第1話・灼熱の日に照らされる赤~葉擦れに詰める吐息の静けさ~
かさ……と、極僅かに揺れた葉の擦れる音に、赤い髪をした少年、リオンはぎくりと身を竦ませた。
年の頃は五、六歳といったところか……澄んだ黄緑色の瞳が、周囲を警戒したようにぎょろぎょろと動いた。
神殿孤児院の男児に与えられる上下の服は薄汚れ、あちこちに擦れた跡がある。
顔にも、髪にも、服にも土ぼこりが付いて、葉っぱまみれ。
更には剥き出しの腕にも足にも擦り傷があり、孤児院で生活している割には痩せている。
負けん気の強そうな……生意気そうな顔立ちで、警戒しているのに強く睨むような眼差しが目についた。
「………………」
じっと息を殺して、周囲の様子を窺って、誰にも見つかっていないことを確かめると、そろそろと息を吐く。
それから、今度こそ、葉擦れの音さえ立てないように慎重に茂みから近くの木へと身を移す。
きょろきょろと、もう一度周囲を見回して、見られていないこと、物音もしないこと、つまりは近くに殆ど人が居ないことを確かめて木に登る。
葉陰から差し込む夏の鋭い日差しが、リオンの痛んだ髪を更に赤く照らし出す。
この大陸において、髪色の赤は魔女の色とされる。
かつて、人間の女呪師が魔族と化し、女神と覇権を争った大陸・インフォース。
ここ、エスパルダ聖皇国は、その大戦で女神から祝福された巫女と、神剣を授けられ、共に戦った騎士らによって興された国。
神話に、赤毛の魔女。と記されたその女呪師の逸話から、赤い髪色で生まれた子どもは「魔女の申し子。」と呼ばれ、影に日向に疎まれる。
リオンもまた、生後すぐ、という幼すぎる状況で、恐らく川上のどこかから遺棄された。
流石に、いくら赤髪で生まれたからと、明確に嬰児を殺すことは犯罪となるため、桶に入れられ、川に流されたリオンは、幸いなことに途中で転覆することもなく、川下に位置するこの皇都に流れ着いた。
そこで、当時六歳だったクロードという少年に拾われ、神殿孤児院に受け入れられたのだが、神殿の大人たちはとにかく、外部から来る大人たちはリオンの赤髪を厭った。
その結果、孤児院の子どもたちまでもがリオンを下に見て、どう扱っても構わない、と認識してしまう。
そうは言っても、神殿孤児院を運営しているのはこの国の信仰の中心である神殿であり、子どもたちの世話をする大人は神官たちだ。
だから、当然そういった行いが見つかれば怒られ、罰を受けることになる。
そうなれば、子どもたちは狡猾に、ばれないように、怒られない形でリオンに対して嫌がらせなどを行うようになるのは当然。
クロードがいる頃はまだ、クロードが盾となり、守ってくれていたし、リオン自身も素直にいじめられて黙っているような性格でもない。
まあ、リオンはリオンで、やられたらきっちりやり返すので、今や孤児院一の問題児扱い。
そして、クロードが成人を数年後に控えて外に出る事が多くなった結果……リオンが安心していられる居場所は孤児院の中にはなくなった。
それから一年。
八歳になったリオンは、体格の幼さも合わさって、皇都で手伝いの仕事に就くこともできず……
こうして神殿内で隠れられそうな場所を探して、こっそり奥の方へと忍び込んできていた。
(……随分、奥の方まで来たな……この辺りにまで入り込んだことがバレると、流石にマズいかも……)
神殿には、一般の人間や、魔法を使えない普通の神官たちが出入りしてよい外殿と、魔法を使うことができる、神官呪師と呼ばれる者たちが生活する内殿。
更に、教皇猊下を始めとした、この国でも尊い立場にいる最高位の者たちだけが出入りできる奥殿に分かれている。
当然、孤児で、別に魔法の才能があるわけでもないリオンら、神殿孤児院の者たちが出入りしてもギリギリ許されるのは外殿の範囲だけ。
まあ、そもそも、孤児院の孤児たちが「孤児院の敷地」とされる範囲以外に出入りするのは……例え外殿の範囲だとしてもあまり褒められた行いではない。
それなのに、間違いなくこの辺りは神官呪師たちや高位の貴族らなどしか出入りできない奥の奥。
怒られるどころでは済まない可能性もあって……リオンの警戒心を限界近くまで高めていた。
(……何でオレが、こんな風にこそこそしないといけないんだ……!)
太い枝の一本に、跨るようにして座り、幹に背を預けて風を浴びる。
そうして、理不尽な現実に対して、グッと奥歯を噛みしめ、心の中で不満を吐き出した。
口に出して喚いたところで、孤児院の子どもたちや、外から来る大人たちは、魔女の申し子が何を言っている、としか思わないだろう。
腹が立っているのは、自分が何も悪くないのに、結局こうして隠れ潜む場所を探してこそこそしている自分自身に一番ムカついているから。
堂々としていればいい……そう言ってくれるのはクロードだけで……少なくとも世話を放棄しないでくれているのが神殿の大人たち、というだけ。
(……その、神官たちだって、内心では厄介者に思っているに決まってる……!)
ギュッと顔に力が入って、眉間に皺を寄せるリオンの言う通り、神官たちも困っているのは事実。
ただそれは、リオンや、他の子どもたちが問題を起こすからであって、リオンだからと言う訳でもない。
その違いが判るほど、リオンに心理的な余裕があるはずもなかった。
第1話をお読みいただきありがとうございます。
今回は、本編より約十年前、神殿孤児院で暮らしていた八歳当時のリオンの姿をお届けしました。
唯一の庇護者であるクロードが不在の夏の日。
神話の魔女と同じ赤い髪を持つがゆえに周囲から疎まれ、五、六歳にしか見えないほど小柄な彼が、人目を避けるようにして息を潜める……そんな不遇で孤独な日常。
誰にも見つからないようにと、居場所を求めて神殿の奥深くへと迷い込んでいくリオン。
果たして彼は、その先で何を見つけるのか?
次回もお楽しみに!
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ノリト&ミコト
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