47:白夜
47:白夜
レーヴェン王国は、アストリア帝国の南西に位置する小国だ。
山と森に囲まれ、土地は痩せ、資源も乏しい。
聖戦では、無理を押して、白狼騎士団と勇者を送り出した。
その勇者こそ――白銀の勇者ミリア。
銀髪に銀の鎧、そして氷のように冷たい瞳。
彼女は“人形のような勇者”と呼ばれていた。
感情の起伏が乏しく、必要最低限の言葉しか話さない。
だが、その剣技は本物で、魔王軍との戦いでも数々の武勲を挙げた。
ゼラは、そんなミリアが“守る”国を訪れていた。
(……帝国の圧力が強まっている。レーヴェンは貧しい。この国が巻き込まれれば、真っ先に潰れる……)
ゼラは人化の術で青年の姿を取り、レーヴェンの城下町を歩いていた。
街は静かで、どこか寂しい。
子どもたちは元気だが、服は継ぎ接ぎだらけ。
市場には食料が少なく、物価は高い。
そして――
「……また、雪狼の被害か」
兵士たちが話しているのが聞こえた。
「北の森で三人やられたらしい。ゴブリンも増えている。このままじゃ冬を越せんぞ……」
(……魔物のせいで、人間が苦しんでいる……俺は……何をしているんだろうな)
胸の奥が痛んだ。
その時だった。
「魔力紋を確認。エラー。人間ではない可能性」
振り返ると、白銀の鎧を纏った少女が立っていた。
白銀の勇者ミリア。
彼女は無表情のまま、ゼラを見つめていた。
* * *
「敵性生物を発見。駆除に入る」
ゼラは一瞬、心臓が止まりそうになった。
(……見破られた!?)
だが、ミリアの声には感情がない。
ただ、事実を淡々と述べているだけだ。
「ま、待ってくれ。お、俺は……旅人だよ。ただの観光客さ」
「嘘。魔力の“揺れ”を検知。人化の術使用の痕跡を確認」
(……やっぱりバレてる……!)
ミリアは剣に手をかけた。
だが、抜く気配はない。
「……敵意の確認できず。交渉に入る――何をしに来た?」
その問いは、あまりにも真っ直ぐだった。
(それは、交渉とは言わないんじゃ?)
ゼラは思わず、心の中で突っ込んだ。
「確かに君の言う通り、俺は人間じゃない。でも罪なき者に害意はないよ。むしろ何とか上手く助け合っていけないかと思っているくらいさ。その為にもこの国の事を知りたいんだ」
「助ける……?お前が………………理解不能」
ミリアの瞳がわずかに揺れた。
それは、彼女にしては大きな反応だった。
* * *
ミリアはゼラを城の外れにある小さな丘へ案内した。
そこからは、レーヴェンの全景が見渡せた。
「この国は……弱く、貧しい。大国の圧力にも簡単に屈してしまうほどに」
ミリアの声は淡々としている。
だが、その奥には深い悲しみがあった。
「だから……私は戦う。この国を守るために。雪狼も……ゴブリンも……この国を脅かすものは、すべて排除する」
ゼラは胸が痛んだ。
(……この子は……本気でこの国を守ろうとしているんだ)
ミリアはゼラを見つめた。
「もう一度問う。お前は……魔族か?」
ゼラは答えられなかった。
ミリアは剣を抜いた。
だが、その刃はゼラに向けられていない。
「もし魔族なら……排除対象。でも……」
ミリアは言葉を止めた。
「…………敵意を確認出来ず」
(……この子は……本当に真っ直ぐだ)
ゼラは深く息を吸った。
「ミリア。俺は……魔族だ」
ミリアの瞳がわずかに揺れた。
「……嘘ではない。では……駆除に入る」
剣がわずかに構えられる。
だが、ゼラは続けた。
「でも……俺はこの国を害するつもりはない。むしろ……守りたいと思ってる」
「……嘘ではない。理由を」
「この国は……弱い。だからこそ、守られるべきだ。帝国の圧力からも、魔族の脅威からも……不条理に押し潰されてはいけない」
ミリアは黙って聞いていた。
「だから……聞いて欲しい。後日、東よりゴブリンの大群が押し寄せる。だが、それには抵抗せずに静観して欲しい。約束する。この国を脅かすゴブリンも、雪狼も――そのゴブリンが全滅させる。レーヴェンに害を与える魔族は、すべて排除される」
ミリアの瞳が大きく揺れた。
「……荒唐無稽……魔族の言う事を信用しろと……?」
「キミは嘘を判別できるんだろ?それに魔族だからこそ、できることもある」
ミリアはしばらく黙っていた。
風が吹き、銀髪が揺れる。
やがて、彼女は剣を収めた。
「……信じよう。理由は……不明。でも……お前の言葉は……嘘ではない」
ゼラは驚いた。
「いいのか?俺は魔族だぞ?」
「いい。……お前は“敵”ではない。少なくとも……今は」
ミリアはゼラを見つめた。
「だが、常に監視は続ける」
ゼラは静かに頷いた。
「約束する。この国に害を与える魔族は……すべて排除する。見ていてくれ」
ミリアは小さく微笑んだように見えた。
「……感謝はしない。……不思議な魔族」
その声は、氷のように冷たい彼女の中にある、小さな温かさだった。
ゼラは丘を降りながら、胸の奥に重いものを感じていた。
(……俺は……何をしているんだろうな)
魔族としての自分。
人間としての自分。
そして――ゼラとしての“願い”。
信じると言ったミリアの言葉が胸に残る。
(……守るよ。弱者は……守られるべきだ)
ゼラは空を見上げた。
(……でも……人間にも受け入れられない、魔族にも受け入られない、無所属としての俺は……どうすればいい?)
その答えは、まだ見つからなかった。
* * *
人に化けた、不思議な魔族との遭遇から、数カ月の内――。
魔族が預言した通り、東のアルシア海洋王国より、ゴブリンの一団が現れた。
約束通り、ミリアは遠目に監視するに留めた。
アルシアから侵入してきたゴブリンは人間には目もくれず、レーヴェン土着のゴブリンと抗争を繰り広げた。
どうやら雪狼を食料にしたり、手懐けて騎獣としたりしている様だ。
その内、土着のゴブリンは、侵入してきたゴブリンに合流し、一団は嵐の様に去っていった。
そしてあの魔族が預言した通り、レーヴェンには一匹のゴブリンも雪狼も残されてはいなかった。




