第2話・窓辺の鳥籠~眠る人形~
ずっと同じ場所にいるのも、見つかりそうで怖い。
だからリオンは、少し休憩するとまた適当な方向に向かってこそこそと歩き出す。
それに何だか、建物の中が騒がしい気がしたのもあって、じっとしていられなかった。
神殿の奥向きは広大な森にもなっていて……流石にあまり、そちらに近づく気にはなれない。
なので、建物が見える範囲で、けれど見つからないように隠れられる場所に移動を続けた。
太陽は中点を過ぎ、孤児院ではそろそろおやつが与えられる時間か……
(……まあ、今日もクロードが居ないから、オレの取り分は他の奴が奪っちまうだろうけどな……)
仮に孤児院内にいたとしても、クロードが居ない時は左右に座った子どもに強奪されるのが常。
世話をしてくれている神官たちだって、全員をずっと見ているわけではないのだから、ちょっと目を離した隙にそういう子どもが出て当然。
神殿孤児院は神殿に集まる寄付やお布施で運営されているのだ。
決して飢えるはずもなく、質素ながらも身だしなみだって整えてくれる……筈の場所。
確かに、与えられる衣類も、使ってよい設備も、食事だって、全員にちゃんと配給されている。
が、配給されていることと、その子どもがきちんと受け取れることは別なのだ。
それを、リオンはもう何年も前に理解した。
暫くすると、建物の中の騒がしさが無くなり、急にしん、と静まり返る。
(……何だったんだ……?)
一体、何があって騒がしかったのかは分からないが、今の静けさはむしろ怖いくらい。
でも、恐らくこの静寂こそが、本来の姿なのだろう、という気もした。
だって、神殿の奥に居るのは、高位の神官たちだけだ。
リオンが普段過ごしている孤児院周辺と比べたら、静かで当然。
何しろ、騒ぐ者がいるはずがないのだから。
そのはずなのに、騒がしかったのだから……
(……もしかして、忍び込んだのがバレて探されてた、とか……?)
考えられるとすればそれくらい。
けれど、静かになった、ということは、この辺りには居ないと判断されたのか……
(……ちょっと、様子を見てみるか……)
どこかから覗いてみれば、何かわかるかもしれないと考えて、リオンは慎重に建物に近づいた。
奥殿の、更に最奥には『聖殿』と呼ばれる教皇のプライベートエリアがある。
一般には知られていない区画のため、当然リオンも知らないのだが、実は今、リオンがいる辺りはこの聖殿の範囲。
窓の並びを見るに、構造としては一階建て。
なのに、高さは二階以上ありそう、という、リオンからすれば空間の無駄遣いが過ぎる造り。
白亜の建物には、枠に囲まれた透明なガラスがはめ込まれた窓が規則正しく並んでいる。
(信じられないよな……透明なガラスなんて、一体いくらするんだよ……孤児院の窓は分厚い色ガラスがはめ込まれてるだけなのに……)
そうっと、覗き込めば、何もないかのようにはっきりと室内が見えた。
中に誰かが居れば見つかる可能性もあるので、壁に張り付くようにしてこそっと見る。
この部屋はおそらく貴族が来た時の応接室だろう。
高そうなイスやローテーブル、チェストなどが品よく並び、窓にはきれいなカーテンが左右でまとめられている。
特に人はいないようだが……
(……あるとこにはあるんだな、金が……)
神殿は別に清貧を旨とする場ではない。
だから、高級な品があっても不思議でも何でもない。
けれど、見慣れた神殿孤児院の、丈夫なことが取り柄のような家具類との差が見ただけでわかるのが何だか不満だ。
しばらく中を観察しても、特に何事もなさそうだ。
他の部屋も見てみるか、といくつかの部屋を覗いて行った。
そして……
(……え……?)
何度目かに覗いた部屋で、きれいな等身大の人形を見つけて戸惑う。
(え? ……なんで、ぐるぐる巻き……?)
椅子に置かれた人形は、身体も、腕も、脚も、どころか手の指の一本一本までもがきつく革のベルトのようなもので拘束されていた。
青っぽい髪に、信じられないほど白く滑らかな肌。
大きさを見るに、自分より少し年下くらいの女の子の人形。
瞼を閉ざしていて、ちょっと右に頭が傾いた、首を落とした角度。
白いワンピースのような服から覗く足元はズボンをはいていて、編み上げのサンダルの足先は床についていない。
(……え……? 神殿の奥って、お偉い神官呪師が居るところ、だよな?? なに、人形……?)
何のための何なのか、全く分からない。
分からないが、目を離せない。
何か、見てはいけないものを見てしまったような恐怖がじわじわと背筋を這い上がってきた。
瞬きすらできなくなって、息も詰めてじっと見つめる。
「……………」
と、不意に人形が目を開けた。
(……っ!!!!???)
バチリと、その赤っぽい紫色と目が合う。
(い……生きてる……っ!!!!???)
そうと察した瞬間、ゾワっと総毛立ち、とんでもない恐怖に襲われる。
(生きてる……っ。生きた人間っ!? 何で……っ!!!!???)
その瞬間には踵を返し、脇目も振らずに走り出した。
どうして生きた人間の子どもが、あんな目に合っているのか?
とか、見つかった?
とか、怖いのと、嫌がられる、という思いと……色々な思考がぐちゃぐちゃに混じり合う。
何よりも……
(……オレより、酷い目に合ってる、女の子……? 何でっ!? オレ、何もできない……助けるなんて絶対無理だ……でも……っ!!)
なぜ、自分は逃げ出したのだろう?
怖かったから、それは間違いない。
けれど、クロードなら、どうしていただろう? と考える。
クロードなら、きっと助け出していた。
あんな酷い目に合ってる女の子を見捨てて逃げ出したりなんか……
(……絶対に、しない……オレ、ズルくて、卑怯だ……ごめん……ごめんっ!)
人目を避けて、けれども全速力で、奥殿から内殿、外殿へと駆け抜ける。
小柄な人間なら大人でもギリギリ潜り抜けられる境界の生け垣を潜り抜け、内殿と外殿の境界となっている壁をよじ登って飛び降りて、孤児院の敷地付近に戻ってきて、漸く息を吐く。
痛いほど速くなった心臓と、繰り返すたびに吐きそうな呼吸と、空気が不足して痛む頭と……何より、自分の行いに……腹が立つ。
(……オレ、本当に、魔女の申し子かもしれない……)
ジワリと、目の奥が熱くなる。
自分のことしか考えられない、ズルくて卑怯なヒトデナシ。
「……ぁ……」
ボロボロと、両目から零れ落ちる雫に、上がる息に、震える声が漏れた。
第2話をお読みいただきありがとうございます。
こそこそと忍び込んだ神殿の最奥でリオンが見つけたのは、全身をきつく拘束された不思議な「少女の人形」。
神聖であるはずの神殿の奥に隠された、あまりにも異様で残酷な光景。
人形と思ったソレと目が合って、人間と分かった瞬間の恐怖で思わず逃げ出してしまったリオン。
一体彼女は何者で、なぜあんな目に遭っていたのか……。
恐怖に負けて彼女を見捨ててしまった己の卑怯さに涙を流すリオン。
心優しい彼にとって、この出来事はあまりにも重い傷となりました。
一人で泣き崩れるリオンに、果たして救いはあるのか!?
次回もお楽しみに!
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ノリト&ミコト
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