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災厄のスライムが世界を敵に回したら  作者: 弐戸 参度


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52:侵食

52:侵食


 アルシア王都・海軍軍港リュミエール。

 外務卿セレーネが書状を手に、海軍提督アレクトへ告げた。

「帝国より親善訪問の申し出です。補給と短期寄港を希望しているとのこと。断る理由はありませんね?」

 アレクトは眉をひそめた。

「……軍艦二隻を“親善”と呼ぶのは無理があります。帝国は最近、各地で軍事行動を活発化させている。慎重にすべきです」

 セレーネは微笑んだ。

「提督、外交は信頼が基礎です。疑ってばかりでは友好は築けませんよ。それに港の無償使用については既に契約が成立しています」

 アレクトは、それ以上反論できなかった。

 政治判断は外務卿と王家にある。

 こうして、帝国軍艦二隻がアルシアの軍港へ入港した。

 帝国艦船は礼儀正しく、整然とした動きで港に停泊した。

 だが、アレクトはすぐに異変に気づく。

「……補給にしては、物資が多すぎる」

 帝国兵が運び込む木箱は数百。

 中身は食料だけでなく、魔導機材、修理資材、兵舎用の木材まで。

 副官が囁く。

「提督、あれは……軍事拠点の資材では?」

 アレクトは唇を噛んだ。

「外務卿に報告しろ。“補給”の範囲を超えていると」

 だが、返ってきた返答は冷たかった。

「帝国は友邦です。疑う必要はありません」

 アレクトは拳を握った。


 * * *


 翌月になると、帝国側はこう申し出た。

「港の治安維持のため、少数の兵士を置かせてほしい」

 外務卿セレーネは即座に許可した。

 アレクトは激怒した。

「治安維持? 我が海軍がいるのに?これでは“駐留”ではないか!」

「提督、落ち着いてください。帝国は善意で協力してくれているのです」

 アレクトは理解した。

(……この国は、帝国に飲み込まれつつある)

 帝国兵は最初は二十名だったが、翌週には五十名、さらに百名へと増えていった。

 三カ月もすると、帝国から新たな打診があった。

 「アルシア海軍と共同訓練を行いたい。追加で艦船を派遣する」

 外務卿は喜んだ。

「素晴らしい提案です!帝国の最新戦術を学べますよ、提督!」

 アレクトは冷静に言った。

「共同訓練は、軍事的に“対等”でなければ成立しません。帝国艦隊が増えれば、我が国は港を奪われます」

 だが、アルシア王家は外務卿の意見を採用した。

 半年もしないうちに、帝国艦船は二隻から四隻へ、さらに六隻へと増えていった。

 港は帝国艦隊で埋め尽くされつつあった。


 * * *


 帝国の軍務官がアルシア海軍に“助言”を始めた。

「老朽艦は退役させるべきです」

「艦隊を再編し、帝国式の訓練を導入されてはどうですか?」

「指揮系統を簡略化し、帝国軍と連携しやすくするべきだ」

 外務卿はこれを“合理的”と受け入れた。

 アレクトは怒りを抑えながら言った。

「これは“弱体化”だ。帝国に従属するための布石だ!」

 だが、政治は軍の声を無視した。

 結果、アルシア海軍は戦力を分散され、実質的に帝国の指揮下に置かれた。

 帝国はついに本音を切り出した。

「港の一部を共同管理区域にしたい。友好の証として」

 外務卿は迷わず承認した。

 アレクトは机を叩いた。

「共同管理?それは“占領”と同義だ!」

「提督、あなたは帝国を敵視しすぎです。友好国を信じましょう」

 アレクトは絶望した。

(……この国は、もう半分落ちた)

 港の半分は帝国軍の支配下に置かれた。

 

 * * *

 

 帝国は次にこう言った。

「港だけでは不十分です。王都をを守るため、帝国軍を市街地にも駐留させましょう」

 外務卿は喜んだ。

「帝国が我が国を守ってくれるのです!」

 アレクトは叫んだ。

「守る?違う、これは“占領”だ!」

 だが、王家は外務卿の意見を採用した。

 帝国軍は街へ入り、王宮近くに駐屯地を設置した。

 そして、ついに帝国は告げた。

「貴国は帝国の保護下に入るべきだ。拒否するなら、治安維持のため王宮を接収する」

 外務卿は震えながらも言った。

「……帝国は友邦です。争う必要はありません」

 アレクトは剣を抜いた。

「外務卿……あなたはこの国を売ったのだ!」

 だが、すでに港も街も帝国軍に押さえられている。

 アレクトは悔しさに拳を震わせた。

(……守れなかった。だが、まだ終わりではない。アルシアの海は、俺が取り戻す)

 帝国は一滴の血も流さず、アルシア海洋王国を征服した。

 翌日、アルシア近海は、帝国海軍により、航行を事実上封鎖された。


 * * *


 帝国はルミナス商業連邦との()()により、飛空船二番艦”アストラ・ノヴァ”を派遣した。

 巨大な飛空船がルミナス首都バルセリオの発着ゲートに入港した瞬間、市民は歓声を上げ、街は祭りのような騒ぎになった。

「帝国の最新鋭艦だ!」

「これで我々の空路は安全だ!」

「ルミナスは帝国と肩を並べる時代に入った!」

 だが、その熱狂は長く続かなかった。

 アストラ・ノヴァが入港して数日も経たぬうちに、帝国は「補給と整備」を名目に、港湾区の一角に巨大な補給拠点を築き始めた。

 魔導燃料の貯蔵庫、兵士用の仮設兵舎、飛空船整備用の魔導工房、帝国軍専用の通信塔……これらはすべて「一時的な施設」と説明されたが、建材は恒久施設そのものだった。

 さらに、帝国兵が百名単位で駐屯し始める。

「治安維持のためです」

「飛空船の安全確保のためです」

 帝国はそう説明したが、実態は 軍事占領の第一段階 だった。

 帝国御用達の商人たちが、バルセリオの中央市場に次々と店を構えた。

 彼らは帝国製の魔導器具や武具を破格の値段で売り、ルミナス商人たちの商売を圧迫した。

 同時に、帝国財務官が評議会に出入りするようになり、ルミナスの財政に口を出し始める。

「帝国通貨との交換比率を固定しましょう」

「帝国式の金融監査を導入しませんか」

「帝国の財務官を顧問として派遣します」

 どれも“友好”の名目だったが、実態は金融支配だった。

 中央銀行総裁は激しく抵抗した。

「これは主権の侵害だ!ルミナスの金融はルミナスが決める!」

 だが、親帝国派の評議員たちは冷淡だった。

「帝国の保護がなければ、我々の商業路は守れないのですよ」

 総裁は孤立し、辞任に追い込まれた。

 そして、帝国は最後の一手を打つ。

「貴国の商業路を守るため、帝国軍を正式に駐留させるべきだ。拒否するなら、治安維持のために強引な手段を取らざるを得ない」

 これは、“保護”を名目にした露骨な脅迫だった。

 評議会は親帝国派が多数を占めるようになっており、反対派は圧倒された。

「……賛成多数。帝国軍の駐留を承認します」

 その瞬間、ルミナス商業連邦は 経済的にも軍事的にも帝国の属国 となった。

 

 * * *


 輸送路を握った帝国は、グランツの鉱石を不当に安い価格で買い叩き始めた。

「帝国の市場では、これが適正価格です」

 帝国商人はそう言い放つが、実際には帝国が価格を操作していた。

 同時に、グランツがその大半を輸入に頼る“塩”の価格を吊り上げた。

 この二重の圧力で、グランツの財政は急速に疲弊していった。

 老将軍バルドランは歯噛みした。

「……帝国は、我らの喉元を握ったのだ」

 帝国はさらにこう言う。

 帝国は次に、甘い提案を持ちかけた。

「鉱石輸送のため、山岳道路を整備しましょう」

 グランツ側は歓喜した。

 山岳道路は長年の課題であり、険しい地形ゆえに整備は困難を極めていたからだ。

 だが、整備を行ったのは帝国軍工兵隊だった。

 そして完成した道路は――帝国軍が通れる規格で作られていた。

 バルドランは悟った。

「……これは輸送路ではない。“侵攻路”だ」

 帝国は次にこう提案する。

「鉱石の品質管理のため、帝国の技術者を鉱山に派遣したい」

 グランツ王家は渋々承認。

 だが、帝国技術者は次々と増え、やがて鉱山の管理権を握った。

 採掘量の調整、輸送路の管理、鉱石の価格決定と帝国の意向が反映される様になり、すべてが帝国の手に落ちた。

 さらに帝国はグランツ内部の貴族を買収し、王家を孤立させていった。

「我々と組めば鉱山利権を保証する」

「帝国式の軍制を導入すれば昇進させる」

「帝国の保護下に入れば、戦費は減免される」

 貴族たちは帝国に靡き、王家は少数派となった。

 老将軍バルドランは嘆いた。

「……この国は、戦わずして奪われたのだ」

 そしてついに、帝国は最後の通告を行った。

「魔族の脅威が再び高まっている。グランツは帝国の保護下に入るべきだ」

 当然、王家は拒否した。

「我らは独立国だ!帝国の庇護など必要ない!」

 だが、議会は帝国派が多数を占めていた。

「国の安全のためです」

「帝国の保護を受けるべきです」

「魔族の脅威に対抗するには帝国しかない」

 議会は“保護条約”を承認した。

 こうして――グランツ山岳王国は帝国保護領となった。

 王家は名目上の存在となり、実権は帝国の手に落ちた。


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