2. ガラクタ機械(きかい)の存在価値(そんざいかち) (3)
ガラクタ機械の存在価値 (3)
〔……のインタビューをお聞きください。〕
安物のラジオからわずかなノイズ混じりにそんな声が聞こえた。
やがてラジオの音質が改善され——
〔私たちは自らに問わなければなりません。私たちはどこから来て、どこへ向かうのか。そしていかに生きるべきか。これを自らに問いかけることが……〕
1階のラジオからそんな声が流れてきた。
アベルも作業中にBGMがわりにかけている。
ラジオからそんな声が聞こえると、ははっ、と呆れ笑いを漏らした。
〔道を極めることは難しいことではありません。世の中とぶつかり、他と交わりながら自らの心が広がっていくことも「行功」と言われ、道を極める方法の一つであります……〕
アベルはすぐに興味を失い、再びキーボードを叩き始めた。
有栖は面白そうに作業を止めてラジオを見つめ、話に聞き入っていた。
〔皆さんが生業をしながら出会うすべての人は、皆さんがより良い人になれるよう助けてくれる素材になります。怒りを感じたなら、その怒りは自らをより良くするための道具です……〕
「あ。じゃあアベルとよく喧嘩しないとね?」
「それは違う。追い出される羽目になるぞ?」
「うえ〜ん。それは嫌。」
アベルも興味なさそうにしながらも、聞いてはいたらしい。
返答がほぼ即座に出てきたのだから。
〔私たちは毎日成長しています。昨日と同じ今日、今日と同じ明日に見えても、その中の私たちはそれぞれ日々(ひび)の成果と……〕
有栖は不思議そうに聞きながら頷いていた。
アベルはその様子を見てため息をつく。
〔したがって私たちはそれぞれの場所で道を極める修道者です。皆さんはそれゆえにそれ自体で尊厳があり、気高い存在なのです。どうか……〕
〔以上、ロボットAさんの法話の一部でした。このロボットは強人工知能(AGI、Artificial General Intelligence)を搭載した……〕
「わあ。スピーカーのノイズでロボットだとはわかったけど、面白いね? あんな難しい話もするんだ。」
有栖が目を丸くして言った。
アベルはため息をついて席から立ち上がる。
午前中ずっと座って作業していたせいで、全身がこわばっていた。
「まあ、現実的にはあれの方がましかもな。人間と同じ感情を持っているかどうかはともかく、人がよく言う『悟り』というものを……」
上半身のストレッチを終えたアベルはそうつぶやいた。
悟りとか哲学についてはほとんど知識がないせいか。
有栖は不思議そうな顔でアベルを見ていた。
「でも、ああいう話の限界も明らかだな。」
「え? どんな限界?」
「食っていく問題とかけ離れているところだよ。」
心構えと生き方についての方向性。
それを少しは示してくれるかもしれない。
だが、ああして道を極めながら生きたとしても——
食っていく問題が消えるわけではない。
'……だからロボットの方が合ってるのかも?'
食っていく問題と無関係な存在。
それなら確かに、一生ああした修行だけに専念できるはずだ。
自ら自分の意識体系を調整し、改善することも……。
「今夜は一人で寝てろ。俺は仕事を探しに行ってくるから少し遅くなる。」
アベルはそう言いながら——
作業室の片隅にあったハンガーから外套を取って羽織った。
「え? 私も一緒に行った方がよくない? 私、近接戦闘担当でしょ?」
アベルは少しの間、有栖の言葉をどう解釈すべきか考えた。
悪意があるようには見えないが……。
「歩くのがつらくて、義腕を完全に使いこなせないなら、それは戦闘担当でも何でもないよ。」
有栖は義腕への適応に苦しんでいた。
もちろん誰でも大変なことだ。
だが、普通は3、4日もすれば慣れて自分の手のように使えるようになる。
しかし有栖は1週間を超えていた。
たぶん元々(もともと)使っていた義体に慣れすぎていたか——
あるいはこんなふうに義体を交換するような事がなかったのだろう。
それにホルモンの異常のせいだ。
少し歩くだけで脚が震え始めるため、激しい運動は無理だろう。
ギャングとの戦いが大きな負担にはならなかったものの、DNIモジュールが問題だった。
戦闘に必要な運動および緊張ホルモン。
それを爆発的に引き出したからだ。
その反動が数日続いていた。
「それにお前には、あそこへ入れるメンバーシップがないだろ。」
「う……どこなの?」
「オン・ザ・クラウド(On the cloud)。ここ以外にも仕事を仲介したり斡旋したりする場所はいくつかあるけど、俺が知ってるのはここだけだ。」
「あははは。面白い名前だね。雲の上には太陽しかいないのかな?」
「あの名前は……たぶん天国とか来世を指してるんだろう。」
アベルは有栖にそう言葉を投げかけると、
ボタンを開けて作業場の鉄扉を開いた。
「それに、俺はお前のことがかなり心配なんだ。お前を探してる連中に、バーでばったり会ってしまうとか、道で見かけて襲われるとか、そういう事が起きそうで。」
「まあ、私はちょっとかわいいから、隠れて暮らすのも大変だよね!」
「褒めてない。俺はできるだけ長くここに根を張って暮らしたいんだ。」
「あははは。うちのアベルはこんな街で長生きするのが夢だったんだ?」
からかうように言葉を返す有栖の態度。
少しむっとしたアベルはため息をつく。
鉄扉の外からボタンをもう一度押し、作業場の鉄扉をゆっくりと閉めた。
「おやつは食べすぎるなよ。何かあったら電話して。遅くなるから待たなくていいし、先に寝ろ。」
「ばぶー。赤ちゃん有栖は何もできませんよ〜。できるだけ早く帰ってきて遊んでくださいよ〜。」
「はあ。歩き始めたばかりの赤ん坊に核爆弾を持たせた気分だ……」
アベルは閉まっていく鉄扉に背を向ける。
夕焼けが始まった空を見上げた。
どこか不思議な同居人を引き受けてから——
ため息が増え続けている気がした。
アベルが向かうバーは、都市の中心部に近いビルの地下にあった。
青みがかったネオンサインで飾られた入口があり、
ドライアイスのような煙がゆっくりと漂い出ていた。
おそらくバーの名前であるOn the Cloudに合わせて——
雲をイメージしたインテリアなのだろう。
内部は思ったより落ち着いた雰囲気だった。
うるさい音楽が流れているわけでもない。
大きなホールの中央にひし形に板を敷いて、バーカウンターが設けられていた。
テーブル席も多くあるが、バーテンダーは全員カウンターの前にいる。
だから一人で来た客は、ほとんどカウンターに席を取った。
ここは普通のカクテルバーではなく、仕事の仲介が受けられるバーだ。
バーテンダー以外にここへ来る理由はないのだから。
「よう、ランシー。久しぶりだな。」
アベルはカウンター前の椅子に座りながらバーテンダーを呼んだ。
名前を呼ばれたバーテンダーはちらとアベルを見る。
すぐに思い出したかのように「あ」と声を上げた。
「おう。元気そうじゃないか。ここに来るの、ほんと久しぶりじゃない? 今年初めてじゃないの?」
ランシーという女性バーテンダーはスタイルが良かった。
店内の温度が少し高いのか。
ほとんど下着同然のタンクトップと短いショートパンツ。
小麦色の肌をほぼ全部露出していた。
かなり本格的に鍛えているのか、腹部と腕の筋肉がかなり目立っていた。
カウンターに隠れて見えないが、脚の筋肉も相当なものだろう。
「たぶんね。おかげで客の方から来てくれるから、ここへ来る機会が少なくなってさ。」
「ははは。ここのカウンターで仕事ないかって直接聞いてた頃が、ついこの間みたいだけどな!」
アベルはもう、こういう冗談も笑い飛ばせるほど余裕ができていた。
有栖がいるとはいえ、アベルはいかがわしい世界である程度の顧客層を確保することに成功していたからだ。
それにソフトウェア調整というのは、継続的なメンテナンスが必要な仕事である。
定期的に顧客が来て調整を受け、金を払ってくれるというメリットがあった。
だからアベルがここへ来た理由は金のためではない。
「そうだ。スパイクってヤツが、お前に宛てて荷物を預けてくれって言ってたぞ。」
「ああ。急遽逃走役で動いてたんだ。アンジェリカだっけ? あの人は病院に行ってたみたいだけど、生きてるって?」
「うん。何も問題なく元気にしてるよ。二人で一緒に来て、これ預けてったんだよ。包帯は巻いてたけどね。」
ランシーは酒棚の後ろへ向かう。
金属製キャビネットから小さな箱を一つ持ってきた。
アベルの胴体ほどの大きさの箱だった。
'爆弾ではないだろうし……'
ここに荷物を預けるためのルール。
それはバーテンダーの前で取り出して、確認を受けなければ品物を受け取れないことだった。
当然、問題のありそうな荷物はバーテンダーが受け取らないだろう。
「ここで開けてみていい?」
アベルは箱を前に置いて、慎重に尋ねた。
少し持ち上げてみたが、思ったより重くはなかった。
叩いても特に反応はなく、中から音もしない。
「うん。今日中に来なかったら連絡しようとしてたよ。」
「え? 連絡は禁止じゃなかったっけ?」
ここはあくまでもカクテルを売る場所だ。
公式的には違法な仕事に関与したことも、仲介したこともない。
だからすべての依頼は全部口頭で取り決められる。
バーテンダーが仲介人兼立会人、公証人として頭の中だけに記録しておく。
だから通話や個人的な接触は禁止のはずだった。
それなのに、ランシーが連絡すると言ったことにアベルは少し驚いた。
「そうなんだけど、キャビネットが無限にあるわけでもないしさ、これが入ってると私の服を入れる場所がないんだよね。」
'服が……そんなに必要とは思えないけど。'
ランシーは露出の多い服を着ていたから、自然とそんな考えが浮かんだ。
——しょっちゅう来ないんだから、もう少し頻繁に顔を出せということだろう。
「わかった。たまには顔出すよ。じゃあ、開けてみるね?」
「うん、うん。」
気のない返事をしたランシー。
彼女はすぐにシェイカーに酒と氷を入れ、振り始めた。
「……思ったより高価なものを渡してくれたな。」
箱の中に入っていたのは——
大型の拳銃とホルスターだった。
「アイアン5 誘導拳銃。アンジェリカが使ってた物を入れて渡してたんだよ。」
ランシーはそう言いながら、
シェイカーから氷入りのグラスに酒を注いだ。
「ほら。これもスパイクとアンジェリカの奢りだよ。」
下部が少し丸みを帯びた三角形のグラス。
そこに黄色い酒が入っており、一番上には乾燥したオレンジのスライスが浮かんでいた。
「ふむ。じゃあ、ありがたくいただこう。お客様の奢りだしね。」
アベルはためらいつつグラスを傾けて飲んだ。
苦くて爽やかなライムの味の後。
ジン(Gin)特有のピリッとした香りがかすめていった。
そして最後にシュガーシロップの旨味。
それが喉と口を強く打つような味がした。
「ドライジン、ライムジュース、シュガーシロップ……ギムレット(Gimlet)だな。」
「おっ? これ知ってる人はあんまりいないんだけど。」
「アメリカの推理小説家レイモンド・チャンドラーの『長いお別れ(The Long Goodbye)』に出てくるカクテルだよ。そうか……あの二人はこっちの仕事から足を洗ったんだな。良いことだ。」
アベルはそうつぶやきながら、もう一口飲んだ。
するとランシーは、アベルをものすごく変な目で見た。
「……あんた、何年代の人なの? その本、1953年の小説だよ? カクテルは有名だけど、その本の話を知ってる人には初めて会ったわ。」
「俺は小説読むの好きなんだよ。『老人と海』も読んだし。少し退屈だったけど。」
「はぁ……半世紀は冷凍されてた人みたいだわ。アイスマンじゃないの?」
「まあ、俺の偽名をそれにしようかとは思ったことあるよ。でもアイスマンって直接的すぎるし、ダサいじゃないか。」
くすくすと笑ったアベルは、残ったギムレットを口に流し込んだ。
ピリッとした複雑な味が口の中を漂った。
「それに俺は、別れや別離の話が込められたカクテルを、ギムレット以外に一つも知らないから。」
ランシーはアベルの言葉にため息をついた。
こういう話はバーテンダーが客にしてやるものだ。
なのに、客がすでに全部知っていると、かなり拍子抜けするのだ。
「アイアン5……良い銃だとは聞いているけど、俺には使えないな。」
銃身が目立つ大型の拳銃。
その中央には、ローマ数字の5を意味する'V'が大きく浮き彫りにされていた。
誘導機能を使うには、専用の火器管制ソフトウェアが必要だ。
これをインストールしなければ、通常の拳銃としか機能しなかった。
「最近はこの程度の利便性なら、義体施術でも対応できるんじゃない? 手術時間もそんなにかからないでしょ。1時間?」




