2. ガラクタ機械(きかい)の存在価値(そんざいかち) (8)
ガラクタ機械の存在価値 (8)
「状況の共有をお願いします。」
到着するや否や、車から勢いよく降りたアベル。
アルファを見て言った。
アルファの隣には、高級な銀色のオープンカーが停まっていた。
「DNIを接続していただければ情報をお送りします。」
「それはお断りします。法的に危険ですので。」
アベルは通信を開こうとする有栖に手を伸ばす。
それを止めながら言った。
——なぜなら、DNIの識別コードが残れば、それ自体で対象が特定される。
後で告訴や法的措置の根拠になりかねないからだ。
「わかりました。ここは現在建設中の建物です。全21階のうち15階まで基礎が固まった状態です。対象は3階から徐々(じょじょ)に上へと追い込まれています。」
「無力化する手段はありますか?」
「はい。EMPグレネードがあります。」
アベルはその言葉にわずかに眉をひそめた。
「スペックを考えると、はるかに不足しているはずです。対象の出力が高すぎるのではないですか。」
「だからEMPグレネードを4個まとめたものを用意しています。まず格闘で制圧した後、頭部のコアユニットをEMPで焼き飛ばすわけです。」
アベルは何か言い返そうとしたが、歯を食いしばってかろうじて頷いた。
EMPを4個まとめたからといって、電磁波の出力が4倍になるわけではない。
発電所にEMPグレネードを数個投げ込んだところで、発電所が止まるはずがない。
内蔵バッテリーで回路を切り替えればすぐ動ける——。
そう反論したかったが……。
'客が無知なのはどうしようもない。'
アベルは、アルファがどういう人物か少しわかってきた気がした。
義体がほとんどないのはもちろん、戦闘経験もほとんどないだろう。
おそらく高位の役員。
EMPグレネードどころか、銃弾一発すら撃ったことがないかもしれない。
そしてそうする必要のない立場なのだろう。
ベータとチャーリーという要員も、アルファの護衛として連れてきたようなものに近いだろう。
'役員? それに近い何か?'
どうあれ最初から企業の幹部として、他の人間に指示するだけの立場だったのだろう。
この可能性まで念頭に置くべきだったのに、アベルの考えが浅かった。
それでもEMP装備を持ってきている。
敵を範囲内に引き込めれば、勝ち目は十分あった。
「……電話で通信を繋いでください。」
「わかりました。武運をお祈りします。」
結局アベルは諦めて、工事現場の中に入ることにした。
有栖はアベルより少し前に出る。
そして周囲を警戒し始めた。
「ふーん。10分も前に上がっていったみたいだね?」
有栖が周囲をさっと見渡してそう言う。
次の階へ向かう階段を指した。
「不思議だね。空気や床に残っている余熱を見ているの?」
「そう。目も義体だから。」
「それはちょっとうらやましいな。」
アベルは鼻先まで下がってきた眼鏡を、そっと押し上げた。
そして姿勢を引き締め、周囲を警戒する。
2階へ向かう階段のほうへ足を向けた。
「通信接続確認。聞こえますか?」
アベルが耳に差したイヤホンを叩きながら言った。
【確認。誰だ?】
「アベル、他1名です。2階に上がっていますので、現在位置を共有してください。」
【5階北側、対象は動いていない。私は隠蔽場を使っているから、上がってくる際に知らせるように。】
「確認。5階に上がる際に位置を共有します。」
「あれ? 何してるの?」
交信を切ると、有栖がアベルに質問した。
こういう形で通信したことがないのか。
不思議そうにアベルを見ていた。
「位置がわからないと驚いてお互いを撃ち合うことになりかねないから……こういうの初めて?」
「うん。前にギャングをぶっ潰したのが初めてだよ。」
——本当に初めてだという。
アベルは特に言う言葉もなく、頭を掻いた。
「まず知っておくべきことは、EMPは遠隔で作動できるってこと。アンドロイドを南側の窓の外に投げ飛ばしたら、地面に落ちた瞬間にボタンを押すから。」
3階へ上がる階段。
アベルが有栖に言った。
本来なら、空き地でアンドロイドを引き込んでEMPを起動するつもりだった。
だが、要員たちがすでに交戦中だという。
潜入作戦は崩れ去っていた。
「わかった。でも範囲は狭い?」
「……正確な範囲はよくわからない。テストできなかったから。だからできるだけ近くで起爆しないといけないと思う。」
当然、作業場ではテストができなかった。
——なぜなら、高価な機材がある作業場でEMPを起爆したら、破産寸前になるだろうからだ。
隣家や公共機関、社会インフラなどに被害を与えれば、罰金や刑事処罰にもなりかねない。
アベルが知る限り、作業場の近くに自動体外式除細動器を付けた老人も一人いる。
EMPを使ったら、意図せず人を死してしまうかもしれなかった。
「空き地みたいなところで一度試してみればよかったんじゃないの?」
「あれはただの知り合いが趣味で作ったものなんだよ。その人が動作確認はしたと言っていたけど、使い道がないから俺に譲ってくれたものだって。大量のバッテリーが必要なんだけど、バッテリーというのは自然と寿命が縮まる部品だから、刺したまま置いておくだけでも維持費がかかるんだよ。」
「うーん……本当にちゃんと動くんだよね?」
「うん。ちゃんと動くはずだよ。」
有栖が、半信半疑の表情でアベルを見た。
アベルは苦笑いしながら断言するしかなかった。
EMPというものが、それほど高度な技術を要するものでもない。
メンテナンス(整備)を済ませた時点で、ちゃんと動くと期待するしかなかった。
「不安なのはわかる。最悪の場合はアンドロイドの手足をもぎ取って止めるしかないよ。」
アベルがため息をつきながら言う。
むしろ有栖が眉をひそめた。
「……それって可能なの? 装甲車より防御力が高いスペックなのに。」
「装甲車だって装甲板を剥がしちゃえば同じ車だよ。車には修理中の外部義体もあるから。」
もちろん持ってきてはいる。
だが、それを使うことになれば外部義体の修理はさらに遅れる。
有栖の体の状態はさらに悪くなるだろう。
だから、そういうことが起きないほうがいいのだが……。
'計画というのは作戦開始から5分以内に必ずゴミ箱に捨てられるものだから。'
常に最終手段を念頭に置かなければならなかった。
——戦闘というのは、どこへどう転がるかわからないものだから。
あの要員たちも、本来の計画はアベルを除いて、自分たちだけでロボットを回収するつもりだったのだろう。
うまくいかなかっただけで。
アベルは舌を一度打って有栖を見た。
気がつけば3階だった。
「今からでも外部義体を持ってきたほうがよくないかな?」
中央階段の近くにある戦闘の痕跡。
それを見ながらアベルがつぶやいた。
少なくとも10人以上の人間が死んでいた。
意外にも血はほとんど飛び散っていない。
切断された箇所が焦げていたためのようだった。
だから3階の床には、無数の腕や脚が転がっている。
それなのに血痕はほとんどないという、奇妙な光景になっていた。
そして腕と脚を失った人々(ひとびと)は、ショック状態に陥るか。
あるいはその状態のまま抵抗して死んだようだった。
首がついていない遺体のほうがむしろ少数だったから、大体そう推測できるだろう。
この都市の死亡率は公式に発表されていない。
住民登録がされていないことも多い。
せいぜい前科のある人間は登録されているものの——。
捜査機関もほぼ崩壊したこの都市では、大した意味はなかった。
だからこれは都市の日常だ。
火に飛び込む虫のように。
明日の糧のために身を投げ出し、路上に放り捨てられる人間は星の数ほどいる。
あまりに当たり前の日常。
報道機関や公共機関も、まるで気にもとめないほどだ。
「待って。ヴェインが話した内容に、一つの階が血まみれだったという話もあったんじゃないか?」
アベルがわずかに眉をひそめて言った。
有栖は聞いてからまだ数時間も経っていない。
当然覚えていて、頷いた。
「そうだったね。」
「でも今は違う。高熱武器の使い方を習得したんだよ。」
「え……え? 本当だ?」
「このロボットはリアルタイムで学習している。」
顔をぐっとしかめたアベルが傷跡を調べた。
最初に攻撃したと思われる箇所は、温度が足りず完全に焼けていなかった。
中盤あたりではほぼ炭化している。
後半になるほど、効率的な温度に合わせてきているようだった。
人間を切るときと武器を切るときでも、温度を変えているようだった。
「長期戦になる前に、一瞬で一気に畳みかけて終わらせないといけなさそうだね。大丈夫?」
「うん。何が言いたいかわかる。」
有栖は脇に差していた環刀を抜く。
そして、鞘を置いた。
「最初から全力で相手にしなきゃいけないってことでしょ?」
「そう。もうすぐ着くから準備して。あと一段上がればすぐ敵がいると思ってくれていい。」
アベルは通信で5階に上がると有栖に伝えた。
一段さらに緊張を高める。
足音を立てないよう気をつけながら、5階へ上がった。
「5階到着まもなく。通信沈黙。」
万が一ロボットに聞こえてはと、アベルはそう言った。
通信を一時中断した。




