2. ガラクタ機械(きかい)の存在価値(そんざいかち) (7)
ガラクタ機械の存在価値 (7)
「ところで、ヴェインさんにちょっとよそよそしくしすぎじゃなかった?」
有栖が助手席に乗り込む。
シートベルトを締めながら口を開いた。
アベルはエンジンをアイドリングさせる。
——しばし考え込み、静かに首を振った。
「いや。常識的な範囲だったと思うが。」
「え? 本当に?」
「そうだよ。あの人は自分の仕事を十分果たした。命が危険な状況でも任された任務をやり遂げた。この都市では珍しいことだよ。」
「ふーん……」
「それに俺は軍に所属していたんだ。作戦に出たこともあった。」
「え? 知らなかった。軍人さんだったんですね?」
「……そんなに長くはなかったけど。」
アベルはゆっくりと車を走らせる。
向かう先は——出発したばかりの作業場だった。
「状況がよくないな。少し早いが今決めてくれるか?」
携帯電話の画面。
そこに表示されたメッセージを、アベルはちらりと見下ろす。
——険しい顔のまま、有栖に告げた。
「今回の仕事をするのか、しないのか?」
もともと、明日から待機する予定だった。
だが、アベルは今から動くつもりのようだ。
「そうだ。対象の位置を見つけたから、今すぐ来てほしいと言ってるな。」
有栖は前を見つめる。
しばらく考え込んでから、彼女は手を伸ばした。
——ギアノブに置かれたアベルの手。
その上に、そっと自分の手を重ねる。
「ふーん。私が危なそうだったら駆けつけてくれる?」
「うん。俺が駆けつけることが役に立つ状況ならな。」
「それなら十分。私も加わる。」
無邪気な声。
それを聞いて、アベルはふっと笑った。
命を懸けるには——あまりに根拠が薄すぎる。
だが、戦友だと思えば、それもまた当然のことだった。
「笑うな! 情が移った。」
有栖もアベルを見つめ返す。
——悪戯っぽい笑顔を浮かべて言った。
「そんな言葉はどこで覚えたの? この時代にまだ情なんてものを求める人間が残っているのか?」
「知らないよ。私の中にはまだ残ってるみたいだけど!」
「惚れすぎないでよ。」
「あら。それはもう手遅れじゃないかな? 一緒に同じベッドで眠ったことがある仲なのに。」
冗談のつもりでスルーしようとした。
しかし、その言葉はどうにも無視しにくい。
アベルは深くため息をつく。
——横目で、有栖をじっと見やった。
「……ちょっと、ちゃんと話そう。お前が床やソファでは眠れないとぐずったんだろ。かといって俺がベッド以外で寝るのは申し訳なくて我慢できないって言ってたじゃないか。別のベッドを手に入れようとしたら、一人で寝るのが怖いって言っただろ。」
「うん! で?」
「惚れることとは別の話だって言いたいんだよ。お前だって同じじゃないか。」
アベルは真剣な顔で言った。
まもなく作業場に到着する。
そこから装備を持ち出し——別の車へ乗り換える必要があった。
「え? 私は最初から好きで抱きついたんだけど。」
「え?」
「私があんたのことが好きなの、本当に知らなかった?」
「……何?」
「『私を見て顔が赤くなる女の子は珍しいんだよな』なんて言うから、私の気持ちをわかってるんだと思ってたんだけど?」
有栖はおどけて見せる。
アベルの口真似をしながら言い放った。
彼は驚愕した表情を浮かべる。
——勢いよく首を巡らせ、隣の有栖を見た。
「???????」
「前、前! 車庫のシャッター閉まってるよ!」
「あ、うん。あれは開けないと。」
慌ててブレーキを踏む。
急停車した車から、有栖は何事もなかったように降りた。
助手席のドアを閉める。
——空を見上げながら、大きく背伸をした。
「じゃあ私は先に装備を揃えて出てくるね? 武器のあるところにあるやつは使っていい?」
有栖は明るく笑う。
先に足を踏み入れ、中へと消えていく。
車庫のシャッターが開ききった。
——それでもアベルは、彼女が入っていった扉をぼんやりと見つめていた。
「はあ……」
やがて、ため息をついて車を駐車する。
どうせ、他愛もない冗談だろう。
——そう自分に言い聞かせながら。
アベルは小銃と拳銃を一丁ずつ用意する。
一方の有栖は、自分の腕の長さを確認した。
手頃なサイズ感の環刀。
短剣を二本、そして手斧を一本。
——それらを慣れた手つきで揃えていく。
意外なことだった。
有栖は、武器の装備に酷く慣れていた。
服の上からベルトを巻き付ける。
そこに短剣と投擲物を収納した。
すぐ横には、環刀を縛り付けてしっかりと固定。
手斧は革製の鞘に収める。
——そのまま右の太ももに括り付けた。
左腕の義手には、まだ完全に慣れていないらしい。
何度か空中に斧を振るい、その感覚を確かめていた。
「EMPグレネードと煙幕弾くらいは持ったけど……他に必要なものある?」
アベルが防弾ベストを着込む。
さらにその上からチェストリグを装着しながら応えた。
胸の前には小銃の弾倉が6本。
拳銃の弾倉も2本追加で収納されている。
腰のベルトには、EMPグレネードと煙幕弾が吊るされていた。
右の脇腹に拳銃を差す。
スリングを使い、小銃を背中側へと回す。
——その姿は、今すぐ戦場へ向かえる熟練の兵士そのものだった。
「うーん。EMPグレネードで十分なんじゃない? 昨日の書類にあったあの大型EMPがそんなに必要かな?」
「このEMPグレネードが出せる電磁波の総量が、アンドロイドのリアクター出力の10分の1にも満たないんだよ。たぶん大したダメージなく耐えるはずだ。」
有栖は「あ」と小さく声を上げた。
納得したように、深く頷く。
——発電所を攻撃するのに、乾電池を繋いでも意味がない。
多少のダメージは与えられるかもしれない。
だが、完全に機能を停止させることは難しいだろう。
巨大なリアクターを止める。
その目的のためには、はるかに強力な一撃が必要だった。
「じゃあ敵を見つけたら私が先に攻撃して、出力が歪曲場に取られて素早く動けないときに、私が接近しなきゃいけないってことね?」
「そうだ。それに君が離脱するか、距離を取らなければならないときも俺が射撃すれば多少楽になるだろう。」
交戦当時の話を聞いて以来。
アベルはずっとそのことを考え続けていた。
——移動しながら歪曲場を展開する技術。
到底、どのように実現しているのか見当もつかない。
だからこそ、分解して内部構造を探りたかった。
だが……まだ戦闘すら始まっていないのだ。
戦利品から考え始めるのは、どう見ても順序が違う。
——アベルは思考を断ち切った。
ひとまず、目の前の戦闘に集中することに決める。
「特に思い当たるものはない。爆発物は……さすがに使いにくいじゃないか?」
「そうだよな。下手にリアクターが破損でもしたら大変だから。」
だからこそ、大型EMP装備が必要だった。
——なぜなら、それが一番確実だからだ。
外装にダメージを与えず、アンドロイドを無力化するための最善手。
二人は装備を整え、車庫の奥へと進む。
そこには、分厚いシートを被って眠る一台の車両があった。
シートを剥がし、運転席へと乗り込む。
外装の腐食は酷く、ペンキもほとんど剥がれ落ちている。
——だが、とにかくドアは開いた。
走るための車輪も、しっかりと付いていた。
「……博物館にあるべきものじゃないの?」
文句ではない。
有栖は、本気の心配からそう尋ねたのだ。
二人が乗り換えたのは、旧式のディーゼルエンジン車。
エアコンすら付いていない代物だった。
アベルも、完成品としてこれを手に入れたわけではない。
廃棄寸前の壊れた車体。
そこに様々(さまざま)な部品を組み合わせ、強引に復元したキメラに近い。
保管状態は決して良くない。
だが、今回の仕事さえ終われば、二度と使うことはないだろう。
——だからこそ、部品の状態には目を瞑った。
徹底的な価格重視。
安さだけを求めて、かき集めたのだ。
「EMPに対応するにはしかたなかったんだよ。電子機器のある車だとダウンするから。それに1日で調達するのがどれだけ大変だったか。」
「うわ……エンジンかけるときにキーを回すんだ。」
アベルはハンドル脇のキーシリンダーにキーを差し込む。
ゆっくりと、右へ回した。
がたがたと激しい音を立て、重々(ぐる)しくエンジンが始動する。
——有栖は思わず顔をしかめた。
慣れない振動と音、そして匂いだったからだ。
「俺の時代にはこういうのがまだ少し残っていたんだよ。ポ○ター・トラックって聞いたことある? これが中東やテロリストたちが中古品を輸入・改造して軍事作戦に使ったりもしてたんだよ。これにミサイルも載るんだって? 荷台がピックアップトラックより広くて、値段も安いから本当に紛争地域はどこへ行ってもこういう車があったよ。」
いたずらっぽい顔でアベルは笑う。
だが、有栖はさらに眉をひそめるだけだった。
——こんなボロ車に、ミサイルが載る?
全く意味がわからない。
「そんな不信感たっぷりな顔で見ないで。ワクワクして。本当にこのトラックの許容重量が1トンになってるんだけど、3.5トンまで載せられるんだよ。俺が見た中で一番呆れたのは対空砲と多連装ロケットだったよ。」
「何の話だよ? この後ろに砲が載るって言うの?」
「迫撃砲と重機関銃は俺の持ってたピックアップトラックの後ろにも積めるよ。でも航空機を狙うための対空砲も積めるし、122mm多連装ロケット砲も積めるんだって。本当にそこからロケットが出てくるのを見たんだから?」
有栖は、完全に変人を見る目でアベルを見つめた。
——もっとも、実際におかしな人ではあるのだが。
「お前が俺の時代に中東にいなかったからそう思うんだよ。こういうトラックを改造して軍事ゲリラが使うのをテクニカル(technical)と呼んでいたんだ。」
「??? 中東? いったい何歳なの?」
もはや、ほぼ唖然とした反応しか返ってこない。
そんな有栖を、アベルはただ微笑ましく眺めるだけだった。
「生きるだけ生きたよ。死ぬ時もわからず地上を彷徨う幽霊みたいなものだと思って。」
「うわあ。塩を撒かないとな。キッチンにハーブソルトあったよね?」
「……知らないな。幽霊にハーブソルト撒いたら退散できるのかな?」
「塩を撒けって言うのは聞いたことあるけど、ハーブソルトでもいけるんじゃないかな? どうせ塩だし。」
そんなとりとめもない会話を続ける。
やがて、エンジンが十分に暖機されたと判断した。
アベルは慎重にクラッチとギアを操作する。
——ゆっくりとアクセルを踏み込む。
重たい車体が動き出し、暗い車庫を後にした。
「うわ……本当に動いてるね。不思議だな。」
「エアコンもヒーターもないから我慢してくれ。そんなに必要な天気じゃないけどな。」
「かなり高かったんじゃないの?」
「ほぼ格安だったよ。お前が今選んだ環刀と短剣二本、手斧と大して変わらない値段だよ。」
有栖の表情は、酷く強張っていた。
アンドロイドと戦うと言われた時よりも、ずっと不安そうだ。
今にも車が爆発する——。
そう言われても信じかねない、不信感でいっぱいの顔。
——彼女は、ただ無言でアベルを見つめていた。
〔ウィーン……〕
さほど遠くない場所まで、車で来ていた時だった。
——ふいに、携帯電話が振動する。
「はい。調整師のアベルです。運転中なのでスピーカーフォンです。装備を揃えて目的地へ向かっています。」
〔到着予定時間はいつですか?〕
「5分以内に到着します。私とチームメンバー一人が一緒に行きます。」
〔確認しました。できるだけ早く来てください。〕
電話を切る。
アベルは静かに頷いた。
——ちらりと首を巡らせ、隣の有栖を見やる。
「心配しないで。悪いアンドロイドは私がうまく対処してみる!」
「そうだな。このトラックの荷台には大型コイルがあるだけだから、EMP範囲内まで引き込んで一発お見舞いしてやろう。」
計画はいつも通り——非の打ち所がなく完璧だった。
そしてアベルも、有栖も、同時にそう思っていた。
——どうせ、計画通りにはいかないだろう、と。




