表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
災厄のスライムが世界を敵に回したら  作者: 弐戸 参度


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/55

45:虚空の賢者

45:虚空の賢者


 アルシアの海底で息を潜めていたゼラは、海水と同化しながら必死に再生していた。

(……危なかった……あの勇者……強すぎる……)

 雷撃の痛みがまだ残っている。

 だが、それ以上に――

(……空間転移……あれがあれば……俺も……)

 アンゲラスの動きは、ゼラの心に強烈な衝撃を残した。

“どこからでも現れ、どこへでも消える”、“攻撃を避け、死角から襲う”、“逃げることすら許さない”。

(……あれがあれば……俺は……もっと強くなれる……!誰も傷つけずに済む……!誰も失わずに済む……!)

 ゼラの胸に、“空間転移への渇望”が芽生えた。

 ゼラは海底を這い、潮の流れに乗って遠くへ移動した。

 海水と同化した身体は、雷鳴の勇者の追跡を完全に逃れていた。

(……絶対に手に入れてやる……空間転移の力……!)

 その時だった。

 海の底――深い闇の向こうから、声がした。

『……空間を求める者よ……』

(……誰だ?)

 ゼラは周囲を見渡したが、誰もいない。

 ただ、海の闇が揺らめいているだけ。

『……来い……虚空の底へ……空間を裂く術を求めるなら……』

 その声は、海流のように静かで、しかし抗いがたい力を持っていた。

 ゼラは闇へと吸い寄せられるように進んだ。

 やがて、海底の岩盤が裂け、“空間そのものが歪んだ穴”が現れた。

 黒い亀裂の中心には、巨大な魔法陣と鎖が絡みついている。

(……封印……?)

 その中心に、影のような存在が囚われていた。

 そこはまるで海底の牢獄であった。

 輪郭は常に揺らぎ、空間そのものが形を作っているような異形。

 その存在は、静かに名乗った。

「我は――ヴォイド=エルム。空間魔法を極めし者にして、虚空の賢者と呼ばれ……この世界に“危険すぎる”と封じられた者だ」

(封じられた……?)


 * * *

 

 ヴォイド=エルムは淡々と語った。

「かつて我は、空間を操り、世界の境界を越えようとした。その力は魔族にも人間にも恐れられ、“世界の理を乱す者”として封印されたのだ」

 ゼラは息を呑んだ。

(……そんな存在が……俺を呼んだのか)

「お前は空間転移を求めている。だが、その力は危険だ。扱いを誤れば、己の核を砕き、消滅する」

「……それでも、欲しいんです」

 ゼラは迷わず言った。

「俺は……強くなりたい。誰も傷つけずに済む力が欲しい。逃げずに済む力が……!」

 ヴォイドの揺らめく輪郭が、わずかに震えた。

「……ならば、取引をしようではないか。この封印を解け。さすれば代わりに、お前に空間転移を教える」

 ゼラは驚いた。

「封印を……解く?そんなこと、俺にできるのか?」

「お前は“核”が柔軟だ。スライムは空間魔法と相性が良い。触れれば、封印の魔力を吸収し、我を解放できるだろう」

(……俺が……封印を……?)

 ゼラは迷った。

 封印されているということは、ヴォイド=エルムは危険な存在なのかもしれない。

 だが――ゼラの胸には、アンゲラスの雷光が焼きついていた。

(……あの力がなければ……俺はまた、大切なものを失う……)

 ゼラは決意した。

「……わかった。あなたを解放する。その代わり、空間転移を教えてもらう!」

 ヴォイド=エルムは静かに頷いた。

「よかろう。お前は今日より――虚空のこくうのともがら。我が弟子だ」


 * * *

 

 ゼラは封印の魔法陣に触れた。

 瞬間、膨大な魔力がゼラの身体に流れ込む。

「う、ぐ……っ!!」

 粘体が震え、核が軋む。

 空間が歪み、海が揺れる。

 だがゼラは離さなかった。

(……負けない……!俺は……強くなるんだ……!)

 封印の鎖が一本、また一本と砕けていく。

 そして――最後の鎖が砕けた。

 虚空の賢者ヴォイド=エルムが、ゆっくりと解き放たれた。

「……よくやった。その“折れぬ核”こそ、空間魔法の素質だ」

 ゼラはその場に崩れ落ちた。

(……やった……のか……?)

 ヴォイド=エルムはゼラの前に立ち、静かに手を差し伸べた。

「来い、ゼラ。虚空の底で、空間の理を教えよう。お前が求める“瞬間移動”の力をな」

 ゼラはその手を取った。

 次の瞬間、世界が裏返り、ゼラは“虚空”へと吸い込まれた。

 こうして――ゼラは空間転移を学ぶための修行を始める。

 それは、魔王軍の訓練よりも、グラズの地獄の鍛錬よりも、はるかに苛烈で危険な道だった。


 * * *

 

 ヴォイドの手を取った瞬間、ゼラの身体は“裏返った”。

 上下も前後もない空間に投げ出され、

 重力も音も光も存在しない“虚空”へと落ちていく。

(……ここ……どこ……?)

 ゼラの身体は粘体であるにもかかわらず、虚空の圧力に押し潰されそうになっていた。

「落ち着け。虚空は“形のない世界”。己の核が揺らげば、存在そのものが消える」

 ヴォイド=エルムの声だけが、はっきりと響いた。

「まずは“存在を保つ”ことを学ぶのだ」

 虚空では、ゼラの身体は常に分解され続ける。

 粘体が霧散し、核が露出し、その核すら虚空に溶けようとする。

(……やばい……! このままじゃ……!)

「核を固めろ。“自分はここにいる”と強く念じろ」

 ゼラは必死に意識を集中させた。

(俺は……ゼラだ……!消えない……!)

 核が震え、粘体が再構成される。

「よし。虚空で存在を保てるなら、空間魔法の基礎は身についたといえよう」

 ゼラは息をついた。

(……これだけで……死ぬかと思った……)


 * * *

 

「次は“空間の流れ”を感じろ」

 ヴォイド=エルムが指を鳴らすと、虚空に無数の“裂け目”が生まれた。

 それは光でも影でもなく、ただ“空間の継ぎ目”だけが見える奇妙な線。

「空間は常に揺らぎ、歪み、流れている。その流れを掴めなければ、転移は不可能だ」

 ゼラは触手を伸ばし、裂け目に触れようとした。

 ――瞬間、触手が消えた。

「ぎゃあああああああっ!?な、なんで!?」

「空間の流れを読めぬ者が触れれば、存在の一部が“別の場所”へ飛ばされる」

(……怖すぎる……!)

 だが、ゼラは諦めなかった。

 何度も触手を伸ばし、何度も消され、そのたびに核を震わせて再生した。

 やがて――ゼラは“空間の揺らぎ”を感じ取れるようになった。

「……これが……空間……?」

「そうだ。お前はもう、空間魔法の入口に立っている」


 * * *


 「よし次の段階だ。次は“跳べ”。空間を裂き、別の場所へ移動するのだ」

「いきなり!? 無理ですよ!」

「跳べ」

 ヴォイド=エルムの声は冷たく、しかしどこかグラズに似た“信頼”があった。

(……やるしかない……!)

 ゼラは空間の裂け目に触れ、核を震わせ、意識を集中させた。

(ここじゃない……別の場所へ……!)

 虚空が揺れ、ゼラの身体が引き裂かれ――次の瞬間、ゼラは“別の裂け目”から飛び出した。

「……やった……!?俺……跳んだ……!」

「まだ不完全だ。だが、初めてにしては上出来だ」

 ゼラの胸に、確かな手応えが生まれた。

 ゼラは、それから何度も空間を跳躍した。

 虚空が波立ち、再び静まり返る。

「……終わった……?」

「よくやった、ゼラ。これでお前は――空間転移を扱う資格を得た」

 ヴォイド=エルムが手をかざすと、ゼラの核に“空間の紋”が刻まれた。

「これでお前は、短距離の空間転移ショート・リープを使える。だが、まだ未熟だ。あとは実戦で感覚を磨くのだ」

 ゼラは拳を握った。

(……やっと……手に入れた……!アンゲラスのような……あの力を……!)

 虚空が揺れ、出口が開く。

「行け、ゼラ。お前の戦場へ。そして――必要な時は呼べ。我はお前の師だ」

 ゼラは深く頭を下げた。

「……ありがとうございました、師匠!」

 ゼラは虚空を跳び、現実世界へと戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ