第2話・暗がりで震える弱さ~儚き華の気高き強さ~
ひんやりとした空気に身震いして、ファンはうっすらと目を開いた。
「……ん……?」
「……ああ。気が付きましたか?」
小さく震えて吐息を漏らすと、軽やかな鈴の音のような声がホッとしたように言うのが聞こえる。
「……ぇ……?」
一体何がどうなっているのか、記憶が曖昧で思い出せない。
「……え……?」
腕が痛くて、痺れを感じるのに、なぜだか動かすこともできずにもぞもぞする。
「……え……!?」
それが、何かで縛られているせいだと気づいて混乱した。
バチっと目が覚めて、辺りを見渡す。
薄暗い、冷えた室内は地下か、半地下だからだろうか?
光源となるのは高い位置にある小窓から差し込む日差しだけで、それも、何かに遮られているのか少ない。
物が乱雑に詰まれた倉庫のような場所に、手足を縛られて転がされていた。
(……ゆ、誘拐……!?)
この状況が意味することを弾き出した思考に絶望する。
なぜ? という思いと、どうして? という疑問がぐるぐる回る。
「……ええと……?」
「……っ!?」
再び聞こえてきた声にビクッとして、そちらに視線を向ける。
そして……
「……あ……っ!?」
なぜ、この状況に陥ったのか、その理由を思い出した。
「……大丈夫ですか……?」
心配そうに覗き込んでくる少女は、ファンとは違い、あろうことか後ろ手に錘の付いた手枷足枷を嵌められている。
痩せすぎた、骨と皮だけと言っても過言ではない体に、その重量はすさまじい負担であろうに、気にした様子もなくにこりと微笑みかけてくる。
けれど、やはりつらいのだろう。
先ほど応接室で会った時よりも顔色は悪く、少し息が荒くなって冷や汗をかいている。
「……ぅ……」
「……ぇ……?」
それなのに、自分のことを案じるような言葉を告げられて一気に熱が上がった。
それまで平然としていた少年が、急に目を潤ませ、息を詰まらせるのを見て、少女が少し驚いたように目を丸くする。
「……ご、め……助けれ……なか……っ」
しゃくりあげて切れ切れに言うファンに、少女はパチパチと瞬きを繰り返す。
それから、ふわりと微笑んだ。
「ああ……。そんなことはないですよ……あなたのおかげで、今回は早く終わりそうです」
「……………ぇ?」
少女の言葉を一瞬理解しきれずに思考が止まる。
大人さえもが顔を見ただけで怖がるのに、助けることも、守ることもできず、ただ一緒に囚われただけの自分に、この少女は何を言い出した?
(……私の、おかげ……?)
どういう意味だ?
(……それに、今回はって……?)
まさか、何度もこんな目にあっているのか?
「……君、は……私を、責めない、のか……?」
こんな、不甲斐ない男を……
まだ半泣きの、震えた声で問いかければ、少女はきょとんとして首を傾げた。
「なぜ、責める必要が?」
心底わからない、と言いたげな、何の裏もない声音に息を飲む。
「だ……だって、助けになれな……っ!」
「なっていますよ?」
「……ぇ……?」
思わず声を上げれば、皆まで言わせずに少女はきっぱりとそう告げた。
「ちゃんと、あなたは私の助けに、なっていますよ?」
「………………」
ふわりと微笑む少女の、青ざめて痛々しい表情に絶句する。
「……一緒に、居てくれて、ありがとうございます……」
「……っ!?」
荒く、乱れた呼吸が紡ぎだした言葉に、今度こそ耐えきれなくて……
「……っ。……ご……め……カッコ、悪い……っ」
ボロボロと、零れる涙を止められない。
軽く目を見開いた少女が、次の瞬間には少し、困ったように眉を下げる。
「……泣かないでください……私が虐めたみたいじゃないですか……」
「……ん……っ。ごめ……ん……っ」
頷きながらも、涙を止める術がなくて、それからしばらく、ファンは必死に泣き止もうとしながら泣き続けた。
「……君、は……」
「……はい……?」
ややあって、漸く落ち着いてきたファンが声を絞り出して呼び掛ける。
首を傾げた少女は、先ほどまでよりも更に顔色が悪くなっていて、呼吸の乱れも酷い。
(……っ!? え? 大丈夫……なのか……?)
明らかに、大丈夫ではなさそうな様子を見て取って、焦ってもぞもぞと身を起こす。
「……おい。具合が悪いんじゃ……?」
「……ん……。そう、ですね……また、多分……」
にじり寄って顔を覗き込めば、薄くほほ笑んだまま呟くように言う少女の目が虚ろになっている。
「……また……?」
その上、呟きの中に聞き捨てならない言葉が混じっていて、ファンも顔色を変えた。
「……ああ……大丈夫、ですよ……多分、私……だけ……」
「っ!? 私の心配をしているんじゃないっ!! 君は大丈夫なのか!?」
この期に及んで他人の心配をしている様子にカッとなる。
「…………」
思わず怒鳴りつけると、少女は微笑んだまま微かに眉を顰めた。
「っ。……おい……っ!」
「……大、丈夫……まだ……」
「……っ!?」
不自由な状態で、それでも何とか近づいて声をかければ、半ばうわ言のような呟きを漏らして少女の身体がぐらりと揺れる。
ハッと息を飲んだファンにもたれかかるように頭が倒れてきて、トンと、軽く胸に当たって動きを止めた。
硬直して、息さえ詰めたファンの心臓が恐ろしいほど速くなる。
(え……? 一体……どうして……??)
暴走するような鼓動と、荒く息を吐く少女の微熱と、恐ろしいほどの軽さに戸惑って、頭が真っ白になった。
(……って!! それどころじゃない!! この様子、やっぱり普通じゃないだろう!!)
プルプルと頭を振れば、その動きで少女の身体がずるりと滑り、膝の上に落ちてくる。
「っ!? おい!」
「……ああ……すみ、ません……ちょっと、お借り……します、ね……」
焦って声を上げれば、少女からはそんな言葉が返ってくる。
は……? と驚きと戸惑いが同時に襲い掛かってきて、訳が分からない。
「っ! そ……んなこと、どうでもいい! それより、どうなんだ!? 体調が悪いのか!?」
「……悪い、というか……多分……何か……くす……り……」
「薬!? ……薬なのか!? ど……っ!?」
毒ではなく? と問おうとして言葉に詰まる。
(……いや、これは間違いなく、普通の薬じゃない……ある意味で、毒なのはわかり切っているじゃないか……!)
「……ま、ぁ……ある、意味……そう、です……ね……」
その思考を、少女自身も肯定して、それなのに、何ともなさげな口ぶりなのが信じられない。
(つまり、初めてじゃ、ない……?)
これだけ落ち着いていられるのは、そういうことなのだろうと思い至り、さあっと血の気が引く。
(……こんな……っ! 弟と同じか、それより少し上? くらいか? そんな子どもが……どうしてこんな目にっ!)
自分もまだ幼い子供である、というのを遥か高い棚の上に放り投げ、苦し気に息を吐く少女を見下ろす。
「……っ……! ……すま、ない……っ」
「……はぃ……?」
そっと、縛られたままの手で、膝の上の少女の髪を撫でる。
思わず漏れ出た言葉に、困惑気味な声が返って来て、それがなおさら胸の奥に突き刺さった。
「……ただ、居るだけだ……」
「……それで、充分……です、よ……」
ぽたぽたと、目から零れる雫を止めようもなく、絞り出すように言ったファンに、少女はやはりふわりと微笑む。
「……あなたが、居るから……」
吐息のような少女の声に集中する。
だから、気づかなかった。
「……早く、終わりました……」
「……え……?」
少女の言葉に困惑した直後。
「ここかっ!!」
「……っ……!!??」
怒声と共に、大きな音がして、眩い光が室内を照らし出す。
「……ね……?」
「…………え??」
ふわっと微笑む少女の声と、ご無事ですかと声を上げる神殿護衛官に、ファンは呆気に取られて目を丸くした。
第2話をお読みいただきありがとうございます。
誘拐され、縛られた状態での絶望的な状況……
かと思いきや、妙に落ち着いている不思議な「少女」と、何もできずに悔し泣きしてしまう八歳のファンの対比が描かれた回でした。
重い手枷足枷を嵌められ、どう見ても体調が悪いのに「薬のせい」「早く終わった」と過酷な状況に慣れきった様子を見せる少女。
彼女は一体、普段からどんな過酷な目に遭っているのでしょうか……?
ボロボロと涙をこぼし、彼女の境遇に胸を痛める心優しいファンでしたが、最後は神殿護衛官の登場であっという間に救出劇が終わってしまいました。
保護された二人はこの後どうなるのか!?
次回もお楽しみに!
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ノリト&ミコト
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