2. ガラクタ機械(きかい)の存在価値(そんざいかち) (6)
ガラクタ機械の存在価値 (6)
「失礼します。アベルと申します。こちらは私のチームメンバーの……」
「有栖といいます。よろしくお願いします!」
翌日、アベルと有栖は病院の入院室を訪れた。
そこはかなり高額な入院費がかかる場所。
普通の市民では、入院どころか治療を受けるのも難しい病院だ。
——その入院患者の見舞いに来たのだった。
「……なかなか特殊な組み合わせだな。ガキと男とは。署長が送ったのか? 内査課にはすべて話しましたが……」
ベッドに半ば身を起こしている人は、鼻の上から厳重に包帯を巻いていた。
耳まで厳重に包帯を巻いている。
——おそらく、DNIを通じて視覚と聴覚をすべて送受信しているのだろう。
何があったのかはわからない。
だが、相当凄惨だったことは明らかだった。
「あ。失礼しました。このたびジェネラル・テクニカと仕事をすることになった調整師です。こちらは近接戦闘担当です。」
「はあ。企業のパシリが来たか。言う事はないから帰れ。」
患者はぶるぶると震える左手で、ベッド脇に付いているボタンを操作する。
ゆっくりと、ベッドを平らに下げ始めた。
「これは企業から頂いたものではなく、私が個人的に調査した内容です。
マーカス・ヴェイン。今年で34歳。軍で特殊戦の訓練を経て実戦に投入され、その際の記録はすべて抹消されています。私が入手できたのは、アラスカ戦争とメキシコ国境地帯の防衛作戦に投入された程度です。おそらく期間を考えればもっと多くの戦場を経てこられたと思います。」
「あんた、何者だ?!」
ヴェインの経歴を淀みなく読み上げるアベル。
それに驚いて、彼は再び身を起こそうとした。
だが、全身の怪我で満足に体が動かない。
結局、声を上げるだけだった。
「その後、特殊戦訓練の経験を活かして警察士官学校に志願し、特別採用されて訓練を受けた後、一時期教官として活動されましたね。軍での経験を活かして基礎開豁地訓練と市街戦訓練の一部を担当されました。そしてこの都市、アスフォデルの警察特殊部隊の小隊長を務めて2年目の在籍中です。間違いありませんか?」
「だからそれをなんであんたが知ってるんだ!」
「純粋な敬意からです。あなたのような英雄に守っていただいた市民として、国家と社会が十分にお力添えできていないことを、残念で申し訳なく思っております。」
ヴェインには、自分の姿が見えない。
アベルはそうわかっていたが、あえて腰を折って礼をした。
有栖も初めて見るアベルの態度に驚いた。
それでも雰囲気に合わせ、おずおずと頭を下げた。
「え……何か俺が助けてやったとかそういう人か?」
まだ表情はほぐれていない。
だが、それ以上声を荒げることはしなかった。
政府や警察からも聞いたことのない激励と感謝。
それを見ず知らずの人間がしているのだ。面食らうのは当然だった。
「いいえ。一度もお会いしたことはありません。ただ、あなたがいらっしゃったからこそ、この都市の犯罪者たちは特殊部隊をより一層警戒し、警察を恐れたはずです。それだけでもヴェインさんは治安に十分貢献されたのではないかと思います。」
「……?」
ヴェインは少し拍子抜けした。
この都市の人々(ひとびと)は、警察に感謝する理由などない。
公権力はすでに地に落ちていた。
実質的な被害が発生しない限り、警察は何もできない。
犯罪者が犯罪を犯した後では遅すぎる。
被害者が出てから犯罪者を捕えても、被害者の家族から「遅すぎた」と責められるのが常だった。
そして犯罪者からは、銃弾を贈られるのが日常なのだから。
だからこそ、生まれて一度も会ったことのないアベルが「あなたの献身に感謝します」と言うのは当然の言葉だった。
しかし、その当然の言葉を生まれて初めて聞く。
その違和感と居心地の悪さから、ヴェインの口は勝手に動いていた。
「たいしたことでも……」
戦場を渡り歩き、戦場よりも過酷な任務に投入される特殊部隊。
そこで荒んだ口が、さらに激しい言葉を吐きそうになる。
だがその前に、ヴェインは首を振った。
——なぜなら、感謝してくれる人間にわざわざ毒を吐く理由はないからだ。
「私どもがここへ参ったのはもちろんジェネラル・テクニカが情報を提供してくれたためです。しかし調査をする中で、この崩れかけた都市を支えておられる……アトラスのような方にお会いできて礼を申し上げた次第です。不快に思われたならお詫び申し上げます。申し訳……」
「あ、いや。俺がその、アトラスとかそういうわけじゃなくて……ただ金をもらった分だけ働こうとしてたらそうなっただけだよ。実際に部下たちはみんな死んでしまったし……」
ヴェインはこういう状況に慣れていないのか、言葉をどもらせた。
その様子はどこかおかしかった。
だが、アベルと有栖は特に表情を変えなかった。
笑うには、ヴェインの怪我が深刻すぎたからだ。
「それは本当に残念です。」
アベルは丁寧に言って、深くため息をついた。
ヴェインも亡くなった戦友たちを思い出したのだろうか。
舌を打ち、首を巡らせて遠くを見つめた。
「もし何があったか教えていただけますか? 私たちはそのロボットを捕まえて早く会社に引き渡して、都市が安全になってほしいんです。」
有栖はある程度落ち着いた口調で、ヴェインに尋ねた。
しかし、ヴェインは躊躇する。
このすべての出来事が、そもそも企業のせいで起きているのだ。
企業と関係のある人間をまた信じるのが難しいのは、当然だった。
「どんなお気持ちかは察します。実は私どもも気持ち的には殉職された方々(かたがた)の仇を取るためにも叩き潰したいところですが……リアクターが問題です。放射能が出ますよ。」
アベルがそこに釘を刺した。
「なに?!」
どれだけ企業に恨みがあるヴェインでも、アベルの言葉には反応せずにいられなかった。
「あのロボットにはAPR2500cリアクターが使用されています。つまり……」
「勝手に作動停止するか、リアクターが破損したら放射能が漏れ出すということか?」
アベルの言葉を遮ったヴェイン。
頭痛が込み上げてきたのか、点滴の下に付いているボタンを一度押す。
そして、こめかみをそっと押さえた。
やがて鎮痛剤が回り、痛みが引いていく。
「わかった。何があったか最初から話してやる。くそっ、核融合リアクターとは……」
痛みが和らいだヴェインは、ぼやきながら頭を抱えた。
肉体的な頭痛ではない。
精神的な頭痛があるようだった。
「お辛い中、話してくださってありがとうございます。」
話をすべて聞いたアベルは、丁重に感謝を述べた。
——なぜなら、怪我をした人間に「なぜ怪我をしたのですか」と聞くこと自体が、精神的に愉快な事ではないからだ。
「はあ。核融合リアクターとはな。だから軍用歪曲場を使いながらも歩けたのか……バッテリー充電式なら一弾倉も防ぐ前に電力が底をつくはずだが、リアクターから直接動力を生産する方式なら可能だろうな。」
「歪曲場の詳細なスペックは推定できますか?」
もちろん、アベルはスペックを読んで知っていた。
だが、あえて知らないふりをする。
ヴェインに話しかけながら、ノートにメモを取り始めた。
「たぶん軍用の歪曲場だろうな。一方向から弾丸を撃ち尽くしてもとぼとぼと歩いてきたからな。それにどうやったかはわからないが、1kgほどのプラスチック爆薬が至近距離で爆発したのに無傷だった。」
'それは歪曲場じゃないような気がするが……'
歪曲場というのは、どんな形であれ限界出力が定まっている物だ。
爆発物の破片ではなく、爆薬そのものを防ぐほどの反発力。
それを発揮するには、出力の問題以前に歪曲場の装備自体が耐えられないはずだ。
——おそらく、別の技術が組み込まれていると見るべきだろう。
'待って。歪曲場を使いながら歩く?'
現行のアンドロイドなら、その出力に耐えられないだろう。
だが、次世代プロトタイプで大量のバッテリーを使用するなら、理論上は可能だ。
そうした仮定のもと、移動しながら歪曲場を展開できるとしたら。
相手にするのは、ほぼ不可能だった。
こちらの遠距離攻撃は一切通らない。
それなのに、歪曲場をオンにしたまま近づき、近接攻撃をしてくるのだ。
移動できないという歪曲場の弱点が、完全に相殺されたことになる。
「そして俺たちは4階まで捜索を終えて5階にいたんだが、4階で最初の交戦が起きた。隠蔽場もあると見てよさそうだな。」
それはすでに予測済みだったので、アベルは淡々(たんたん)とノートにメモをした。
「遠距離武器はありませんでしたか?」
有栖が手を挙げて尋ねる。
その声がかわいかったのか、ヴェインはふっと笑った。
「残念ながらあった。背中に大きなショットガンが収納されていてな。俺が目をやられた後、それを防弾ベストの上から喰らって建物の外に吹き飛ばされたんだ。」
ヴェインの肩から下には、厳重に包帯が巻かれている。
おそらく、肋骨から大部分の内臓まですべて負傷しているのだろう。
防弾ベストは貫通こそ防いだ。
だが、その衝撃を完全に遮断することはできなかったのだ。
「歪曲場を使いながら……ショットガンを撃ったんですか?」
「あ、それは違う。もうどれだけ弾を撃ち込んでもアンドロイドを止められないと判断してな。みんな近接武器を持っていた。」
アベルは小さく安堵のため息をついた。
内側から撃った弾だけを選別し、無力化しないような歪曲場。
そんなものがあるとしたら、それ自体が歩く戦車か要塞になってしまう。
そんなものと戦うのは、あまりにも理不尽だった。
もしそうだったなら、アベルは潔く依頼を断っていただろう。
「では弾丸はどれほど撃ち込んだんですか?」
「軽機関銃1丁、突撃銃が7丁だったから……それぞれ2弾倉ずつ交互射撃した。」
アベルは素早く頭の中で計算する。
軽機関銃から200発。突撃銃からは700発ほど。
これだけ弾を撃ち込んでも、歪曲場が無事なら——銃にはもはや意味がない。
歪曲場が切れたのを確認してから射撃するなら、話は別だが。
「ひょっとして近接攻撃は成功しましたか?」
「……アンドロイドが速すぎた。腕も、脚も。」
ヴェインは長くため息をついた。
近接武器を一度も命中させられなかったということだろう。
アベルも有栖も、特にそれを責めるつもりはなかった。
——なぜなら、どれだけ義体を移植しても、人間がアンドロイドより速くなるのは難しいのが常識だからだ。
「他に特記事項はありますか?」
「特には……実際の交戦時間はかなり短かったから。」
「わかりました。ありがとうございます。」
アベルは頷いた。
この程度でも、十分に参考になったからだ。
「どうかお大事に。」
「あの……」
有栖とアベルが帰ろうとすると、ヴェインが二人を呼び止めた。
何事かと、二人は立ち止まってベッドを見た。
「もし退院したら相談に乗ってもらえるか? たぶん安物の眼球義体くらいは市から移植してもらえると思うんだが。」
アベルは少し笑う。
そして、プラスチック製の自分の名刺を、ベッド脇のテーブルに置いた。
「名刺はDNIチップでもお送りします。私の作業場はランカ・ストリート221番地にあります。」




