2. ガラクタ機械(きかい)の存在価値(そんざいかち) (5)
ガラクタ機械の存在価値 (5)
「ふーん。それで私も巻き込まれたってこと?」
有栖はアベルが買ってきたミルクシェイクを飲みながら見上げた。
ミルクシェイクが入ったカップ——。
そこには有名なフランチャイズのロゴが貼り付いていた。
「違う。お前が嫌なら強制はしないよ。」
アベルはハンバーガーとポテトも取り出して、有栖の隣に置いてやった。
突然親切になったアベルの態度。
それに、有栖は少し戸惑うだけだった。
「これおいしいね。」
「そうだな。食べながら考えてみろ。俺は先に寝る。」
有栖は少し戸惑った。
ほんの少し、お酒の匂いをさせて帰ってきたアベル。
話しながら、ずっと微笑んでいたからだ。
かなり機嫌がいいようだった。
'そして、かっこいい。'
ケイトがアベルに惚れた理由がわかった気がした。
情熱を持った男というのは、それ自体でキラキラと輝いている。
その事も分かったし、アベルが微笑む姿はとてもかっこよかった。
普段は無表情で、少し眉をひそめている。
そのため、こうして微笑む姿がより特別なのかもしれなかった。
'おかしいと言い出したら全部おかしい。'
これだけの技術と知識——。
それを持っていれば、面接を受けるだけで企業が引く手あまたのはずだ。
なぜ企業に入らないのか、理解できないほどに。
それに、なぜ企業ではなく、こんなみすぼらしい作業場にいるのか。
DNIでもなく、キーボードとマウスを使って仕事をしているのかもわからなかった。
百歩譲って、これらすべてに合理的な理由があるとしよう。
それでも、企業を潰すという目標を考えれば——。
今していることは、ただの生活でしかない。
一番確実な方法。
それは別の大企業に入って実績を積むことだ。
企業内でチームを立ち上げ、他の企業を潰す。
短時間では無理だろうが、有栖とは違って技術力があるのだ。
アベルなら、企業に入ればもっと安定して目標を達成できるはず。
その過程で、有栖はお荷物になるだろうし。
'でも言う必要はないか。'
ただ、有栖はバカではなかった。
これは有栖の立場から考えたこと。
アベルの事情がどういうものかは、正確にはわからなかった。
どの企業をどうやって潰すのか。
具体的な計画は聞いていなかったからだ。
だから、なぜ自分を追い出さないのかと、薮蛇になるようなことを言う必要はない。
あえて、ここから出て行きたいわけでもないし。
「お……おいしいな。」
初めて食べるハンバーガー。
それは、涙が出るほどおいしかった。
ソースとパティの豊かな肉汁。
温かいチーズが口の中で混ざり合う。
素晴しい余韻を残した。
気持ちよくお腹が満たされた有栖は、アベルについて部屋に上がった。
アベルは着替えて机に座り、録音機のファイルを確認していた。
「アベル、もし私が参加したら、私は何をすればいい?」
「近接戦闘の専門だから、アンドロイドの制圧が一番合ってるな。外部義体で筋力補助ができるなら難しくはないけど。」
有栖はアベルの言葉に首を横に振った。
地下で自己修復が進んでいる腕はある。
しかし、その速度はかなり遅かった。
今この状態では、完全な戦闘力を発揮できない。
「まだ筋力補助が完璧じゃないんだ。これ以上破損したら速度がもっと遅くなるだろうし。左腕の義腕を使うのは最大限控えたい。」
「ふーん……」
その言葉にアベルは考え込んだ。
不完全な筋力補助での近接戦闘——。
それは、あまりにも危険だ。
'遠距離攻撃は歪曲場のせいで意味がないだろう。'
歪曲場のオン・オフには時間がかかる。
展開中に射出武器を発射したら、手が飛んでいくかもしれない。
それに——。
基本的に近接戦は、アンドロイドの方がはるかに優勢だ。
柔軟性と関節の可動範囲に限界がない。
おまけに、痛みも感じないからだ。
人間には不可能な動作。
それも、アンドロイドは効率性が合えば十分に実行できる。
そういった設計は、すでに随分前から一般的になっていた。
'後ろに敵がいれば体を回すのではなく、頭と腕、脚を回してしまうから……'
アベルも、アンドロイドと近接戦をする羽目になることは避けたかった。
最大限に。
人間なら、腕や脚を攻撃して無力化することも可能だ。
だが、アンドロイドは違う。
どこに付いているかも定かではないCPUや電源供給系統。
それを壊して、はじめて作動が停止するのだ。
しかも、壊したと思ったら短絡と自爆システムが作動する。
道連れにしようと向かってくる場合もあった。
「問題は破壊じゃなくて制圧と逮捕をしなきゃいけないってことか……これがアンドロイドのスペックなの?」
アベルが考え込んでいる間。
有栖が机の上の書類を見ながら訊いた。
「うん。推定スペックだから、余裕を見て25%ほど高めに見ておくといいだろうな。」
ところが、その推定スペックというのもとんでもなく高かった。
この程度なら、片腕で小型車くらいは持ち上げられるだろう。
関節と他のパーツが支えてくれるなら——。
現存するどんな盾でも、このアンドロイドの近接攻撃を防ぐのは難しい。
内部電力を使って刃から高熱を放出する専用武器も持っている。
戦闘力は、ものすごいものになるだろう。
軍用小銃を、一太刀で切れるほどの威力だから。
「ハードウェアのスペックも問題だけど、戦闘技術とアルゴリズムがすごい可能性もあるな。」
さらに人工知能としては——。
一般的な戦闘ロジックどころか、自ら学習して対応する強人工知能(AGI)まで搭載されていた。
レベルもかなり高く、自ら哲学的な思考を行う。
状況を理解することも可能だろう。
製造元はプラトンという会社で、イデア(Idea)12プロトタイプと記されていた。
これはアベルも聞いたことのないモデルで、情報がなかった。
「うーん。これくらいなら何とかなりそうだけど?」
有栖の言葉に、アベルは首を傾げた。
対象の各部位の運動能力と出力。
それは一般的なアンドロイドの5倍を、軽く超えていた。
それなのに「何とかなる」とは。
もちろん、有栖の噂や以前に見せた戦闘能力は大したものだった。
だが、アンドロイドを相手に戦ったことはない。
だから、判断できなかった。
「取り押さえるとか近接戦で縛り付けておくのは私にもできると思う。でも電源を落とすのは別の話だけど。」
「ああ、それで一つもう聞きたいことがあったんだ。」
アベルが引き出しから書類を取り出して見せた。
そんなに厚くないファイルだった。
「EMP?」
表紙と要約を読んだ有栖が眉をひそめた。
書類には'ElectronicMagnetic Pulse'と書かれていた。
強力な電磁気衝撃で、電子機器を破壊する兵器の総称。
だが、一般的なEMPではアンドロイドを停止させることはできなかった。
その程度の遮蔽はされているはずだから。
「手榴弾で投げる程度の出力じゃないよ。トラックの後部座席に積んで運ぶくらいの大きさだから。」
「こんなのどこで……」
「出所は聞かないで。テストはしてないけど、周辺100mほどのすべての電子機器は無力化されるはずだよ。車もこれに備えて旧式の部品に換えるか……でなければ車ごと換えることになるだろう。」
アベルはさらりと言ったが、簡単な話ではない。
違法なのはもちろんのこと。
この程度の出力なら、人に埋め込まれた義体とDNI。
それらまですべて無力化されるはずだから。
「これは私にもわからないな。手榴弾とか携帯型EMPくらいならわかるけど、この程度の出力は経験したことがないから。」
有栖は深刻な表情で眉をひそめた。
そして左目をパチパチさせる。
何か嫌な記憶が蘇ったのか。
少し、腕に鳥肌が立っていた。
'まあ、高出力EMPの手榴弾を食らったらDNIがしばらく止まることもあるから……'
その時の感覚は、脳が止まるのと似たようなものだろう。
ぞっとするはずだ。
アベルは考え込む有栖を静かに見ていたが——。
ふと、脇腹をつついた。
「うひゃっ?!」
「これは結局、俺が考えた作戦だよ。お前がもっといい考えがあるなら別の方法でいくらでも考えていいよ。時間はあるから。」
作戦開始は、早くても2日後だった。
要員たちが望んだこと。
それはアベルと有栖が一緒に行動するよりも、連絡が来たらすぐに動けるようにしておくことだった。
まだ、対象がどこにいるか確認されていない。
だから仕方がないだろう。
「くそっ。結婚もしてない処女の脇腹を勝手にいじるな! 太ったと思われるじゃないか!」
「別に何もなかったけど。」
アベルは以前、有栖の健康記録を見た。
しかし、体脂肪はそれほど多くなかった。
10%程度なら、むしろ健康的な方ではないか。
「腹筋が硬い人間に言われても説得力がないんだけど?!」
「それは筋肉の問題なんじゃ……」
「誰が見てもあんたが近接戦闘員だと思われるじゃないか!」
「……褒め言葉? ありがとう?」
「違うわ! とにかく勝手に腹をいじるな!」
アベルは両手を挙げて、しれっと笑った。
「わかった、わかった。悪かった。
とりあえず話して時間は稼いである。2日後から待機だから、あまり心配するな。お前が仕事を受けないなら俺たちは抜けると話してある。最悪の場合は電話してできないと言えばいい。」
有栖は、その言葉に少し驚いた。
アベルは明らかに期待していた。
勝手に食事して寝ろと言っておきながら。
わざわざ24時間営業のハンバーガー屋に寄って、人気メニューを買ってきた。
仕事の話を切り出したのも、有栖がひと口食べてからだった。
だから、半分は袖の下みたいなものだったのだろう。
しかし、アベルは強制しなかった。
明らかに期待しつつも、有栖の意思を尊重していた。
その意味は——。
この仕事をやりたい理由よりも、有栖の方がはるかに大事だということで……。
「ふーん。私のことをすごく気にかけてくれてるんだね?」
顔がむずむずして、火照ってくるのを感じる。
恥ずかしいのを隠すため、有栖はぎこちなく笑ってみせた。
「え? 当然気にかけるだろ?」
「なんで?」
アベルは何かを言いかけて——。
有栖の顔を見て、わるがしこく笑った。
「俺を見て顔が赤くなる女の子って珍しいんだよな。」
有栖は、その言葉にもう耐えきれなかった。
思わず、顔を手で覆う。
頬と耳が熱くなっているのを感じる。
きっと、真っ赤なニンジンみたいになっているに違いない。
「うあああ……」
「かわいいな。」
「くそっ!」
〔ぱちん!〕
二人きりの部屋に、背中を叩く音が鋭く響いた。
そしてアベルは、背中に感じる鋭い痛みに身をよじった。
「ちょっと、義体で俺を叩くのはやめてくれ……」
戦闘用でないとはいえ——。
人間の腕よりは、はるかに力が強いはずだ。
そんなものでアベルを叩いたのだから。
背中が真っ赤になっても当然だろう。
痛みが走っているのに、手でなだめることもできない。
アベルはうめきながら身をよじった。
「うるさい!」
本当に痛かったのか、アベルは身を翻して腕で防いだ。
有栖の顔は、さらに赤く火照っていた。




