細な作業を補助できる、独自の人工知能。
微細粒子を収納して噴射できるノズルシステム。
瞬間的に工事装備に準ずる筋力増強が可能なモジュールなど——。
『完全に使える機能はほとんどなかったな』
「ほう……腹が立つわけだ」
「金を何倍も払うならともかく、あの人はこれ以上調整したくないね」
その時を思い出したからか。
また頭が痛んできたようで、アベルはこめかみをぐっぐっと押さえる。
そうしたところで、良くはならなかったが。
「そうだな。あんたの自由だ、それは」
「はあ。とにかく。今日は一般的な調整だよな?」
アベルはカプセル型の椅子を開けながら尋ねた。
少し前まで有栖あらがいたため——。
電源を再度入れる必要はなかった。
「ああ。全体的に一通り点検だけしてくれ」
リアムは慣れた様子でカプセル型の椅子に座る。
椅子に蓋が被せられ、後ろへと軽く倒れ込んだ。
「特に変わった症状はないか?」
アベルは普段通りに症状を尋ねる。
しかし、リアムは返答をためらっていた。
「リアム?」
「いや、うーん……これは義体の問題じゃない気もするんだけど」
「何でも教えてくれないと診ることもできないぞ。分からないなら分からないって言うから心配するな」
アベルが眼鏡をクイッと上げながら尋ねた。
ここまで言っているのに、症状を隠すのも妙な話である。
「幻聴が少し聞こえているんだ。ノイズとでも言うべきかな?」
「DNI関連の問題ならあり得るな。脳移植チップっていうのは繊細な部分だから……俺もそっちの専門家ってわけじゃないが」
ひとまずアベルは点検を回してみる。
ゆっくりとシステム状態が立ち上がり——緑色のランプが点灯した。
「症状はいつからあったんだ?」
日付が分かれば、ログを調べられるだろうと思い尋ねる。
何か衝撃があったり、交戦があったりしたなら。
——その影響かもしれないからだ。
「一週間くらい前からだ。副業で要人の警護をしたんだけど……」
妙に言葉を濁すリアムを不思議に思う。
すでに全て知っている内容なのに、躊躇う理由があるのだろうか?
ところがリアムはため息まで吐く始末——。
まるで、その事をひどく後悔しているようだった。
「記憶修正士だったんだ。チップ代わりに曖昧な記憶を蘇らせてくれたり、消したい記憶を補完したり補正してくれるって言われてさ」
アベルはなぜ躊躇ったのかを理解した。
記憶修正士といえば——どうしても犯罪を消したくて頼るという印象が強い。
アベルであっても、記憶修正士に会った事実は隠したかっただろう。
「なんだ、そんなことで。俺は堂々(どうどう)とした職業か?」
だが、それは知ったことではなかった。
アベルも今、非合法と合法の境界線で商売をしている身。
武器庫や地下室に何があるのかを、アスフォデル警察に知られれば——。
違法なギャング団として扱われる可能性すらある。
記憶修正士に会って何かをした程度なら、可愛いものだった。
「それでもあんたは法的に問題があるわけじゃないだろ。著作権や特許権が少し問題になるくらいか?」




