第1話・銀と赤が巡り合う~蒼と赤の華が咲く~
真冬の、凍え切った風に揺れる髪が、水を反射するように蒼く煌めくのを、ファンは息を止めて見つめた。
(……? 子ども……?)
その日、父侯爵に連れられて主神殿を訪れたファン、ディアス・ラーシア・ファーン=フロークス侯爵令息は、大人たちが話をする間、待っているようにと案内された応接室にいた。
整えられた銀の髪は父譲り。
赤い瞳は、儚くなった母譲り。
ただ、その眼差しの鋭さは、父や祖父と同じなので、きっと父親似なのだろう。
今はまだ八歳になったばかりでしかないのだが、三年前のお披露目以降、会う人会う人が自分を見ては委縮する。
かといって、別段ファン自身が相手を恐れさせよう、だとか睨みつけている、だとかいうつもりは一切ない。
父や祖父と違い、目の色が赤いせいなのか……大人さえもが委縮する以上、子供は一瞬で恐慌して泣き出す。
顔を合わせた途端にいつも泣き出されるので、どう対応すればいいか分からなくて困惑してしまう。
だから、窓の外……中庭にどう見ても三、四歳という幼い少女を見つけて硬直する。
「「…………」」
少し青ざめ、頬がこけた少女の暗い赤色の瞳と、ふくふくとした頬に朱が差したファンの明るい赤色の瞳が絡み合う。
「……ええと……こんにちは……?」
それから、その少女はちょっと首を傾げてそう言った。
「……っ!?」
ビクッとして、一瞬息を飲む。
切れ長の目を大きく見開いて少女を見つめるファンの様子に、少女は更に首を傾げる。
「……ちょっと、失礼しますね……」
そして、ファンの返事を待たずに、そっと開かれた窓からその細い肢体をするりと滑り込ませた。
「……え……?」
ますます驚いたファンの唇から、漸く音が漏れ出る。
室内に入り込んできた少女は白いワンピースのような服を着ていて、その下にはシンプルなシャツとズボン。
編み上げのブーツをはいた足も、袖から覗く腕も驚くほどに細く、ごつごつとしている。
(……痩せてる、というより、ガリガリ……?)
不自然なほどの細さと白さ。
その反面、髪は艶やかに光を反射し、最上級の手入れを受けているのが分かる。
まるで精巧に造られた等身大の人形。
(……一体、何者だ……?)
部屋の中に入り込んでは来たものの、ファンの返事がないことなど気にもせずにきょろきょろと周囲を見回す少女を無言で観察する。
「……下手な場所に隠れても……退路の確保はしておかないと……」
何やらぶつぶつと呟いて、テーブルの下や、カーテンの影、果ては隣接する収納場所などを見て回る少女は……はっきり言って不審極まりない。
けれど、自分のことを一切気にしないことの方が気になって、ファンはただ無言で見つめるだけ。
(……何を、している……? 何かから隠れているのか? なぜ……?)
どうにも気になって仕方がないが、誰かを呼ぶべきなのか、このまま黙って見ていればいいのか分からない。
分からないが……
「……怖く、ないのか……?」
「……はい?」
ぽそりと呟いたファンの声に、室内を物色していた少女は顔を上げ、首を傾げる。
「「………………」」
やせ細って、目だけが大きく見える少女がパチパチと瞬きした。
その眼差しが、やっぱり真っ直ぐに自分を見るのを、ファンは戸惑って見つめ返す。
こんな風に、小さい子供が真っ直ぐに自分を見てくるなんて、弟妹以外では初めてだ。
「……ええと……?」
「……私が、怖くないのか……?」
不思議そうに聞き返してきた少女に、ファンはもう一度そう尋ねた。
「……なぜ……?」
けれど、少女はますます首を傾げるだけ。
もしかして、この少女は実はとんでもなく鈍いのか? あるいは恐ろしいほどのバカなのか……?
そう疑ってしまうほどにはファンを気にしない。
貴族然とした、身なりの良い少年を前に、一切物怖じした様子を見せないこと然り。
同年代どころか、大人でさえもが怯む眼差しを真っ向から受け止めて、怯えた様子も厭う様子も見せないこと然り。
(……変な子どもだな……)
自分のことは高い棚の上に置いて、じっと少女を見る。
よく見ると、白い服は上質なのに少し薄汚れていて、一体どこをどう通って来たのか、ところどころに埃がついている……というよりも……
(……神殿の奥向きに、なぜ子ども……? 私のような訪問客、には見えないが……?)
よくよく考えると、おかしなことが多すぎる。
「……ここで何をしている……?」
「何を……そうですね。一言で言えば、逃げています」
「……は……?」
それに気づいて問い詰める口調で言えば、少女はちょっと首を傾げた後、室内の物色を続けながらあっさりとそう答えた。
(……逃げている……? 神殿の奥向きで、一体何から……?)
思いもよらない返答に、ファンは軽く目を見開いて絶句する。
「……う~ん……やっぱり、室内は危険そうですか……見つかった時の逃げ場が……」
その頃には一通り物色し終わった少女が、腕を組んで口の中で何やらぶつぶつと呟き、また窓へと歩み寄っていた。
勝手に入って来たかと思えば、半ば人を無視してウロウロして、そのまま出て行こうとする少女に、思わずファンは声をかける。
「どこへ行く?」
「どこ? そうですね……あの方に見つかりにくい場所ですかね……あるいは、逃げ道のあるところでしょうか?」
問いかけに、一応足を止めた少女はあっさりとそう答え、ふわりと笑った。
「……っ!?」
その、痛々しいのに鮮やかな微笑に、ドキリと心臓が大きく跳ねる。
(……え? 何だ? どこかおかしくなったのか……?)
思わぬ自身の身体反応に混乱している間に、少女は入って来た時同様、するりと隙間を抜けるよう窓から外に出て行った。
「っ!? ま……っ!」
「……内緒にしておいてくださいね……?」
思わず声を上げかけたファンを黙らせるように、少女はそっと、自分の唇に人差し指を当てて囁く。
「……っ!!??」
その仕草にまた心臓が跳ねあがって、全身が一瞬で熱くなる。
(え? え? ……い、一体、どうしたのだ!? 私は……!?)
混乱する間に、少女は中庭の木立の影へと走って行ってしまった。
唖然としつつも、窓辺に寄って、そっと押し開く。
「……っ……!?」
そして、覗き込んだ外で、先ほどの少女を神官の男が羽交い絞めにして口を押えているのを見た。
「~~~っ!!」
じたばたと暴れる少女の身体から力が抜け、ぐったりと男の腕の中で崩れ落ちる。
「……ぇ……?」
何が起きているのか分からなくて、ファンは呆然としてその様子を見つめた。
神官の男は周囲をきょろきょろと見まわし、意識を失ってしまったと思しき少女を無造作に担ぎ上げると足早に歩き出す。
「……っ!?」
それを目にして、思わずファンは走り出した。
「ま……待てっ!!」
「っ!?」
声を上げると、ギョッとして男が振り返る。
駆けてくる貴族然とした少年を見て、小さく舌打ちした。
迷ったのは一瞬。
(……ぇ……?)
少女を担いだ男は逃げるのではなく、ファンに向かって駆け寄る。
思わぬ動きに、驚いたファンが理解する暇もなく……
「……ぅ……っ!?」
走ってきた男にいきなり腹部を殴られて息を詰まらせる。
悲鳴を上げる暇も、救けを呼ぶ隙も与えずに、男は素早くファンの口と鼻とを布を持った手で押さえた。
「……ん……っ!!??」
ぐらっと視界が黒く狭まり、何もできないうちに意識が暗転した。
第1話をお読みいただきありがとうございます。
今回は、八歳のファンが主神殿で不思議な「少女」と出会うエピソードです。
大人にすら怖がられてしまうことに悩む、等身大のファンの姿が新鮮ですね。
せっかく「自分を怖がらない子」に出会えたのに、彼女が攫われるのを見て助けに飛び出した結果……
見知らぬ男に腹を殴られ、あっさり気絶させられてしまうという、若き日の不憫なファンでした。
意識を失ってしまった彼と、攫われた少女の運命やいかに!?
次回もお楽しみに!
【今後の連載スケジュールについて】
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ノリト&ミコト
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