第4話・誓いは真摯で真剣な~誤解が生むのは必然の~
軽く首肯した大神官が先導するように部屋を出て、回廊を通り、更に神殿の奥へと向かっていく。
「「…………」」
父親の腕に抱かれたまま、ファンは視線だけで周囲を見渡すが、どこもかしこも似たような造りで全く道が分からない。
なのに、迷いなく歩く大神官の背に付いて行く父の顔色が、少し青くなっているのが気になった。
しばらく進むと、重厚な扉が厳重に閉ざされ、左右に二人ずつ、四人もの神殿護衛官が警備している場所にたどり着く。
大神官が無言で頷けば、そのうちの二人が扉を開き、一同を中へと通した。
「「「………………」」」
扉の先には、これまでと同様の、よく似た回廊が続いている。
違っているのは、それまでの優美な装飾が無くなり極シンプルな造りになったこと。
ここまでの道のりが対外向けに見せるためのものだったとしたら、こちら側は静かに生活するのに向いた造りと言えた。
「……あの……」
流石に、何かがおかしいことにファンも気づき、声をかける。
こんな、神殿の奥の奥に住んでいるなんて、一体どんな立場の者と言えるのだろう?
「……静かにしていなさい……」
そんなファンに、少し強張った声音で侯爵が囁く。
「……もう間もなくですよ……」
二人の様子を気にもせずに軽く振り返った大神官が伝えれば、その静かな口調や落ち着いた表情に緊張感が増す。
回廊をいくつか曲がった先、白い扉の前で立ち止まった大神官が、軽くノックをして訪問を伝える。
「……どうぞ~……」
中から、何とも言えない明るい声が応じるのを待って、大神官は静かに扉を開いた。
「………っ………」
明るい室内は華美ではないが品の良い調度品で整えられた客室。
部屋の奥、窓際のベッドに、あの子が寝かされていた。
上掛けはかけられていないので、ベッドに横たわる少女は全身を晒している。
重い枷がはめられていた手首や足首に巻かれた白が痛々しい。
顔色もまだ悪く、呼吸も乱れている。
けれど、あの暗がりで見た時よりは表情は落ち着いていて、少しは楽になっているようだ。
そして、枕元には一人の女性が腰かけていて、そっと少女の頭を慈しむように撫でていた。
女性は、頭からベールをかぶっているのでその素顔を見ることも叶わないが、たおやかな手つきに乱暴な様子は見られない。
「……っ!!??」
女性の姿を目にした侯爵がヒュッと息を飲み、サッとファンを床に降ろして膝を着く。
「……ぇ……?」
戸惑ったファンは、だが素早く父に倣って跪いた。
「ああ……大丈夫よ? ここでは堅苦しいのはいらないから」
「……は……」
軽やかな声音が女性から発せられ、緊張感を緩めないまま父がゆっくりと身を起こすのに従ってファンも立ち上がる。
「今回はごめんなさいね? 巻き込んでしまって」
「……いえ……息子は大した怪我もなく、大神官様に魔法による治療もしていただきました……」
軽く手招きする女性に従い、歩み寄りながらも、答える父の声の強張りに、ファンも緊張してそっと女性を観察した。
恐らく、まだ若い。
艶やかというか、何というか……背中がぞくぞくするようなあでやかな声をしていて、見たことのない女性の神官衣を着ている。
父の様子から見るに、恐らくは相当な立場にいる方なのだろう。
けれど、この女性がこの子を閉じ込めているのか? とも思う。
そう言えば、最初に会った時、少女は言っていたではないか。
あの方に見つかりにくい場所へ行く、と。
「君が、フロークス侯爵家の嫡子君ね? お名前は?」
「……ディアス・ラーシア・ファーン=フロークス、です……」
一体何者なのかは分からないが、軽んじて良い相手ではないのは分かって、問われるままに挨拶をする。
「そう……ファン君ね? この子と一緒に居てくれてありがとう」
「……っ!? ……いえ……何も、できませんでした……」
いきなり愛称で呼ばれ、一瞬戸惑う。
けれど、告げられたのは少女と同じ礼の言葉で、悪い人ではなさそうだな? と言うのが分かった。
「……この子、生まれる前から命を狙われていてね? そのまま生家に置いておくのは危険だと判断して、引き取ったのだけれど、これまでがこれまでだから、すぐに逃げ出してしまうのよ……」
まだ、ここが安全だとは信じられないのでしょうね……実際、最奥ではないにしても、奥向きに近い場所で攫われたわけだし……
少し困ったような口調で説明されて、なるほど……と納得した。
(……この子は、そんなに幼いころから狙われて……この方は、この子を守るために引き取られたのだな……)
まさか、生まれる前から狙われていたなんて思いもしなかった。
それはつまり、生まれた時からずっと、危険に晒されていた、ということで……周りの大人も頑張って守ってきたのだろう。
それでも、何度も誘拐されて、閉じ込められてきたに違いない。
「……ん……?」
「……ああ……目が覚めた……?」
と、小さく身じろぎした少女がゆっくりと目を開く。
気づいた女性が顔を覗き込むようにして声をかけると、少女はゆっくりと視線を巡らせ、こてりと頭を横に倒す。
「……っ……!?」
顔が横向いたことで、まだ眠たげな少女と目が合って、ファンの顔に一気に血が上った。
「……なぜ、そちらの方、が……?」
ぼんやりとしたまま、それでも少女もこちらを認識したらしい。
不思議そうに呟くのに、女性がころころと笑う。
「君のことを心配して、様子を見に来てくれたのよ?」
「……ああ……なるほど……?」
説明に頷いて、少女は身を起こそうとする。
「っ! そのままで……」
「……ですが……」
「いい……無理はしないでくれ……」
慌ててファンが声をかけ、動きを止める。
きゅっと、眉を寄せた少女に重ねて言えば、女性がそっと手招きしてくれた。
「「……………」」
父と、大神官との顔を見て、頷かれるのを確かめてから、ファンはゆっくりとベッドに歩み寄る。
場所を代わるように女性が立ち上がり、枕元を譲ってくれたので、ベッド脇に膝を着き、少女と目線を合わせた。
「……巻き込んでしまって、ごめんなさい……」
「何を言う。君のせいじゃない……私も、今回は君を守ることができず、むしろ慰められた……だが、次に会う時にはきっと、君を守れる強い男であろう。待っていてくれ……」
ふわりと微笑む少女の手を取って、そっと額を寄せる。
「……っ……!?」
その所作に、侯爵が息を飲み、女性と大神官は何とも言えない沈黙を保つ。
「……あなたはちゃんと……私を守ってくれましたよ? でも、頑張ってください……」
ちょっとだけ首を傾げた少女は、けれど微笑んだまま、そう返す。
「「……………」」
だらだらと、侯爵の背に冷や汗が流れ、大神官はそっと、頭痛を堪えるように額を押さえて溜め息を吐く。
「……相変わらずねぇ~……」
ただ一人、女性だけがごくごく小さな声でそう呟いて、何やら楽しそうな雰囲気。
「……お戯れを……」
「……でも、本人は真剣みたいよ……?」
その声を拾った侯爵が真っ青な顔で引きつった笑みを浮かべれば、軽く首を傾げて女性は返す。
「「「……………」」」
ベッド脇に膝を着き、赤らんだ顔で少女を見つめるファンは気づかない。
「……これも、いつもの事だし……?」
「……っゴフ……っ!?」
囁くような女性のその言葉に、侯爵は堪えきれずに胃を押さえた。
(……あ、ありえない……! 少年に、騎士の誓いだと……っ!? しかも、それがいつもの事!? いったい何人が道を踏み外しているというのだ……っ!!)
聖皇国において、同性愛は教義違反となる異端審問案件。
だというのに、どういう訳か我が息子は少年に対して騎士の誓いを捧げている。
明らかに、惚れた顔をして……
(……絶対に、何が何でも、隠し通す……! 何人が道を踏み外しているのかは知らないが、話を聞かないということは神殿側がこの子供のことで異端審問を問うことはしていない、ということだ……! ならば、その許しを最大限に享受し、外部に漏らすことだけはしてはいけない……!)
「……まあ、そういうことですな……」
「……畏まった……」
胃を押さえ、青い顔で冷や汗を掻く侯爵の心の声が聞こえたわけではないだろうが、大神官が何とも言えない、憐れむ眼差しで呟けば、万事理解した侯爵は声を絞り出すようにして頷く。
ファンは、子供の服装をワンピースと思い込み、少女と誤認した。
けれど、侯爵は知っている。
ベッドに寝かされた子供が、シャツとズボンを着た上に、上衣として重ねているだけのそれが、女児用のワンピースではない、と言うことを。
(……神殿の、奥向き専属の侍者……奥侍者の、男児用の普段着……! 確かに顔立ちは少女じみてはいるが、異装が教義違反であるのに、神殿内部で預かっている子供に異装させるはずもない……この子供は少年だ……!)
決意の光を目に宿し、朱に染まった顔で子供に誓う我が子をキリキリと痛む胃を押さえて見つめる侯爵の目に憐憫。
「……さて、そろそろ、休ませてあげて下さい……」
同じ眼差しの大神官が声をかけると、ファンは名残惜しそうに子供の手をひと撫でして、ゆっくりと立ち上がる。
「……また、会おう……」
「……………」
きれいな所作で一礼するファンを、微笑んで見送る子供は無言。
(に、二度と……! 会わせるわけには……っ!!)
ギリギリとし始めた胃を押さえる侯爵の目がベッドに横たわる子供を睨む。
そんな目で見られても、子供が悪いわけでもない。
(……なんだか、また、面倒なことになったような……??)
曖昧に微笑んでいるだけでしかないのに、どうしてこう、一方的な宣言をしていく者が多いのか、全く理解できない。
子供がそんなことを考えているとも知らず、父を振り返ったファンは、その顔色の悪さや、恐ろしいほどの形相に驚く。
「……父上……?」
「……いや……何でもない……帰るぞ……」
「……ぇ? は、はい……」
戸惑って呼び掛ければ、何とか表情を取り繕った侯爵に促される。
首を傾げつつもファンは父に抱き上げられて、案内の神殿護衛官に連れられ、部屋を出た。
「……相変わらずねぇ……インス君……?」
「……何がですか……? というか……この国には、変な子どもしかいないのですか……?」
「……お前がそれを言うか……?」
クスクスと笑う女性、子供の高祖母にも当たるこの国の最高権力者の一人、教皇ステラ=シアスが呼び掛ければ、キュッと眉を寄せ、心底面倒くさそうに六歳の子供、インス=ラントが首を傾げる。
その、自分を棚上げた発言には、大神官チェスパス=インゼラが、呆れたような溜め息を吐き、やれやれと軽く頭を振った。
ファンは知らない。
自分が会った女性が、教皇猊下であったことを。
その、教皇の身内であるがゆえに、生家から引き取られた子供、インスが少年であることを。
後年、ファンが皇孫皇女ジャンヌの専属護衛騎士団長となった後、皇宮呪師としてジャンヌと関わることになったインスとの間で、バチバチの冷戦状態に陥ることも。
お互いが、この時の相手であることに気づかないまま、皇女の無謀な極秘討伐隊として共に魔族の居城へ向かって旅することになるのだと。
「姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~」番外編・聖皇国列伝秘聞
群像短話を読み漁れ!①聖皇国列伝秘聞~呪赤の帳に蒼赤華の救済を~ (完)
これにて、『群像短話を読み漁れ!①聖皇国列伝秘聞~呪赤の帳に蒼赤華の救済を~』、完結です!
最終話となる第4話では、無事に再会を果たしたファンが捧げる熱烈な「騎士の誓い」と、それを見せられた父侯爵のキリキリと痛む胃痛の対比がお届けされました。
ファンが胸に秘め続ける「初恋の君」の正体と、周囲の大人たちを震撼させた「盛大な勘違い」。
お互いが「あの日の相手」であることに気づかぬまま、十数年の時を経て交差する運命。
若き騎士団長が胸に秘める原点は、美しくも盛大なすれ違いの始まりの物語でした。
本編では明かされることのない(?)「物語」を、お楽しみいただけたなら幸いです!
【今後の連載スケジュールについて】
さて、次回は本日22時から、群像短話②として、リオンの過去話をお届けします!
この後も毎日昼と夜、1日2話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
【ミニコラム掲載中!】
活動報告にて、キャラクター紹介や用語の解説などを不定期で掲載しております。
ぜひチェックしてみてください!
【読者の皆様へのお願い】
「面白い」「続きが気になる!」と感じていただけたら、ぜひ【☆☆☆☆☆】やブックマーク、感想をいただけますと、連載を続ける何よりのエネルギーとなります。
また次回もどうぞよろしくお願いいたします!
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト
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