1. アスフォデルのまともな一日 (8)
有栖 あらは横に移動してベッドの残りの部分を手のひらでトントンと叩いた。アベルは有栖 あらを見ながら首を傾けた。
「今さらって感じもするかもしれないけど、私が男だということは知っているよな?」
「え?当然知っているよ?私目がいいもん。」
そういう問題ではないのでアベルはため息をついた。
「あ。私と一緒に寝るのが嫌なの?」
「嫌ではないんだけど……」
アベルだって嫌なわけではなかった。有栖 あらは驚くほどかわいかったし、アベルの好みがそんなに独特なわけでもなかったから。むしろ一緒にいれば孤独でなくていいし。
「嫌じゃないなら一緒に寝てもいい?昨日一日別々に寝たら悪夢ばかり見て……」
そこまで言うのにアベルが断る理由はなかった。発情して一晩中ちゃんと寝かせられないほど欲情に狂っているわけでもなく、アベルは有栖 あらを最大限監視していたのだから。
「ひょっとしたら企業や他の人と会って情報を交換するかもしれない。私のプログラムといっても絶対ではないし。」
アベルは以前から有栖 あらのDNIにプログラムを仕込んでいろいろな情報を集めていた。しかし迂回する方法がないわけではない。
だからアベルはほぼ片時も有栖 あらと離れなかった。昨日アベルがソファーで寝たのが例外的なほど。しかし逆に有栖 あらは何の指示や依頼もないのに、アベルの視野が届く場所で時間を過ごした。
面白いことが何もないはずなのに、有栖 あらは作業場に下りてきて一緒に時間を過ごしたのだから。
「一緒にいたいのに駄目……?」
アベルがためらっているのを断りの意味に受け取った有栖 あらが慎重にもう一度聞いた。
「男と一緒に横になることを軽く考えてはいけないんだけどな……」
「あははは。どんな男とでもこうはしないよ。心配しないで。」
結局二人は一つのベッドに並んで横になった。
有栖 あらは右手を伸ばして自分の左肩のコネクタを慣れた手つきで外した。
「カチャ、ドン。」
重い軍用の義手がベッドの横のサイドテーブルの上に鉄くずのような音を立てて下ろされた。ようやく軽くなった体でアベルの右腕を自分の首の後ろに引き寄せながら彼女がにっこりと笑った。
横になると当然下になるはずの左の肉と骨格が存在しないという悲しい事実が、この部屋の中では妙に落ち着いた寝具の規格を作り出していた。
「……だからこれで起きた時に右腕が痺れてたのか。」
「えへ。」
かわいく笑う有栖 あらを見てため息をついたアベルは……握った拳でゲンコツを食らわせようと有栖 あらに向かったところで、妙に良心の呵責を感じてそのまま髪の毛を撫でてやった。左腕がないことだって辛いだろうに、このくらいは受け入れてあげられるだろう。
腕がすごく痛いわけでもないし、過度に不便なわけでもないから。横に寝ている姿勢だから有栖 あらの左腕が下になるはずなのに、左腕がないのでそんなことにはならなかった。
「それで昨日と今日ずっと作業室の椅子に座ってうとうとしていたの?どんな悪夢だったの?」
アベルは眠れなかった。さっき有栖 あらのせいにひどく激しく驚いて目が覚めたのだから。少し時間がかかるだろうから気になることを少し聞くことにした。
「ただ真っ白な部屋だよ。」
「白い部屋?」
アベルは思い当たることがなくて聞き返した。白い壁紙がある部屋はいくつもある。病院だとか、公共機関も時々そういうインテリアをしていたし、無菌室や最先端機器の生産室も白い壁を主に使うから。
しかし有栖 あらは右手でアベルをもっとしっかり抱きしめた。普通の白い部屋が耐えられないほど嫌いなのか。
「うん。何の音もなくて、血の匂いもしない。ガソリンの匂いも、埃の匂いもない。四方がまるで氷のように冷たい滑らかな白いタイルだけで塗り尽くされた部屋だよ。私はこの世界でその地獄ほど清潔な部屋が一番怖いよ。」
「何か攻撃したり、驚かせるものもないの?」
「うん。私はその白い部屋が一番怖いよ。」
アベルは何か言おうとして、アベルの体に顔を埋める有栖 あらを見て言葉を控えた。ただ気になって聞こうとしていたのに、嫌な記憶を触れてしまったようだ。
「私がまだとても居心地が悪くて疑いを持って調べているのは分かっているよ。当然だよ。私でもそうすると思う。突然空から降ってきてこうして一緒にいることになったんだから。」
「それが……」
「何か言っているわけじゃないよ。私もそこまで世間知らずじゃないし。むしろ少しだけ……もう少し近くにいてもいい?監視でも構わないから。」
「え?」
「構わないって。それより一人でいるのは嫌いだよ。」
有栖 あらはアベルを慎重に見上げた。左目には涙が少し浮かんでいた。
「私は今誰かをこうして抱いているだけで夢のようだよ。人の血以外の温もりを感じることができるのが不思議なんだよ。」
アベルはその言葉に驚きながらも切なかった。かなり頻繁に子供のように甘えて鬱陶しくするのでなんでこうするのかと思っていたが、人との相互作用や体温が恋しかったなら、そうなれるよね。
「頭のチップや仮想空間ではなく、現実でこうして誰かと触れ合えるとは全く思っていなかったから。」
「いったいどんな経験をしてきたんだ……」
もう堪えられなくてアベルが聞いたが、有栖 あらはそっと笑いながら右手に力を入れてアベルと頭の高さを合わせた。
「私はオルフェウス企業を潰すつもりだよ。」
なぜかアベルは初めて有栖 あらの微笑みを見たような気がした。
これまで有栖 あらが笑うのは何度も見ていた。普段でも何かに集中していなければ大体笑っている様子だったし、戦闘する時でさえ遊んでいるように動くほどだった。しかし今回は確かに違った。
笑っている口の角度が違い、目の開き方が違った。頬骨が過度に上がらずに自然に微笑んでいた。
「以前に『あなたがなぜこの都市にいるのか教えて』と聞いたよね。その答えだよ。」
確かにギャングを一つ崩す前の戦闘を前にしてそんな話をしていた。アベルも忘れたわけではなかった。ただ見慣れない様子の有栖 あらに驚いて言葉を忘れてしまっていただけで。
「あははは。変かな?」
できるはずがない。世界的な義体生産および研究を進める企業を個人がなくすという話だ。資本力が違い、動員できる人員が違い、特に武力は比べることに意味がないほどで。
「いや……」
しかしアベルは首を横に振って有栖 あらがおかしくないと言った。
「私も幾つかの企業をなくすことが目的だよ。そこにオルフェウスも入っている。だからこの都市に居座っているんだ。」
同じ目標を持っているのだから。しかもアベルはオルフェウスだけでなく他の企業も倒す目標があった。まだ具体的な目標があるというよりは方法を探している段階ではあったが。
自分の目標を語るアベルの表情に、悲しみと怒りが滲んでいた。有栖 あらは気軽にどんなことがあったか聞こうとして、アベルの表情を見てしばらくためらった。
「あなたはなぜ?白い部屋と関係があるの?」
その間アベルが先に聞いた。互いに考えが似ているなと思って、有栖 あらはいつものように笑ってみせた。
「それは秘密。」
「なんで……」
なんで秘密なんだ、というアベルの質問は続かなかった。有栖 あらが口を塞いだから。それでもキスをしている間に理由を推測することができた。
「なぜこの都市にいるのか教えてと言ったのに、行動の理由までは聞かなかったね。」
質問は一つだった。同じ理由を互いに渡し合ったのだから、アベルの質問に答えなければならない強制性はなくなったのだろう。
「ちゅ。」
唇で感じる感触が気になったのか、有栖 あらは唇を合わせただけで大人しく離れた。性的な刺激より孤独を埋める感覚の方が強かった。
「とにかく過度にしっかり抱きしめてもいいから、あなたが私を押しのけなければいいな。今アラが望んでいるのはそれだけだよ。」
かなり恥ずかしかったのか、唇を離して言う有栖 あらの顔はものすごく赤くなっていた。それを隠そうとしてか有栖 あらはアベルに背を向けて横になった。
「分かった。無理に聞かないよ。」
アベルは有栖 あらを後ろから抱きしめた。片方の腕は有栖 あらが枕にしているので、もう一方の腕で引き寄せながら最大限体を密着させた。そして横に半回転した。
「うわ!?」
驚いた有栖 あらがそんな声を出した。驚いたが、アベルが気遣ってくれたと分かって緊張をほどいた。横になると左の方が下になるので右腕が押されないから。
「そうだな。別に私のことが好きで隣にいるわけではないのは分かっているよ。あなたの孤独を埋めてくれる人は必ずしも私でなくてもいいだろう。」
アベルは淡々と言った。それでも有栖 あらを押しのけず体をしっかり引き寄せて抱きしめてやった。有栖 あらは首を傾けながらアベルを見た。
「私を裏切ったり傷つけたりするのでなければいいよ。少なくともお互いに傷つけない線で、笑いながら別れられればよかった。互いに……同じ目標を持っているのだから、それまでは協力しよう。」
自分がどんな立場なのかはよく分かっていた。アベルは戦闘能力が優れているわけでもなく、お金が多いわけでもない。すでに廃れた技術を持ってすき間を攻めながら辛うじて持ちこたえている——旧時代の人間に過ぎない。だから有栖 あらの隣にいるのは必ずしもアベルでなくてもいいだろう。
裏切りでなくても、いつか有栖 あらの気持ちが満たされて、オルフェウスを倒した後はもはや一緒にいる理由がないのだから。おまけにアベルでなくてもっと優れた戦闘員が現れたなら、その人の隣にいる方がより合理的だろう。
だからアベルは最後を考えなければならなかった。互いに撃ち合ったり罵り合いながら別れる最後ではなく、いつか過去を振り返りながら「そんな人がいたな。良い人だったな。」くらいのことを思いながら笑えるなら——十分に成功した関係だろうから。
「ははは。私のことを何も覚えていないっていうのはよく分かったよ。」
しかし有栖 あらはまったく別のことを言った。そしてアベルの腕を抱きしめて、愛しいというように顔を近づけてすり寄せた。
「でも間違えてるよ。」
「え?」
「私はあなただから安心して抱かれているし、一緒に横になっているんだよ。私がそんなに軽々しく行動するわけじゃないよ。」
アベルはまったく理解できなくて顔をしかめながら頭を絞った。
「私はただ孤独なんじゃないよ。あなたが必要なんだ。あなただから隣にいるし……あなたが抱きしめてくれるから笑えるんだよ。あなたの胸に抱かれているから穏やかに眠れるんだし……」
有栖 あらの言葉を聞いてアベルはさらに混乱した。何でこうなのだ、と思えるほど。
「私が何をしたんだ、いったい……」
「……」
静かに問いかけを投げたが、胸の中の温もりはすでに穏やかな寝息で答えの代わりをしていた。淡いモニターの明かりの下、有栖 あらは自分の欠落を全て消し去ったような無防備な微笑みを浮かべながら深い眠りに落ちていた。
アベルはこの時、有栖 あらを起こして無理にでも聞かなかったことを一生後悔した。




