50:災厄の三騎士
50:災厄の三騎士
ネクロスの魔力が揺らぐ。
その瞬間――玉座の間の影が、わずかに震えた。
(……ゲブだな。影の中から空間を揺らして、ネクロスの集中を乱している)
ネクロスは気づかない。
ネクロスが手をかざすと、黒い魔力が渦を巻いた。
「リュゼリアといったな……つまらぬ相手だ。――消えてもらおう」
リュゼリアは大鎌を振りかぶる。
「影葬断!」
影の腕が伸び、ネクロスの動きを縛ろうとするが――
「甘い!」
ネクロスの魔力が爆発し、影を吹き飛ばす。
リュゼリアは後退しながら叫ぶ。
「くっ……!」
ネクロスが杖を振り下ろすと、闇の触手が四方から襲いかかる。
「闇界門!」
リュゼリアの足元に黒い魔法陣が広がり、触手の一部は影界へ吸い込まれる。
だが――ネクロスの魔力は桁違いだった。
「闇の勇者よ。貴様の闇は、所詮“借り物”よ……」
「っ……!」
リュゼリアは避けきれず、闇の触手が鎧を貫いた。
胸部の頭骨が苦しげに嘶く。
リュゼリアは膝をつきかけた。
「終わりだ。闇の勇者よ――」
その瞬間――影の中から、ゼラが再び“空間”を揺らした。
ネクロスの魔力が一瞬だけ乱れる。
(……今だ!)
「黒翼葬歌!」
リュゼリアの背に、黒い翼が顕現した。
大鎌が巨大化し、刃が影の波動を纏う。
「な……その力は……!」
ネクロスが後ずさる。
リュゼリアの瞳は、完全に“闇の勇者”のそれだった。
「サルヴァン様の闇……そして、私の魂……全部まとめて、お前を葬る!」
リュゼリアは跳躍し、大鎌を振り下ろす。
世界が一瞬、暗転した。
黒い斬撃が空間を裂き、ネクロスの身体を貫いた。
「……異端の王よ……世界を……見届けよ……」
ネクロスは黒い炎に包まれ、崩れ落ちた。
次の瞬間、影の魔力が爆ぜ八方に拡散した。
リュゼリアは大鎌を支えに、ゆっくりと膝をついた。
「……終わった……」
影からゼラが現れ、そっと支える。
「……大丈夫か?」
「……助かったよ、ゲブ。べ、別に……お前がいなくても勝てたけどな」
リュゼリアは微笑んだ。
その笑みは、闇の勇者ではなく――かつて人間だった少女のものだった。
ゼラは空を見上げた。
(……ネクロス。お前の“魔族への思い”は……俺が引き継ぐよ)
アビスフェルドの空は、静かに晴れていった。
* * *
その時――玉座の奥から、黒い霧が立ち上った。
「……まだだ……まだ終わらぬ……」
ネクロスの身体が崩れ落ちた場所から、白い瞳だけが浮かび上がる。
「支配の理は……死なぬ……我が“残滓”は……世界を……正す……」
黒い霧が渦を巻き、玉座の間全体に広がった。
アバドンが歓喜の声を上げる。
「主よ!その身は滅びても、理は生きている!」
バルバロスも戦斧を掲げる。
「支配の理、戦争の理、飢饉の理……三つの災厄が揃った。闇の勇者よ、疫病の理よ――ここが貴様らの墓場だ!」
リュゼリアは大鎌を構え直し、ゼラは影から這い出て、粘体を再構築する。
だが――二人は完全に押し込まれていた。
(……このままでは……負ける)
リュゼリアの影が揺らぎ、ゼラの粘体が削られ、ネクロスの残滓が世界を侵食する。
その時――玉座の間の影が、静かに、しかし確実に膨れ上がった――。
* * *
「……やれやれ。ネクロスの野郎が死んだ途端、世界は随分と騒がしくなったもんだね。」
アヴァドンが叫ぶ。
「ザル=メルド!なぜ動かぬ!主の仇を討たぬのか!」
バルバロスも睨む。
「影の将軍よ。貴様も災厄の一角であろう。なぜ戦わぬ!」
ザル=メルドは静かに笑った。
「……“災厄”?ボクはそんな安っぽいもんじゃないよ。」
影が爆発した。
黒い炎が渦巻き、巨大な角と黒翼を持つ“悪魔王”の姿が現れる。
「ボクの名は――悪魔王ヴェルゼ=ベルゴール。サルヴァン様の影にして、魔の理を統べる者。」
アバドンが後ずさる。
「な……悪魔王……!?貴様は勇者と相討ちになったはず……!」
ヴェルゼは笑う。
「影は死なぬ。光がある限り、影は生まれる。」
そして、リュゼリアとゲブの前に立つ。
「リュゼリア、ゼラ。ここからは――“悪魔王”が奴らの相手をしよう。」
(げっ。バレてる!)
玉座の間に、三つの災厄と、二つの魔王と、一つの異端が揃った。
* * *
「来たれ、第一の門。其は煉獄の炎に通ず。来たれ、第二の門。其は氷結地獄の河に通ず。来たれ、第三の門。其は腐敗地獄の汚泥に通ず……」
ヴェルゼが朗々と、呪文を唱え始める。
リュゼリアは、その呪文を聞いたとたんに、サッと顔色が変わった。
「ま、待て!ヴェルゼ!それはこんなところで使う呪文じゃ――」
リュゼリアの制止の言葉を待たずに、呪文は完成する。
「《七鍵獄門》――」
その力が解き放たれた時、世界から、音も、光も、温度も無くなった。
やがて、世界が音と光と温度を取り戻したとき、そこに“虚無城”の姿はなかった。
黒曜石の塔は跡形もなく消え、ただ平坦な地面だけが残っていた。
風が吹き抜け、砂塵が舞う。
リュゼリアとゼラは、ヴェルゼが編んだ結界に守られ、無事であった。
「逃げ足だけは、速いみたいだね……」
どうやら災厄は、ヴェルゼの呪文が効力を発揮する前に、何らかの手段を用いて逃げ出したようだ。
リュゼリアは結界の中で膝をつき、ゼラは粘体を再構築しながら周囲を見渡した。
「……やりすぎだ、ヴェルゼ」
リュゼリアが呆れたように言う。
ヴェルゼは肩をすくめ、黒い翼をたたみながら答えた。
「だってさぁ、あの三匹……“災厄の理”そのものだよ?普通に戦って勝てる相手じゃないだろ?」
ゼラは思わず口を挟む。
「いや、でも……虚無城ごと吹き飛ばす必要は……」
「あるよ?」
ヴェルゼは即答した。
「アバドンは飢饉の理。バルバロスは戦争の理。ネクロスは支配の理。あいつらは“世界の側”にいる。理そのものを殺すには、世界の外側の力をぶつけるしかない。」
リュゼリアは眉をひそめた。
「……七鍵獄門は、本来“世界の外側”に通じる禁呪だ。使えば、世界そのものが揺らぐ。サルヴァン様からも使用は禁じられていただろ……」
ヴェルゼは悪びれもせず笑う。
「まあまあ。結果的に君たちは助かったんだし、細かいことは気にしない気にしない。」
(……いや、気にするだろ普通……)
ゼラは心の中で全力で突っ込んだ。
* * *
リュゼリアは周囲の魔力の残滓を探る。
「……アバドンも、バルバロスも、ネクロスの残滓も……全部逃げたわね。」
ヴェルゼが頷く。
「七鍵獄門は“世界の外側”を呼ぶ呪文。災厄の理は世界の内側に属する存在だから、発動直前に逃げるのは当然だよ。」
ゼラは拳を握った。
「つまり……あいつらはまだ生きている。」
「生きてるどころか、ネクロスの死で“理の均衡”が崩れたせいで、むしろ強くなるよ。」
ヴェルゼの声は軽いが、内容は重い。
「飢饉、戦争、支配。この三つは“世界が混乱するほど強まる”理だからね。」
リュゼリアは大鎌を握りしめた。
「……つまり、ネクロスを倒したことで、災厄はむしろ暴走する。」
「そういうこと。」
ヴェルゼはゼラをちらりと見る。
「それに……《疫病》も、本来は“災厄の理”の一角なんだよね。」
ゼラは息を呑む。
「俺は……そんなつもりじゃ……」
「知ってるよ。君は“疫病”を破壊じゃなく、創造と再生に使ってる。だから君は“異端”なんだ。でもね、災厄の三騎士は、君を“裏切り者”として狙うだろうね。」
リュゼリアがゼラの肩に手を置く。
「ところでゼラ。貴様には、今度アビスフェルドの地を踏めば殺すと伝えたはずだ。」
ゼラは小さく震えた。
「さらばっ」
ゼラは空間転移で、戦場を後にした。




