2. ガラクタ機械(きかい)の存在価値(そんざいかち) (10)
ガラクタ機械の存在価値 (10)
〔チチチ……〕
ようやく隠蔽場の中にいた要員が姿を現した。
この空間のどこかにいるとは思っていた。
天井のパイプと配線の束の間に隠れていたのだ。
そして、下へと落下してきた。
〔ピュッ!〕
アベルは射撃した。
ロボットの歪曲場を一定周期で活性化させるためだ。
そこで異変が起きた。
〔カン!〕
「?!」
歪曲場が有効でなかったことにむしろ驚いた。
ロボットの顔に火花が散る。
それを見て、有栖も少し驚いた。
斧を握る手がわずかに遅れる。
しかしロボットは、短剣が刺さった左手を伸ばす。
そして有栖との距離を保つだけだった。
〔ガシャン〕
上から落下してくる要員が着地するより前のこと。
ロボットの背中にあったショットガンが、前に飛び出た。
右手に握られた大型ショットガン。
それは自然に落ちてくる要員を狙った。
装着していた刀は、右腕の固定装置にしっかり固定されていた。
〔ピュピュピュピュッ!〕
とにかくアベルはこれが好機だと判断した。
——理由はわからないが、歪曲場は切れている。
ならば弾丸を十分に食らわせないといけない。
どれだけアンドロイドにセンサー(感知器)が多くとも。
どれだけ防御力が高いとしても。
……どうせ主な視覚センサーは頭部にある。
位置の優位性を活かすために、そこへ設置するしかないからだ。
貫通しなくともいい。
弾丸の衝撃で揺さぶるだけでも十分だった。
〔ドカン!〕
雷のような銃声が夜空を引き裂いた。
この建物では、せいぜい刃物がぶつかる音しかしなかった。
あるいは、サイレンサー付き小銃が発射される音。
そんな場所に、初めて轟音が鳴り響いた。
地面に着くや否や、要員の肩から上が消えた。
もちろん、それで絶命した。
首ごと頭部がすべてショットガンに吹き飛ばされたのだ。
どうあっても生き残ることはできない。
この状況での変数が消えたのは残念だった。
だが、とにかくこの機会を活かさなければならなかった。
「有栖!」
アベルが叫んだ。
弾倉一つ分の弾を、首と顔に全部叩き込む。
歪曲場はまだ有効になっていなかった。
弾倉を交換する間に、有栖が状況をひっくり返す。
そうすれば、今回の件は無事に終わるだろう。
「わかった!」
有栖は残り一本の短剣を取り出す。
そして、ロボットに突き入れた。
ショットガンはむしろ近すぎて意味がない。
再びロボットは刀を取り出す。
それを右手に持たなければならなかった。
有栖は、そのわずかな隙を逃さなかった。
〔ピュッ! ピュッ! ピュッ!〕
アベルは弾倉を交換するのをやめた。
代わりに、拳銃を撃ち続ける。
少しでもダメージを蓄積させようとしたのだ。
顔は十分にマッサージしてやった。
今度は膝と腰を狙って、拳銃を発射した。
〔キィン!〕
ロボットが刃を振るう。
それを有栖の短剣がギリギリで受け止めた。
そして短剣と同時に、斧を振るう。
斧はロボットの左肩の駆動部を正確に打ち抜いた。
血の流れないロボットの体。
そこから、潤滑油と冷却水の一部が噴き出した。
〔ドスッ!〕
アベルはついに、ロボットの眼球センサーを撃ち抜いた。
赤く光っていたそれを、拳銃で破壊したのだ。
もはや赤い光はなかった。
「はっ!」
有栖は覚悟を固め、歯を食いしばった。
刀身にひびの入った短剣を逆手に握る。
それを、斜めに振り下ろされる刃に当てた。
そしてDNIを使う。
体に装着している義体を操作した。
〔カドドド……〕
刃は当然とばかりに短剣を砕いた。
そして有栖の左腕深くに食い込んだ。
「?!」
ロボットはこの状況に驚いたのか。
目に見えてうろたえ、後ろに退いた。
有栖はそれを逃すまいとした。
義体の電源を完全に落とす。
前に大きく一歩踏み出した。
そして右手に持った斧を振るった。
〔ザクッ……ボトッ。〕
肉屋の包丁が肉を捌くような音がした。
ロボットの右ひじの接続部分が、斧で切り落とされたのだ。
切れ端が床に転がる。
そして有栖は、ロボットの左腕を強く掴む。
そのまま、そこにぶら下がった。
「アベル!」
有栖が名前を呼び終わる前のことだった。
拳銃を放り出したアベルが、後ろから飛び出す。
そのままロボットに突っ込んだ。
有栖がロボットの左腕を掴む。
そして無理やり引き上げた。
アベルはその隙に後ろから飛び掛かる。
ロボットの腰と肩を支え、持ち上げた。
ミシミシ——。
有栖の左腕義体に負荷がかかる音がした。
「うおおおおおお!」
急激な荷重と運動が襲う。
脊柱と腰、膝が悲鳴を上げた。
だが、アベルは止まらなかった。
さっきから目に焼き付けておいた南側の通路。
そこに向かって狂ったように走り出す。
工事中の欄干の端、ギリギリまで辿り着いた。
〔ジィン……〕
有栖は万が一に備えていた。
アベルにぴったりついて走っていたのだ。
何かあれば、すぐ頭を斧で叩き割れるよう準備しながら。
だからこそ気づくことができた。
ロボットの首の後ろにある何かの装置。
そこに、赤い光が灯ったことに。
「アベル!」
万が一、リアクターの制御部が頭にあってはと避けてきたことだ。
だが、有栖にはどうしようもなかった。
頭を飛ばして状況を見るしかない。
ロボットが何かをした後では遅すぎる。
〔ジィィィィン!〕
「下に伏せろ!」
しかしアベルが走るのを止める。
そこからひざまずくのには、時間がかかりすぎるだろう。
有栖は背が届かなかった。
ロボットの頭を飛ばすことはできなかった。
〔ドン!〕
だから二人は阻止できなかった。
ロボットが最後のあがきをするのを。
「うっ!」
「うわあああ!」
アベルと有栖は後方に吹き飛ばされた。
奇妙な圧力によるものだった。
ロボットが何をしたのか理解する前のこと。
アベルは経験でロボットの着地位置を見当てた。
ちょうど、欄干の5cm手前。
かろうじてつま先で立てる位置だ。
〔ピン―〕
アベルのベルトに挟んでいたEMPグレネードのピンが抜けた。
遅延信管が燃え始める。
そして、宙を飛んだ。
その瞬間、アベルの背中に壁が当たった。
体勢が悪いから投げる正確度は高くないだろう。
しかし正確に投げる必要もない。
手榴弾は近くに金属の塊があれば勝手に起爆するからだ。
「くっ!」
背中に大きな衝撃を受けた。
アベルが痛みを堪えた呻きを上げる。
有栖はアベルより近い場所に衝突していた。
その分だけ衝撃を多く受けている。
万全ではないようだった。
ロボットは空中から飛んでくるEMPグレネードを——
左腕で打ち払おうと……。
「?!」
最後の瞬間、センサーがロボットを裏切った。
小銃と拳銃で衝撃を受けたセンサー。
それはEMPグレネードの正確な位置を把握できなかった。
戦闘を続けた駆動装置も限界だった。
左腕を満足に伸ばせなかったのだ。
そのため、手榴弾はロボットの左太ももに当たった。
〔ウィィィィン!〕
低周波に近い音が鳴り響く。
電磁波が周囲に広がった。
ロボットは体勢を整えられなかった。
宙で曲芸のような姿勢を収拾できない。
そのまま、後ろに倒れた。
ロボットは空を見上げる姿勢のまま、地面へと落ちていった。
あらゆるものに平等な重力。
それと同じように、今この瞬間だけは空に浮かぶ月も平等だった。
すべてを平等に照らしていたのだ。
だからこそ、ロボットは月に向かって腕を広げた。
月を迎えるような姿勢で地上へ向かった。
〔ドカン!〕
要員たちが乗ってきたオープンカーの上。
そこに巨大なアンドロイドが叩きつけられた。
アルファは狼狽えながらもアンドロイドを攻撃しようとする。
電撃棒を突き刺した。
しかしロボットはあっけなく、それを左腕で打ち払う。
何度か突き刺し続けた。
辛うじてアルファが電撃を与えることには成功する。
だが、アンドロイドは高圧電流にまったく反応がなかった。
「え? ちょっと、ちょっと?」
当然だ。
発電所の前で、バッテリー数個の電気ショックをしてみても意味などない。
しかしアルファにはわからなかった。
今の状況を理解するだけの知識も経験もなかった。
その間に、アンドロイドはよろめきながらオープンカーに接続した。
そしてケーブルを繋ぐ。
アルファは武器が効かないとわかると、慌てた。
周囲をキョロキョロと見回すだけだった。
アベルは何度か横に転がった。
欄干の外に顔を出す。
ロボットが落ちたのを確認するや否や、携帯電話を操作した。
大型EMP発生装置を作動させたのだ。
〔ジィィィィィィン!〕
肉眼で一部が歪んで見えるほどだった。
凄まじい出力のEMPが発生した。
その衝撃波は、周囲の建物のガラス窓を割る。
街灯や信号を停止させるほどだった。
「くそっ……」
しかしロボットを停止させるには不十分だった。
最新型の車両に搭載されたEMP防御装置。
これを利用したのだ。
もちろん完全に遮蔽されるわけではないだろう。
だが、とにかく今すぐ手足を動かせる。
その程度の行動力は確保できたはずだ。
EMPで故障した他の部分は、逃げた後で考えればいい。
'本当に頭の回るロボットだな。'
ちっ、と舌を打ったアベル。
再び大型EMP装置のボタンを押した。
しかし反応はなかった。
再充電にかなりの時間がかかるだろう。
一度使用後に整備をしていない。
だから、どこかが故障したのかもしれなかった。
〔キィィィーッ!〕
アベルが舌を打っている間のこと。
オープンカーはタイヤが鳴る音を立てて前へ出発した。
ロボットは素早く電線を繋ぐ。
ほとんど、車と一体化したアンドロイドのように見えるほどだった。
「くそっ……」
痛みで伏せた状態のまま。
かろうじて下を見ていたアベルは悪態をついた。
そして、仰向けに寝転んだ。
「有栖?」
有栖を呼んだが返事がなかった。
アベルより近くで柱に激突したからだろうか。
それとも万全でない状態で臨んだ激戦のせいだろうか。
有栖は気を失っていた。
アベルは少し首を巡らせた。
空に浮かぶ月を見上げる。
青い空に浮かぶ明るい島のように。
鎮座する月が、とても美しく見えた。
「めちゃくちゃだな……」
独り残された人は月を見上げる。
そして、ため息をついた。




