2. ガラクタ機械(きかい)の存在価値(そんざいかち) (13)
ガラクタ機械の存在価値 (13)
アルファは面倒くさそうに言いながら手を差し出した。
アベルは待ってましたとばかりに、左ポケットから記憶装置を取り出して渡した。
「オルフェウスで実験的な義体を人間に移植したという話は聞いたことはありますか?」
アベルは有栖についての情報があるかと思い、問いかけてみた。
「まったく聞いたことがありません。」
そして返答は予想通り——たいした情報はなかった。
記憶装置を渡したアルファは運転席からアベルを見た。
苛立ちでいっぱいの目。
「もう終わり?」と無言の圧力をかけていた。
「無礼を失礼しました。こちらは私の仮想IDです。この都市で活動なさるご予定がおありでしたら、ご連絡をご検討いただければと思います。」
「はい、わかりました。お疲れ様でした。」
見もせずに名刺を受け取ったアルファ。
すぐにペダルを踏んで都市を後にした。
気分を大いに害したようだ。
「お。終わった?」
隣の店でミルクシェイクを飲んでいた有栖が出てきた。
「大体終わったよ……でも、それ何のお金で買ったの。まだ依頼の報酬の精算もしてないのに。」
アベルが有栖の手に持たれたシェイクを見ながら言った。
「え? いや、お店のご主人が友達になろうって言ってくれてたんだけど?」
「??? なに?」
「だからこれは友達になった記念ってくれたの!」
そんなものをおいそれと受け取っていいのか。
そう言おうとしたアベルは、やめて首を振った。
子供でもなく成人なのだから、有栖の身の回りのことは自分で何とかするだろう。
——なぜならアベルは保護者でも家族でもないからだ。
こういうことに口を挟むのはひどく難しかった。
とりあえずアベルは入って、有栖が飲んだミルクシェイクの会計をした。
「ご主人。誤解を招くような言い方はしていただかないほうが……」
「ん? うちの娘に似てたからサービスしたまでだよ。お金も払わずに座ってたのはどうかと思ったけどな。」
幸い誤解だったようだ。
アベルもミルクシェイク……を注文しようとして低カロリー(ていカロリー)の飲み物を買い、有栖と外に出た。
「あ……知らない人がお菓子や食べ物をくれると言ってもついて行っちゃだめだよ。」
微妙な関係だけど、これくらいは言っても大丈夫だろう。
基本的な常識を言っているだけだから。
「え? なんで?」
「危ないから。誰かに誘拐されて身代金を要求されたり……」
そこまで言ったアベルが口を止め、首を傾げた。
あのアンドロイドと戦っていた有栖を思えば——むしろ誘拐犯のほうを心配すべきではないだろうか。
アベルの作業場に勝手に入り込んでいたチンピラたちも、梱包されて大通りに放り出されていたし。
「誰かに暴力を振るわれたり……」
有栖に?
戦闘アンドロイドと一対一が成立するのに、普通の人間や適当に改造した義体を持っている程度の人間なら相手にもならないだろう。
有栖が戦ったアンドロイドは、企業の最新技術を詰め込んで育成した要員を二人も倒した。
そんな凄まじいロボットだったのだから。
「何を飲んだかわからないから?」
「大丈夫。わたしの舌は危険物質があったら勝手にアラームを出してくれるから! 嘔吐反射とも繋がってるし!」
変わったものがあるんだな。
そう思ったアベルは、ため息をついた。
「どちらにせよ、危ないから。」
話を締めくくったアベル。
現金自動支払機に向かい、有栖に送金しようとした。
「銀行の口座番号かIDを教えて。」
「ないんだけど?」
「ない?」
「うん。口座みたいなのはないよ。」
「銀行……ユニオン・テンプルとか、バンク・オブ・アスフォデルとか?」
「ないって言ってるじゃない?」
「……いや、銀行に行ったことがないってこと?」
「うん!」
明るく答える有栖。
アベルは何と言いようもなく、呆然と見つめるだけだった。
〔ピピピ〕
時間切れでアベルのカードが自動支払機から出てきた。
ぼんやりしたままカードを財布に戻したアベルは、頭を掻いた。
「じゃあ依頼完了の報酬はどうやって受け取るつもり?」
「え? そうだね。うーん……現金?」
「それは泥棒に入られたり、なくしたりするでしょう……それにたいていの店では現金はもう受け付けないよ? わたしが使ってるプラスチックのカードも、だんだんなくなりつつあるし。」
DNIを使ったリアルタイム送金は手数料がはるかに安い。
そのためクレジットカードが廃れつつあった。
アベルも頭が痛い問題だった。
「じゃあアベルが代わりに預かっておいてよ!」
少し考えた有栖は、空いているアベルの手を握りながら言った。
ちゃんと動かない義手だったが、かろうじて動く人差し指と親指。
それでアベルの手のひらをそっと握れる程度にはなっていた。
「……お金は人に預けるものじゃない。そのために銀行があるんだから。」
ため息をついたアベルが有栖の手をきちんと握り返しながら言った。
「じゃあアベルはアラを飢えさせて殺すつもり……?」
「死ぬとは言ってないけど!?」
「じゃあアラが必要なものがあるって言ったら買ってくれない?」
「必要なものなら……買うよ。」
アベルは銀行に行って自分の名義でもう一つ口座を開き、
有栖にカードを渡そうかと考えた。
「うん! 残りのお金はアベルが好きにしていいよ! アラは別にお金がそんなに大事じゃないから!」
「じゃあ俺がお金をどこに使うかわかって……」
「何とかするでしょ! アベルがいなかったら、アラは前に死んでいたんだから!」
全く間違っているわけでもないが、今回の件はアベルもずいぶん助けてもらった。
アベル一人で依頼を受けていたら——
アンドロイドに歪曲場と隠蔽場が確認された瞬間に電話をかけ、「自分の手には負えない」と断っていただろう。
「少し気が重いな。とりあえず記録はしておくよ。」
「ううん。アラにも返すべきお金があるじゃない。」
「返すべきお金?」
「アラを調整してくれた分の代金をまだもらっていないじゃない。保証金として残ってるよ。」
アベルはひどくぎこちなく頷いた。
正直調整というのはそれほど大した技術でもないし、お金がそれほどかかるものでもない。
——だから、良心に引っかかるのは変わらなかった。
「だからお金はあまり気にしなくていいよ。他のことは少し気にしてほしいけど。」
有栖は明るく笑いながらアベルに言った。
「じゃあ俺に何を気にしてほしいの?」
「わたし!」
有栖はその言葉を待っていたとばかりに、ぱっと笑顔を咲かせる。
そして指で自分自身を指した。
「アラのことを気にしてよ!」
もちろん可愛くはあるけれど……
アベルは理解できないという意味で、首を横に傾げた。
「あ。義体の調整がまだ完全じゃないんだな。わかった、やってあげるよ。」
「え?」
「元々(もともと)義体の修理も見なければならないし、壊れた義体のまま生活し続けるのは不便だろう。今みたいに包帯と手袋で固定しているんじゃなくて、ちゃんと修理できるか調べてみる。専門の修理店に任せるのもいいかもしれない。」
有栖はアベルの言葉に少なからず驚いたのか。
口をぱくぱくさせながらアベルを見た。
すでに飲み干したミルクシェイクを、ゴミ箱にざっと投げ入れながら。
「こんな男が世の中にいるの!? どう考えても今のって告白じゃなかったの?!」
「????? 何の話だよ!?」
「この……お前、女と付き合ったことないでしょ!」
「いきなり何の人身攻撃だ!? 違うぞ!!」
「最初に会ってから、あまりちゃんと触れてこないし!」
「起こすときは揺さぶって起こしてるじゃないか! ほとんど毎日触れてるぞ! 今だって手を繋いでるじゃないか!」
「そういう意味じゃないでしょ! この、不能野郎!」
「!?!? 突然!? そうじゃないってお前もわかってるだろ! なんで突然無意味な人身攻撃なんだ!?」
「人身攻撃……!? わあ、ロマンがない!」
「……不能じゃないって証明してやろうか。」
「うわあ……」
有栖はアベルの言葉にあきれて、ぽかんとアベルを見つめるだけだった。
アベルがまったくわからなくて左右に二度ほど首を傾げたとき。
有栖はため息をつき、両手で顔を覆った。
「うへん……どうしよう。この不憫なのをどうやって人間らしくしよう?」
「俺は純度100%の人間だけどな。少なくとも脳は。」
「笑わせないで! わたしたちが相手にしたアンドロイドのほうがずっと人間らしいわよ!」
「なんで怒ってるんだ? 人身攻撃を受けたのは俺なのに。」
悲しそうに泣きそうな顔をする有栖。
アベルはそれが怖いのか、少し距離を取った。
「もう。あんたはわたしがこんなに……しても何も感じないの?!」
有栖はそんなアベルを追いかけた。
後ろから腕を回してきつく抱きしめる。
アベルは飲み物がこぼれないよう気をつけながら、有栖を見下ろした。
「……意外と近接戦闘員にしては、背が低いな?」
「はあ……」
有栖はため息をつきながらも、アベルを離さなかった。
「ちょっと抱きしめ返してよ。」
これがどういう意味なのかアベルが気づくのは、ずっと後のことだろう。




