2. ガラクタ機械(きかい)の存在価値(そんざいかち) (15)
ガラクタ機械の存在価値 (15)
「解体にもお金がかかるから。それに住む人がいなければ苦情も来ない。都市の立場からしたら管轄区域を縮小して終わりだろう。もう管轄外だから。それでも作ってあった上下水道や最低限の電気は維持されているようだけど。」
夜間の物流のために、街灯だけは点けている。
——それが、せめてもの救いだろう。
「急に人がいなくなったの? なんで?」
「少子化と高い死亡率、政治の怠慢が作り出した風景だよ。」
「難しい話だね……とりあえず視覚共有したよ。」
〔風景、素晴らしいですね。解像度を上げて保存しておきます。〕
デッカードも満足したのか、そう返した。
有栖は座ったまま伸びをする。
そして、アベルを見ながら明るく笑った。
「いい景色を見せてくれてありがとう。でも、のんびり景色を見に来たわけじゃないよね?」
「そうじゃない。」
はっとしたアベルは首を向けた。
有栖はワンピースとジーンズを着ていた。
薄いワンピース。風が吹くたびに生地が揺れる。
アベルはわざとらしく咳払いをし、視線を外らした。
「えーと。隣にあるのはオデュッセウスが出した軍用レールガンだよ。お前の火器管制と互換できそうだと思って。」
「さっきから認識はされてたんだけど……」
「一発だけ撃ってくれ。できれば標的に当たるように。」
隣のレールガンを見るアベルの目。
そこには期待感が漲っていた。
2mを超える大きさを、何でもないとでも言わんばかりに。
「え? ただのレールガンじゃない? 照準器で標的を見て、引き金を引けば出るけど? 発射信号もDNIで送れるし。」
有栖がアベルを見ながら首を傾げた。
彼女にとっては、特に変わったところのないレールガンだから。
こう質問するのも無理はなかった。
「いや……戦争のせいでレールガンはヤミ市場にときどき出回ってたりはするよ。量は多くないけど、お金さえあれば手に入る。問題は火器管制がないってことなんだよ。」
「火器管制?」
〔火器管制とはFCS(Fire Control System)とも呼ばれ、現用武器を発射するために必要なDNIシステムのことです。誘導弾、誘爆弾などの特殊な弾薬を使用したり、こうしたレールガンを扱えるようにするためのプログラム及びオペレーティングシステムのことですよ。〕
デッカードが説明してくれた。
有栖はまた、逆方向に首を傾げた。
「意味はわかるけど……これはただのレールガンだけど?」
「レールガンは戦略物資だよ。流通量は国家的に制限されているけど、火器管制システムはそれ以上だ。ネットで共有するのはもちろん、製作しようとするだけで政府の要員が飛んでくるぞ。」
「え? わたしは大丈夫?」
「お前のDNIシステムには、どこかにログを送ったり通報する機能自体が作られていないから。それに銃は俺が直接手を入れて無線接続をすべて切っておいたし。」
アベルは、指先がボロボロになった手袋を脱ぎ捨てながら言った。
たった一発の試し撃ち。
そのためにこれほど苦労したことに、有栖は少し恐ろしくなるほどだった。
「でもレールガンってそんなにすごいの?」
「すごいよ……」
〔すごいです。〕
今度はデッカードもアベルに同意した。
「射程距離が10kmを超えて、そんな遠くから装甲車まで貫通できる武器がレールガンだから。」
だから、レールガンの使い道は無限にあった。
長距離狙撃による要人暗殺から、戦争に投入されての長距離狙撃による部隊阻止。
距離の優位性を活かして、航空機を攻撃するのにも使われた。
「ふーん。わたしは知らなかったけどね。まあ頼まれたんだから撃つのは難しくないよ。」
「データ収集までうまくいったら今日の夕食は食べたいもの作ってあげる。」
「わあ! 早く撃って帰ろう!」
有栖は喜んで、床に敷いたマットに平らに伏せた。
そして、トラックの荷台から大量の電線が繋がれたレールガンのほうへ。
ごろんと転がっていった。
「弾は二発しかない。狙いをつける前に目標を教えて、狙いをつけたら教えて。俺が撃てと言ったときに撃ってくれ。わかった?」
「はいはい!」
アベルは望遠鏡を見ながら、有栖のお腹が空いているかどうか確かめ直した。
有栖が面倒くさがって食べないことはあっても、アベルがおろそかに食べさせたことはない。
——だが、こんなに食べることが好きだとはまったく思っていなかった。
'帰りに肉でも買っていこう。できればアイスクリームも。'
有栖の左腕には、仮設義体が付けられていた。
デッカードとの戦闘で損傷していた義体ではない。
そこにレールガンまで用意しなければならなかったので、出費はかなりになった。
——だが、アベルの頼みを聞いてくれたのだから、その程度は出すことにした。
「あそこ、見える?」
「……あそこって言われてもわからないって。」
「あそこ2.5km先の屋上にある赤いボロ切れみたいなの!」
アベルは有栖の言う方向を探した。
旗のようにたなびく布。
それが、かすかに見えた。
「当てられる?」
「はいはい! 撃とうか?」
「ああ。まあ。準備できたら撃って。記録はちゃんとされてるから。」
「爆風と耳に気をつけて。」
有栖の言葉に、アベルは絶縁手袋で耳をふさいだ。
まあそんなに大きいはずはない——そう思いながら。
〔ジィィィィィン……〕
人間の可聴周波数を超えた発射音。
それはかえって奇妙な振動となって、周囲を揺らした。
レールガンに繋がれていた電線の大半が千切れるほどの、大きな爆風。
有栖の肩にかかっていたアベルの外套も、後ろへ飛んで床に落ちた。
爆風がおさまり、鼓膜の響きが静まる。
アベルは望遠鏡で標的を確認した。
ボロ切れの中央部。
そこに、小さな穴が開いていた。
「これ連射もできるけど。もう一発撃とうか?」
有栖が嬉しそうに聞いた。
しかし、アベルは首を振った。
「だめだめ。ここまでとは思わなかった。EMPに使ったバッテリーをそのまま持ってきたんだが、電線もだめになって散々(さんざん)だな。今日は撤収しよう。」
「あははは。じゃあこれがわたしのメイン武器になるの?」
有栖はレールガンを肩に担ぐ。
そして、アベルに聞いた。
「いや。ちょっと借りただけだよ。レールガンの無線通信機能を取り除いてあげる条件で。」
「え?」
「これをわたしたちが使う場面が何かあるか。要人暗殺とか戦闘関係の依頼を受けるつもりはないし。」
「うーん。レールガン、おもしろかったんだけど……」
「おもしろい?」
「うん。発射されるときに見える青い軌跡がきれいだった!」
聞いたことも見たこともない、珍しい感想。
アベルは有栖をまじまじと見つめた。
そんな気持ちを知ってか知らずか、有栖はレールガンをトラックの荷台に積み上げた。
そしてアベルを見て、目をキラキラさせた。
「あれ一発でわたしたち一週間の食費だよ。」
「ひえっ……」
アベルの言葉が衝撃的だったのか。
有栖はトラックに積まれたレールガンから、慌てて手を離した。
「それで夕食は何が食べたい?」
床に敷いていた狙撃マットと荷物を片付けたアベル。
彼は運転席に乗りながら言った。
有栖は、アベルが食べたいものを作ってくれるのがとても嬉しいのか。
ラジオからかすかに流れる歌声に合わせて、リズムを取っていた。
「あなたです。」
「え?」
「あなたが食べたいです。」
「???」
「あなた、だって。」
アベルはこれがどういう意味なのかさっぱりわからず、しばらく固まった。
有栖は、ギアノブの上に置いたアベルの手をそっと撫でた。
「まさか人喰い……」
「ちょっと!」
「なな、落ち着いて。俺はおいしくないから。」
「もう……デッカード。接続切るよ。アベルとわたしは少し遅く帰るから。プライバシーを守ってもらえる?」
〔わかりました。家は一人で守っておきます。〕
「なんで急に!? 聞きたいことが……」
「いいから、こっちにきて!」
有栖はアベルのえり首を両手でつかみ、引き寄せた。
「ちゅ……」
二人の唇が一瞬重なってから離れた。
有栖の舌が、アベルの唇をそっと舐めた。
「あ、たまには……わたしのこと、温めてくれてもいいんじゃない?」
有栖がアベルの首を抱きしめながら言った。
「もしかして……」
「言葉にしないとわからない?」
「……違う。」
アベルは眼鏡を外して、ラジオの音量を上げた。
そして助手席へ移り、シートを後ろへ倒した。
「ふっ……」
先ほどの軽いキスとは違った。
お互いを求めていることが感じられるほど。
——軽いキスよりも、少し長く続いたキスだった。
やがて、アベルの手が有栖のワンピースの中へ入っていった。
有栖は、わずかに冷たい感触に体を緊張させる。
それでも、アベルの首の後ろに回した手を離さなかった。
「ちゅ……」
長いキスが終わった。
有栖は息を整えながら、アベルの襟をつかんだ。
顔が真っ赤になった有栖は、どうしようもなくて。
アベルの頭を少し握りしめることしかできなかった。
首に感じる感触に、全身に鳥肌が立つ。
ゆっくりと上がってくる手の感触が、体を強張らせるようだった。
有栖が震えていることに気づいた瞬間。
アベルは、すぐに手を止めた。
「怖ければしなくていい。」
その言葉に、有栖はしばらく何も言えなかった。
そして少し後。
先にアベルの襟を引っ張って、胸元に顔を埋めた。
「じゃあ……そのままでいいから、抱いていてよ。」
アベルは答える代わりに、彼女をそっと抱き寄せた。
その夜。
二人は長い間、何も言わずにお互いの体温を感じていた。




