第3話・隠した華を遮る帳~心に誓うは絶対の~
その後、拘束を解かれた二人は、神殿護衛官に抱きかかえられて移動し、ファンは元の応接室へと戻る。
「! ディアス……」
「……父上……」
そこにはすでに父侯爵が戻って来ていて、少し強張った表情でファンに呼び掛けた。
「……申し訳……」
「よい。怪我は?」
勝手をして、誘拐されて、心配をかけたことを謝罪しようとするが、途中で遮られる。
父が座っていたソファーにゆっくりと降ろされたファンは、問いかけにふるりと首を横に振った。
「……私は、大した怪我は……」
「後ほど、大神官様がいらっしゃいます。そこで診察いたしますので……」
何ともない、と言いかけたファンを遮るように、ここまで運んでくれた神殿護衛官が一言断ってから侯爵に説明する。
「! 大神官様が、わざわざ……?」
「……こちらに医呪神官を呼び寄せるのは……」
「ああ……なるほど。感謝する」
「いえ……」
「……? ……」
思わぬ大物の名前に軽く目を見張った侯爵に、神殿護衛官が言葉を濁し気味にして答えれば、即座に得心が言って頷く。
大人たちのやり取りに首を傾げているのはファンだけだ。
「……あの、あの子は……」
けれど、一緒に囚われていた少女がどうなったのか、それだけは知りたくて神殿護衛官に声をかける。
「あの子?」
「………………」
ファンの問いかけに、侯爵が眉を寄せ、ファンと神殿護衛官とを見比べた。
問いかけに、神殿護衛官は何も答えようとしない。
「っ!? なぜ、答えない?」
「……ディアス……」
思わず神殿護衛官に掴みかかると、窘めるように侯爵に呼ばれ、手を離すが、視線は逸らさない。
「……今、別室で診察を受けている……あちらの方が重症だからな……」
その様子に、そっと溜め息を吐いた神殿護衛官が答え、ファンは息を飲む。
「……別に誰かがいたのか?」
「はい……昨年から、奥向きで預かることになった子供が一人……申し訳ありませんが、その子供のことはご内密に願います」
眉を顰めた侯爵に対しては丁寧に応じるが、内容はよく聞けば情報の秘匿。
「……あの子は、いつも、こんな目に……?」
「「………………」」
感情を抑えたファンの問いかけに、沈黙が返る。
チラリと、侯爵と神殿護衛官が視線を交わして何事かをやり取りするのを、半ば睨むようにして見つめた。
「……だから、隠している……」
「……っ……!?」
疑問を肯定するような返答に、ファンは大きく息を飲んだ。
「……ディアス。それ以上はやめなさい……その子供が危険になる」
「……え……?」
まだ何かを聞きたそうに口を開くが、言葉を発する前に侯爵に止められる。
思いもよらない言葉に、目を丸くした。
「…………な、なぜ、ですか……?」
あの子が、どうしているのか、なぜ、狙われているのか、隠さなければいけない理由は、何なのか?
聞きたいこと、知りたいことはいっぱいあるのに、聞くと、あの子が危険になる?
「知る者が増えれば、情報は露呈しやすくなる……お前や私が、何か知っていると思われれば、お前を利用してその子供を狙うやもしれん」
「っ!? ……り、よう……?」
「そうだ。お前は我がフロークス侯爵家の嫡子だ。その子供が原因で、お前の身が危ぶまれることになれば、神殿側はその子供を差し出さざるを得なくなりかねん」
「な……っ!!??」
ギョッとして、父の顔と神殿護衛官の顔とを見比べる。
「「……………」」
「……っ!!」
無言で二人に頷かれて、愕然とする。
「……わ、私が、侯爵家の、嫡子だから……?」
「それだけが理由ではないが、な……神殿の奥向きで預かる子供が、ただの子供のはずはない……かといって、お前がその子供よりも軽んじられることもない、というだけだ」
どちらがより重要視されるか、という話。
恐らく、身分的にはファンの方が上。
だから、もし、万が一、今回の件が原因で、ファンが再び狙われ、囚われたりなどした際に、その子供と引き換える、と犯人に言われれば……神殿側はそれに従わざるを得なくなる。
むろん、ただ単に子供を差し出す、などということはないだろうが、一時的にしろ、何にしろ、子供の身が危ぶまれることに違いはないだろう。
そういった説明を聞かされて、ファンは力なくソファーに身を沈めた。
殴られた体も、縛められていた手足も、今頃になってジクジクと痛みを主張し始める。
「……私が、不甲斐なく、囚われたりすれば……あの子は、また……」
口の中でぼそりと呟くが、疲れているのだろうと思われたのか、侯爵からも神殿護衛官からも声はかけられない。
(……なら、私は、強くあらねばならない……あの子を、私のせいで危険に晒すことなどないように……むしろ、次があれば、その時は……今度こそ、私があの子を守り、助けられるように……)
まだ何かを話し合っている大人たちの声を聞き流して、心の中で決意を固める。
(……けれど、せめて……)
考えるうちに、大神官だという男が部屋を訪れた。
丁寧に診察され、治療を施される間、ファンは無言で大神官を睨み続ける。
いや、本人は睨んでいるつもりなど欠片もないのだが、目に力が入ってしまってそう見えた。
そんな、どこか固い表情のファンを気にする様子もなく、大神官は必要な処置を淡々と施すと、最後に軽く侯爵に一礼する。
「怪我は殴打によるものと、拘束によるもの。負傷箇所は五箇所です。どれも致命的なものではなく、痕が残る心配もありません」
それから静かにファンの怪我の様子と治療の結果を報告していく。
縄で縛られ、擦れた跡が残る手脚は外科的な処置を。
気絶させられる原因となった殴打の跡には回復魔法による治療を。
魔法をかけられた結果、ぐったりと疲れ切ってしまったファンは、回復魔法が疲れるものとは知らなかった。
「念の為、殴打痕に関しては、回復魔法による治療を施しましたが、摩擦痕に関してまで一度に行うにはご子息の体力が不足しています」
「畏まった。痕が残らないのなら、そちらは経過を診て治療を検討する」
頷いた侯爵は、理由を知っていそうだったが、今は聞く余裕が無い。
「大神官殿……私と共に囚われた、あの子に今一度、会うことは出来ないか?」
「ディアス……!」
話がまとまったとみて、声を上げたファンを、侯爵が咎めるように呼んだ。
「「………………」」
けれど、ファンは真っ直ぐに大神官を睨むのみ。
その眼差しを真っ向から受け止めて、大神官は何故か少し憐れむような目をした。
「ディアス。やめなさい」
「しかし、父上……あの子は、私を救ってくれました……次に、いつ会えるかも分かりません」
眉を顰め、口に出して止める侯爵に、ファンは真っ向から反発する。
「……お前を、救った……?」
その言葉に、侯爵もまた不審げに口の中で呟く。
「はい……。私の、心を……」
「……っ……!?」
少し頬を赤くして、目に熱を宿す息子の表情に、侯爵はハッと息を飲む。
何故か、大神官はますます憐れむような眼差しになっていたが……
「……大神官様……」
しばらく睨み合って、溜め息を漏らした侯爵が大神官に声をかける。
そっと溜め息を漏らした大神官は、チラリと控えていた神殿護衛官に視線を投げた。
一礼して神殿護衛官が部屋を出ていき、大神官は侯爵に向き直る。
「……今、聞きに行かせました……」
「……無理を言う……」
「……いえ……いつもの事です……」
軽く謝意を伝えた侯爵に、大神官は少し困ったようにそう答えた。
「いつもの、とは、どういう意味だ?」
その言いざまに突っかかるように声をかけたのはファン。
「……ディアス。いい加減に……」
「しかし、父上……あの子は弟と同じくらいに見えました……そんな幼い子供が、いつもの事と言われるほど頻繁に、危険な目にあっているということです」
流石に少々怒気を宿した侯爵の言を遮る。
まっすぐに、睨むように見つめて言う息子の様子に、侯爵は静かに息を飲む。
「だからこそ、主神殿の奥向きで匿っているのです」
「「……っ!?」」
二人の言い合いを止めるように大神官が声をかけ、戻ってきた神殿護衛官が頷くのを確認する。
「ご案内いたしましょう……ただし、あまり負担になるような言動はお控えください……あの子は重症者です」
スッと身を翻した大神官の言葉にごくりと喉を鳴らす。
「「……………」」
一度、父親の顔を見て、険しい表情ながらも頷くのを確かめる。
「……フロークス侯爵も、どうぞ、ご同行ください……」
「……! ……よいのか?」
「ええ……」
その様子に、大神官が侯爵の同席を促せば、軽く目を見張った侯爵が確認し、頷かれたところでファンを抱き上げた。
「……え?」
「……伺おう」
驚いて、目を丸くしたファンを抱いたまま、侯爵は大神官に続いて足を踏み出した。
第3話をお読みいただきありがとうございます。
救出されて父と再会できたファンでしたが、そこで聞かされたのは、あの子が日常的に危険な目に遭っているという重い事実でした。
大人たちが波風を立てず穏便に事を済ませようとする中、心優しく義理堅いファンは「彼女は私の心を救ってくれた」と一歩も引きません。
大人相手に真っ向から食い下がる、八歳の彼らしい真っ直ぐさが眩しい回でしたね。
折れた大神官の案内により、重傷だという彼女の元へ向かうことになったファンと侯爵。
果たして、そこで彼らを待ち受けているものとは……!?
次回もお楽しみに!
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ノリト&ミコト
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