46:帝国の横暴
46:帝国の横暴
アストリア帝国・皇城「蒼天宮」。
その最奥にある円卓の間には、帝国の中枢を担う七名が集まっていた。
皇帝アウレリウス三世を筆頭に、宰相ヴァルムンド=レグナス、外務卿レシウス=ハルド、内務卿マルティナ=グレイ、財務卿ゴルド=バルネス、大将軍レオニダス=ヴァルク、先の魔王討伐で連合指令を務めた、アンドレイ=バーダッド侯爵。
円卓の中央には、戦後の各国の軍事・経済状況をまとめた書類が広げられている。
皇帝が静かに口を開いた。
「……諸卿。魔王が倒れてから二年が経ったが、世界は安定からほど遠い。今こそ、帝国が“秩序”を示す時だ」
その声は穏やかだが、議場の空気を一瞬で引き締める威厳があった。
宰相ヴァルムンドが立ち上がり、各国の戦後負担を記した書類を広げた。
「まず、グランツ山岳王国とアルシア海洋王国。正規軍の派兵がなかった両国には戦費負担を求めます」
財務卿ゴルドが頷く。
「戦費の回収は急務ですな。帝国の財政も限界に近い」
ヴァルムンドは次の書類を示した。
「ルミナス商業連邦には、帝国飛空船団再建のための莫大な借金があります。これを――帳消しにさせましょう。」
外務卿レシウスが驚く。
「帳消し……? それは難しいのでは?」
「もちろん条件付きです。再建した飛空船の無償駐留。これにより、ルミナスの国防は帝国の掌中に落ちます」
内務卿マルティナが静かに笑った。
「……なるほど。ルミナスを無償で守るという建前で軍を駐留させるのですな」
「オルガナ五連国とレーヴェン王国は、被害状況も鑑み、資材の供出を求めるに留めます」
レオニダス大将軍は得心がいったという風に頷く。
「圧力に強弱をつけ、諸国が組まない様にするのですな」
ヴァルムンドは円卓の中央に立ち、各国の地図を指し示した。
「戦費負担でグランツとアルシア、ルミナスを弱体化。オルガナは中立を装いながら帝国に依存している。レーヴェンは元々、貧しい国だ。」
そして、静かに宣言した。
「――今こそ、人間族国家を帝国の下に統一する時です。」
議場が凍りつく。
外務卿が震える声で問う。
「……それは……征服を意味するのですか?」
ヴァルムンドは首を振った。
「いいえ。“保護”です。魔族の脅威から守るための、人間族の大同盟――その中心に帝国が立つだけのこと」
皇帝アウレリウス三世が立ち上がる。
「諸卿。帝国は世界の秩序を担う。そのための第一歩を踏み出すのだ」
大将軍レオニダスは静かに頭を垂れた。
「……軍は陛下と宰相の意志に従う」
財務卿ゴルドは書類に印を押した。
「戦費請求の準備を始めます」
外務卿レシウスは深く息をついた。
「ルミナスとの交渉は……難航するでしょうな」
バーダッド侯爵は黙したままだ。
宰相ヴァルムンドは微笑んだ。
「すべては“帝国の未来”のために」
こうして――帝国は静かに、しかし確実に、人間族国家の統一へ向けて動き始めた。
帝国より、各国へ使者が遣わされた。
* * *
「貴国は勇者のみを派遣し、正規軍の派兵は行わなかった。ゆえに、帝国が肩代わりした戦費の一部を負担していただく」
グランツ山岳王国の老将軍バルドランが立ち上がる。
「派兵は地理的な要因で難しいと事前に説明している! 我らは勇者ラグナを送り出した! 彼の功績は戦局を左右したはずだ!」
「功績は認めます。しかし、戦費は“数字”でしか計れませんゆえ。ああ……支払いは鉱石でも構いません」
冷徹な返答だった。
* * *
「貴国は勇者マルスを派遣したが、海軍の出動は限定的だった。ゆえに戦費の一部を負担していただく」
アルシア海洋王国 外務卿セレーネは眉をひそめる。
「アビスフェルドは艦船で近づけぬ故、我が国は海上封鎖を担い、補給線の維持に尽力したはずですが?」
「記録上、帝国の負担が大きい。ゆえに相応の支払いを求めております。向こう十年間、貴国の軍港を帝国に無償提供して頂くというのはどうですかな」
* * *
「貴国に都合頂いた、飛空船団の再建費の支払いについて相談させて頂きたい。新造の二番艦を貴国に常駐させよう。それを以て貴国への債務支払いとさせて頂く」
財務総監ロッツと中央銀行総裁は、怒りに顔色を変えた。
「借りたものを返さぬとは道理が通りません。次からの資金調達はどうなされるおつもりか?」
帝国使節団の代表、外務卿レシウスは、まるで“それを待っていた”かのように微笑んだ。
「ロッツ総監。誤解なさらぬように。我々は“返さない”とは言っていないのです」
「……では、どういう意味だ?」
「“返済方法を変更する”と言っているのです」
ロッツの眉が跳ね上がる。
「変更……?」
「ええ。金銭で返すのではなく――飛空船二番艦の“無償駐留”をもって返済とする。これが帝国の提案です」
中央銀行総裁が机を叩いた。
「それは返済ではなく、踏み倒しだ!!軍艦を常駐させ、我々の空を支配するつもりか!」
レシウスは肩をすくめた。
「支配ではありません。安全保障です。貴国の空路は海賊、魔物、そして最近では“謎の魔族軍”の噂もある。帝国の飛空船が常駐すれば、ルミナスの商隊は安全に航行できるでしょう」
「安全保障……?我々は軍事同盟など望んでいない!」
「二番艦“アストラ・ノヴァ”の常駐を受け入れれば、貴国の安全は保障されます。以後、帝国は貴国の空路を守り、貴国はのびのびと商業活動を行うことが出来る――」
ロッツは震える声で言った。
「……それは……帝国の軍事的影響力を、我々の中心部に置くということだ」
「ええ。しかし、それは“保護”です。帝国は貴国を守りたいのです」
その言葉は甘く、しかし毒のように重かった。
「この件は評議会に持ち帰らせて頂く……」
「もちろん。ただし――」
レシウスはわずかに声を低くした。
「近頃は、きな臭い噂ばかりです。騒動が起こる前にご決断を」
帝国使節団は深々と礼をし、静かに部屋を後にした。
残されたロッツと総裁は、しばらく言葉を失っていた。




