44:アルシア海洋王国
44:アルシア海洋王国
アルシア海洋王国は、その優れた造船技術で大陸の海運を担う、貿易国家である。
陸路より速い船は、積み荷だけでなく、情報も運んでいる――。
「星詠みの一族が、新たな魔王の影を予言したらしい」
「帝国が軍備増強を進めているのは、その為か」
「オルガナで、新しい勇者が選任されたそうだ。今度は《紅蓮の勇者》だと……」
商業ギルドのサロンでは、様々な情報交換が行われていた。
* * *
ライゼンは魔道の探究に生涯を捧げると決めていた。
湖沼の勇者マルスが死に、自らが次代の勇者に指名されるまでは。
大陸一と名高い賢者タリマクに師事し、一時は将来を嘱望されたが、些細な事で師と袂を分かち、ここアルシアで研究を行ってきた。
研究は実を結び、若き天才は召喚獣たる魔法生物を自らの手で作り上げていた――。
ライゼンが昼食を摂ろうと、街をぶらついていると、見慣れぬものが目についた。
人の姿をしているが、人ならざる者。
「……お前、何者だ?――」
* * *
「……お前、何者だ?」
背後から、低く鋭い声が響いた。
ゼラが振り返ると、そこに立っていたのは――青白い雷を纏う青年だった。
白銀の髪が風に揺れ、瞳は雷光のように鋭い。
「その魔力……人間じゃないな。魔力の流れが歪んでいる。人化の術か」
ゼラは一歩後ずさる。
「……観光に来ただけだよ。別に悪さは――」
「言い訳はいい。“魔族の魔力”を隠せると思うな」
ライゼンの周囲に、雷光が走った。
空気が震え、地面に細かな火花が散る。
(……本気だ!)
ゼラは逃げようとしたが――雷が地面を走り、進路を塞いだ。
「俺の名はアルシア海洋王国の新勇者――雷鳴の勇者ライゼン。逃がす気はない。魔族なら、ここで倒す」
ゼラは触手を伸ばし、周囲の水分を吸収して身体を膨らませる。
「くっ……やるしかないか!」
ライゼンは指を鳴らした。
「――召喚術・開帳」
空間が裂け、雷光が渦巻く。
「来い……“アンゲラス”!」
雷の翼を持つ巨大な天使のような存在が現れた。
その身体は半透明の雷で構成され、周囲の空気を焦がしている。
(な、なんだよこれ……!)
ゼラは本能的に後退した。
「アンゲラス、拘束雷撃!」
雷の鎖がゼラに向かって伸びる。
ゼラは触手で受け止めようとするが――
「ぎゃあああああああっ!!」
雷撃は粘体を焼き、身体が弾け飛ぶ。
(やばい……! このままじゃ……!)
ゼラは必死に身体を再構成しながら、海沿いの道へと逃げ込む。
だが、ライゼンは追撃の手を緩めない。
「逃げるな。お前が何者であれ――“魔族”なら、俺が討つ!」
雷鳴が轟き、空が白く光った。
(……やるしかない!ここで倒されたら、全部終わりだ!)
ゼラは海水を吸収し、身体を巨大化させる。
水分を得たスライムは、雷に対して耐性が上がる。
「はあああああああっ!!」
巨大な触手がアンゲラスに叩きつけられ、雷の天使が一瞬だけ後退した。
ライゼンの目がわずかに見開かれる。
「……ほう。ただの魔族ではないようだな」
「俺は……人間と争いたくない!観光に来ただけだって言ってるだろ!」
「魔族の言葉を信じるほど、俺は甘くない」
ライゼンは杖を構え、雷を収束させた。
「――雷鳴の勇者の名において、貴様を討つ!」
(……くそっ!どうすれば……!)
ゼラは必死に構えた。
雷鳴が轟き、アンゲラスの身体が一瞬だけ揺らいだ。
次の瞬間――その姿が“消えた”。
「なっ……!」
ゼラの視界から完全に消失した。
気配も、魔力の流れも、風の動きすらない。
空間そのものから切り離されたような“無”。
ゼラが反応するより早く――背後で雷光が爆ぜた。
「――ッ!!?」
振り返るより早く、雷の翼がゼラの身体を切り裂く。
粘体が飛び散り、ゼラは地面に叩きつけられた。
(速すぎる……! どこから来た……!?)
アンゲラスは、空間の裂け目から再び姿を現した。
その動きは、まるで“瞬間移動”そのもの。
ライゼンが静かに言う。
「アンゲラスは、雷の速度で空間を跳ぶ。お前のような魔族が反応できる相手じゃない」
ゼラは歯を食いしばった。
「……くそっ……!」
アンゲラスが再び消える。
ゼラは全身の粘体を広げ、周囲の水分を吸収して防御を固めた。
だが――
「残念――後ろだ」
ライゼンの声と同時に、ゼラの背後で雷光が炸裂した。
「ぎゃあああああああっ!!」
ゼラの身体が大きく抉れ、海水が蒸発するほどの熱が走る。
アンゲラスは、空間転移でゼラの死角に回り込み、雷撃を叩き込むという戦法を繰り返していた。
ゼラは必死に触手を伸ばすが、攻撃が届く前にアンゲラスは消える。
(……攻撃が当たらない……!これじゃ……勝てない……!)
ゼラの身体が徐々に小さくなっていく。
「終わりだ、魔族」
ライゼンが杖を掲げると、空が一瞬で暗くなり、雷雲が渦を巻いた。
「雷鳴召喚――“アンゲラス・降臨形態”」
アンゲラスの身体が巨大化し、雷の翼が四枚に増える。
その姿は、まさに“雷の大天使”。
ゼラは震えた。
(……やばい……!殺される……!)
ライゼンの瞳が鋭く光る。
「魔族が人間の街を歩くなど、許されない。ここで討つ」
ゼラは必死に周囲を見渡した。
海沿いの街――潮風、海水、湿気、霧。
(……そうだ……!水がある……!)
ゼラは海へ向かって触手を伸ばし、大量の海水を吸収した。
身体が一気に膨れ上がり、雷撃への耐性がさらに上がる。
「まだ……終わってない!」
ゼラは海水を霧状に散布し、周囲に“水の幕”を作った。
ライゼンが眉をひそめる。
「……水蒸気で視界を遮るつもりか?」
(違うよ……そいつの“空間転移の軌跡”を見えるようにするんだ!)
霧の中で、アンゲラスが空間転移するたびに、雷光が霧を焼き、一瞬だけ軌跡が見える。
ゼラはその瞬間を逃さなかった。
「そこだッ!!」
巨大な触手が、転移直後のアンゲラスを叩きつけた。
雷の天使が大きく揺らぎ、ライゼンが驚愕の表情を浮かべる。
「……魔族のくせに……!召喚獣の転移を見切った……だと……!?」
霧の中でアンゲラスの転移軌跡を見切ったゼラは、確かに一撃を叩き込んだ。
だが、それでも天使型幻獣は崩れない。
雷光が再び翼に集まり、空間が歪む。
「……まだ動けるか。さすが魔族だな」
ライゼンの声は冷静だった。
彼はゼラを“敵”として見ている。
容赦はない。
「アンゲラス――空間跳躍!」
天使の姿が霧の中で四つに分裂した。
実体は一つだが、転移の残像が複数の位置に現れる。
(……どれが本物だ!?)
ゼラは反応できない。
次の瞬間、雷撃が四方向から同時に襲いかかった。
「ぐああああああああっ!!」
粘体が焼け、身体が半分以上吹き飛ぶ。
ゼラは海へ転がり落ち、海水を吸収して必死に再生した。
(……強い……!このままじゃ、勝てない……!)
ライゼンは杖を掲げ、雷雲を呼び寄せた。
空が黒く染まり、海がざわめく。
「雷鳴の勇者の名において――魔族を討つ!」
アンゲラスが空間転移でゼラの頭上に現れ、雷の槍を形成する。
(……終わった……!)
ゼラは本能的に目を閉じた。
その瞬間――海が大きく揺れた。
大波の流れがゼラの身体を引き込み、海中へと“落とした”。
雷撃は海面を焼き、蒸気が爆発する。
だが、ゼラの本体はすでに深く沈んでいた。
「……逃げたか」
ライゼンは海面を睨む。
アンゲラスが水面を飛び、海中を探るが、ゼラの粘体は海水と同化し、完全に姿を消していた。
「……仕留め損ねたか……魔族のくせに、しぶとい奴だ」
ライゼンは召喚獣を消し、静かに踵を返した。




