2. ガラクタ機械(きかい)の存在価値(そんざいかち) (4)
ガラクタ機械の存在価値 (4)
「スパイクに連絡を……いや、もうこの世界を離れた人だし、連絡はしない方がいいな。もし連絡が来たら、この銃は俺が預かっておいて返すって伝えてくれる?」
アベルはそう言って、弾倉のない中折れ式拳銃を手際よく折り曲げた。
薬室と銃身の状態を確認する。
ほぼ新品同然の完璧な状態。
使用した形跡も少なかった。
「普通に使えばいいんじゃない? 専用ソフトを入れなくても、とりあえず発射はできるでしょ?」
ランシーが本当に惜しそうな表情でアベルに言った。
アベルはランシーの言葉に少し驚いた顔をした。
それから頭を掻き、拳銃を元の状態に戻して箱に入れた。
「これ65口径なんだよ。弾倉も対応していない単発式拳銃をどこで使えっていうんだ。ただの大口径拳銃で済ますには欠点が大きすぎるし。」
使用する弾丸は専用誘導弾だ。
——入手も難しく、価格もかなりのものだった。
そして口径が大きいぶん、弾丸の速度と破壊力は一流である。
だが逆に弾丸が太すぎて、防弾チョッキの貫通はそれほどでもないという欠点があった。
だから遮蔽物に追い込んで、こういった誘導機能つきの弾丸と銃で頭部や弱点を撃ち抜く。
それが一般的な使用法だ。
一人で有効に使える武器ではないな。
しかし、アベルはあえてこの部分をランシーには話さなかった。
——なぜなら、ランシーはおそらく戦闘を経験するような機会は一切ないはずだから。
それに、こういうことは知らずに生きていけるのが一番穏やかな人生というものだし。
「まあ銃はそっちに置いといて……先に注文しよう。オールドファッションド(Old Fashioned)を一杯。」
重い鉄の塊を胸に抱いたアベル。
静かに酒を注文した。
「はい。オールドファッションド一杯。すぐにお持ちします。」
周りを見渡す。
もうすぐ人が来る時間のようだった。
二、三人ほどのグループになって店に入ってきている。
だから、アベルがオールドファッションドを受け取った頃には——。
カウンターはほぼ満席になっていた。
「アベル? ここで会うとは思わなかったな。」
左眉から右顎まで走る傷跡が印象的な男。
彼がアベルの隣に座った。
大きな傷といっても、消すのにそれほど時間も金もかからないはずだ。
わざと残しているのだろう。
だからアベルには、この人の呼び名が忘れられなかった。
「久しぶりだなブルース(Bruise)。こう見えても逃走役や輸送の仕事をしてるから、たまに来るんだよ。しばらく調整しに来なかったな、元気そうじゃないか。」
ブルースという男は、身体の筋肉を換える施術を受けている。
体格がとんでもなく大きかった。
アベルも背は低くない。
なのに、ブルースを見るには首を曲げて見上げなければならないほどだった。
人工筋肉は、たんぱく質の合成と運動効率がとんでもなく良い。
だが、そんな中でもここまで筋肉がついた人は見ることが稀だった。
体格が大きくなること自体を楽しむタイプなのだろう。
「そりゃそうさ! 体脂肪はもう2%だよ! 筋肉量は5kg増えた!」
アベルは答えを聞き、あきれたように首を横に振った。
これ以上体を大きくしてもいいことがなさそうに思える。
——なのに、会うたびに筋肉が増えていた。
'ドラえもんの大きくなる光線かよ。'
そう言いたかった。
だが2000年代以前の漫画だから、知っている人はいないだろう。
だからアベルはため息をついて、言葉を選び直した。
「うわ。何か大会でも出るの? ほぼジムで暮らさないと維持できない体だと思うけど。」
「違うって。家に運動器具があればジムに行かなくていいだろ!」
なかなかの発想の転換だとアベルは頷いた。
不動産価格と設備設置費もかなりのものだったはずだ。
しかしアベルが気にすることではない。
彼は静かに酒を飲んだ。
「ここに来たってことは仕事が必要なのか?」
ブルースはランシーからビール瓶を受け取る。
それをぐいっと飲みながらアベルに尋ねた。
「すぐに金が必要なわけじゃないけど、世の中の動きも聞きたくてね。」
新しい顧客を獲得するために来たのも確かだ。
だが、そんなに急いでいるわけでもなかった。
それにブルースのような、人工筋肉や筋肉合成に特化した人間は電子機器が少ない。
アベルが点検してやれる部分がほとんどなかったのだ。
主に火器管制システムを多く使う者。
あるいは特殊装備を扱う者がメインの顧客だった。
「えっと……じゃあ、要員も客として受けるか?」
アベルはブルースの言葉に眉をひそめ、目を閉じた。
政府要員であれば警察とはまったく違う。
もちろん職種や役職によって違うだろう。
——だが一部は、アベルのような違法業者を取り締まりに来るだろうから。
「ああ、政府の要員じゃなくて企業の方だよ。」
「ふむ。どこの企業?」
企業の要員の方がまだ扱いやすい。
アベルも少し表情を和らげた。
少なくとも法や面倒な規定よりも、まず利益を与えられるなら。
ある程度は容認するだろうから。
「それは俺にもわからないんだよ。使い走りみたいな仕事を何度かしてて、まともな調整師を探してるって言うから思い出しただけだよ。」
企業の裏仕事をする者たちが要員だ。
何の仕事かわからないように、一つの仕事を無数の断片に分けて任せることも一般的だった。
自分たちの所属を明かさないことも珍しくない。
ブルースが言っていることがまったく荒唐無稽な話ではないのだが……。
アベルは少し首を傾げた。
'企業なら調整師なんていらないだろうに?'
特化したAIが要求に合わせてシステムをコーディングしてくれるはずだからだ。
火器管制や義体システムも、すべて企業が専用に合わせてくれる。
だから調整師の助けは必要ないはずだ。
調整師が最も効果的なのは、種類の異なる複数のシステムが混在している状況。
そんな調整が必要な時だから。
「一応話だけ聞いてみようかな。連絡先を教えてもらえる?」
「ああ、あそこの柱の向こうの個室にいるみたいだよ。」
ブルースが、ランシーの後ろにあるコンクリートの柱を指しながら言った。
この店の壁近くは、扉のない部屋のように仕切られている。
要員たちがいるにはいい場所だ。
「ありがとう。そのビールは俺が払うよ。」
アベルはランシーにプラスチックのカードを差し出した。
ランシーは「今時カードを使う人がどこにいるの……」とぶつぶつ言う。
しかし、すぐにカードリーダーを探してくれた。
そしてアベルとブルースの飲み代を精算した。
「うまくいったら一杯奢れよ。」
「考えとく。」
ブルースはくすくすと笑いながら、隣の別のバーテンダーがいる席へと移っていった。
アベルはその後ろ姿を見て、ふっと笑った。
'あれが使い走りというやつか……'
企業の要員たちから依頼を受け、人を一人ずつ呼び集めているのだ。
おそらく要員たちと直接話しても、アベルを探さない可能性が高かった。
ブルースは「誰でもいいから面接させてくれ」という依頼を受けていたはずだから。
「仕事を探してると聞いて来たんだが。」
アベルはため息をつきながら、仕切りのない個室の前で言った。
内部がすっかり見えるわけではない。
だが、半円形に配置されたソファの中央に大きなテーブルがあった。
ホールより少し高い位置にあるため、外からいくら見ようとしても顔は見えにくい。
なかなかプライベート感が出るよう、インテリアに気を配った作りのようだった。
「ふむ。なんと呼べばいい?」
中にはサングラスをかけた要員が三人。
そのうち、一番左にいた灰色のスーツを着た男が尋ねた。
この人物の前には、ノイズが入ったような奇妙なパターンの布が一枚。
そして少し大き目の箱が一つ置かれていた。
「アベルだ。あなたは?」
「ただのチャーリーで。」
チャーリーと名乗った人物は、サングラスを上にずらした。
そしてテーブルの上にあった、ざわざわとノイズが出ている布を掴む。
それをアベルに無造作に投げてよこした。
「読み上げてみろ。」
「何を?」
「何でもいい。」
短いやり取りだったが、アベルをむっとさせるには十分だった。
どうせこの装備の仕様か情報を言えということだろう。
——だが、こんなふうに顎で使うように侮辱感を与える必要があるだろうか。
「Xop4113モデル。製造地は北米、製造者はジェネラル・テクニカ。発売日は約5年前。民間に販売された物ではなく、軍で戦術兵器として管理されている物だ。可視光線の歪曲率を利用して姿を隠すための隠蔽場だな。アドオンによっては温度や湿度まで隠蔽できる。」
アベルは眉をひそめながら、装備の仕様を思い出せる限り言った。
本来ならば民間に出回らない。
軍でそれなりに管理される重要資産の一つだった。
しかし時間が経つにつれて、ヤミ市場に流通しすぎている状態だった。
性能はこれよりはるかに劣るが、アベルの作業場にはこういった隠蔽場の布をかぶせた大型機関銃が用意されていた。
「今見えているエラーパターンから判断すると、寒冷環境への露出が主な原因のようだな。詳しい問題は診断を走らせてみないとわからないけど……普通のケースなら冷媒を交換して、外部出力をリセットするか、該当する部分を交換すれば十分だろう。」
「……よく知りすぎだな。」
黙って聞いていた、灰色のスーツを着たチャーリーが言った。
手には濃い茶色の革手袋をはめている。
「それが問題になるのか?」
「なる。俺たちが作ったものをそんなによく知られてたら。」
'ちくしょう?'
チャーリーの言葉に、アベルは心の中で悪態をついた。
自動車メーカーから発展して分社化したジェネラル・テクニカという企業。
そこは非常に閉鎖的なことで有名だった。
名目上は「軍に納品する企業だから、セキュリティが厳しいのは当然だ」と言い訳している。
だが実際には、軍側でも何をやっているのか分からないほどだった。
監査請求を何度も行っても、毎回拒否されるほどだ。
そんな企業の製品のモデル名から脆弱点、エラー状態まで。
外部エンジニアが全て知っているとなれば、確かに問題になるだろう。
「ジェネラル・テクニカがなぜここまで?」
「俺たちには足がついてるから。問題はあんたがどうしてそんなによく知ってるのか、だ。どうやって知ったんだ?」
アベルは外套の内側に差してある、見慣れない拳銃の重さを感じた。
そこからむしろ、安心感を覚えていた。
最悪の場合、この三人のうち一人でも連れていけるはずだから。
「それは企業秘密なんだよ。知りたければ金を払え。」
銃を抜かなかったアベルは、むしろ強気に出た。
ここで騒ぎが起きたときに困るのはアベルだけではない。
要員だろうと何だろうと、ここは中立地帯だ。
ほとんどの者が暗黙の了解で認めている。
ここで武器を出すということは、ここにいる全ての人間と敵対するということだ。
集まっている人間は40人を超えている。
持っている銃はおそらく100丁を超えるだろう。
'問題はこいつらが本物の要員だとしたら……意味がないということだが。'
もし企業で戦闘用に育成された要員なら。
その100丁の銃を超えてビルを崩壊させ、余裕で逃げ出すだろう。
その過程でアベルが生き残るのは不可能だろう。
戦闘経験が豊富かどうかはわからない。
それに、ここにいる人員が全員戦闘要員とは限らないかもしれないが……。
「ふん。まあ、俺たちは喧嘩しに来たわけじゃないし。実力はその程度でよし。戦闘はできるか?」
「規模によるな。」
「戦闘経験はあるかと聞いてる。」
「少しは。」
アベルはできるだけ消極的に、ぼかして話した。
その部分が気に入らなかったのか。
チャーリーは露骨に眉をひそめた。
そしてため息をつきながら、手袋を外そうとするように手首に手をやった。
「やめろ。」
真ん中に座っていた、黒いスーツを着た男が静かに言う。
すると、二人はびしっと固まって姿勢を正した。
「失礼をお許しください。今回の件を提案する者で、アルファと申します。」
アルファという人物は席を立ってアベルに近づき、右手を差し出した。
「はい、よろしくお願いします。アベルとお呼びください。」
相手が丁寧に接してくるので、アベルも丁寧に握手した。
笑顔の裏に刃を隠している。
——だが、まあ社会人として握手は大事だから。
「私どもが企業所属の要員であるため、本名をお伝えしにくい点はご理解ください。こちらはベータとお呼びください。」
「私も本名ではありませんよ。そんなことが重要なわけでもないですし。」
「ご理解いただき、ありがとうございます。どうぞお座りください。」
アベルはひさしぶりに文明人らしい交渉になりそうだと感じる。
笑顔でソファに座った。
すると、ベータが隣から立ち上がってチャーリーの横に移った。
「どうせ私どもの二人が話すわけですし、この二人はあまり必要ではないと思いまして。」
アルファが手招きして店員を呼び、すぐに酒とつまみを注文した。
「ご存じかどうかわかりませんが、うちの会社が最近探している物があります。この業界では有名なんですが……」
「失礼ながら、私はそういう噂に疎い方でして。私はただ真面目に働く労働者ですよ。」
アベルは本当に知らなかった。
そんな噂があるということも知らなかった。
聞いたとしても、調整師が気にすべき問題ではなかったからだ。
どんな物であれ、探しているものが実体のあるハードウェアなら。
アベルとはほぼ無関係な話だった。
「そうかもしれませんね。私どもが失くしたのはアンドロイドです。」
「どういったアンドロイドですか? ただの工場型労働者アンドロイドではないでしょうね。」
「それはお伝えするのが少し……」
「ここはある意味、治外法権に近い場所ではありませんか。私をお雇いになるわけですから、目的と目標を知らなければ、適切に仕事をお手伝いできないと思います。」
アベルはある程度強い口調で言った。
何の仕事かも知らずに頭から突っ込むようなこと。
それは最大限避けたい。
詳細を最大限知った上で、仕事を進めたかったのだ。
「ふう……コンソーシアムというものはご存じですか?」
アルファは重い話だというように、ため息をついてアベルに言った。
ここから先は口から洩れたら、命が保証できない。
そんな話なのだろう。
「共通の目的を掲げ、達成するために協会や組合を作るものではないですか? 規模の合う会社同士でやるものだと聞いていますが。」
「その通りです。ジェネラル・テクニカはオルフェウス、メビウス、イカロスなどの企業とともにコンソーシアムを構成しました。そして全ての技術を結集してアンドロイドを作りました。」
アベルは黙って見ていた。
アルファは正確にどんなアンドロイドか、まだ話さなかったからだ。
「最強のアンドロイドを作ろうとしていました。イカロスの脚、オルフェウスの腕、ジェネラル・テクニカのリアクター……それぞれの長所を組み合わせた最強のアンドロイドを。」
「衝突がかなり激しかったでしょうね……」
分野が重なる部分があるからだ。
メビウスとイカロスに至っては、ほぼすべての義体分野でラインアップが似ている。
互いに激しく争っているというイメージが強い。
「ともかく、目標はオルフェウスが腕と肩にさらに多くの内部武装を取り付けようとして移送中に、トラックを蹴って飛び出していきました。そして隠蔽場を展開して全員の視界から消えてしまいました。」
そこまで聞いて、アベルは確信した。
このアルファという人物は要員ではない。
'知りすぎている。'
適当な中間管理職なら、秘密のコンソーシアムに入っているということは知っているかもしれない。
何かの計画があることは、高い地位にあれば情報を得られるだろう。
だが、こうして過程と目標まで知っている。
ということは、要員というよりは役員に近いだろう。
——指は動かすべき場所だけ知っていれば十分だ。
わざわざ末端に意図を知らせる必要はないのだから。
「では次はアベルさんに教えていただきましょう。レベル3軍用等級の隠蔽場の探知と、アンドロイドの無力化。可能でしょうか?」
アベルは三人を見渡す。
そして左のポケットから携帯電話を取り出した。
何度かタッチして、アプリを起動させる準備を整えた。
「お断りします。」
〔-------!〕
アプリが起動した。
アベルを除く三人は、一瞬聞こえた強い耳鳴りのために眉をひそめた。
「これは失礼。DNIで録画中でしたか。申し訳ないですが、私とお話しの際は機能をお切りいただければと思います。
先ほどのお答えは、録画と証拠の無力化のためのものですから、気になさらず。」
アベルは余裕そうに笑いながら言った。
そして隣にある、壊れた隠蔽場を見た。
まだ電源は入っている。
ざわざわとノイズが混じった、軍用の装備を。
アベルは録音されることに備えていた。
だからこそ、断ると言ってからアプリを起動させたのだ。
「そして可能かどうかをお聞きになるなら……」
携帯電話をもう何度かいじる。
アベルはアルファを見て、にっと笑ってみせた。
「可能ですよ。」
アプリが起動する。
隠蔽場の電源が完全に落ちた。
ノイズも聞こえなくなる。
ただの布になったのだ。
「……どうやって?」
アルファの態度を見るに、交渉する準備ができているようだった。
「では詳細条件を詰めましょうか、お客様。」
アベルは、お客様に向けて営業用の笑顔を向けた。




