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災厄のスライムが世界を敵に回したら  作者: 弐戸 参度


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42:黄金竜王ゼルギウス

42:黄金竜王ゼルギウス


 先を歩くゼルギウスの体躯が、徐々に小さくなり、やがて人の形をとった。

 山の風が静かに吹き抜ける。

 やがて、”巣”にたどり着いたゼルギウスは、岩に腰かけ、静かにゼラを見つめた。

 ゼラは意を決して話しかけた。

 「……竜王ゼルギウス様。お聞きしたいことがあります」

「申してみよ、異形の者よ。その皮の下にある“本当の姿”も、我には見えておる」

 ゼラは息を呑んだ。

 だが、ゼルギウスの声には敵意も侮蔑もない。

 ただ、長い時を生きた者の静かな慈愛があった。

「あなたは……なぜ人間の味方をするのですか?竜は人間に狩られ、恐れられ、利用されることもある。それでも、あなたは人間を守っている」

 ゼルギウスは、山々を見渡すように目を細めた。

「人間は弱い。弱いがゆえに、争い、奪い、傷つけ合う。だが同時に――弱いがゆえに、学び、変わり、成長する」

 ゼルギウスの声は、山の奥深くまで響いた。

「竜は強すぎる。強き者は変わらぬ。変わらぬ者は、やがて世界から取り残される」

 ゼラは息を呑んだ。

「……だから、人間を守るのですか?」

「守るのではない。“見守る”のだ。彼らが歩む道の先に、希望があると信じているからな」

 ゼラは、黄金竜王の言葉を噛みしめた。

「では……魔族と人間は、和解できるのでしょうか?俺は……そのために旅をしている。でも……結局、正体を知られれば恐れられる。拒絶される。どうすれば……どうすれば、分かり合えるんですか?」

 ゼルギウスはしばらく黙り、やがて静かに言った。

「和解とは、“互いが互いを理解すること”ではない。“互いが互いを理解しようとすること”だ」

「……理解しようとする?」

「そうだ。人間は魔族を恐れる。魔族もまた、人間を憎む。その感情は、どちらも間違いではない。だが――」

 ゼルギウスはゼラを見つめた。

「お前は、人間を知ろうとした。人間の姿を取り、人間の言葉を学び、人間の仲間を得た。その歩みは、誰にも否定できぬ“和解への第一歩”だ」

 ゼラの胸が熱くなる。

「……でも、俺は……拒絶されました。恐れられました。()()()は……俺を……」

「恐れられるのは当然だ。お前は“異形”なのだから」

 ゼルギウスは続ける。

「だがな、ゼラよ。恐れは、憎しみとは違う。恐れは、いつか理解に変わる。憎しみは、理解を拒む」

 ゼラは目を見開いた。

「……あの人は、俺を憎んでいない……?」

「憎んでおれば、お前を斬っていたであろう。逃げず、震えながらも短剣を構えたのは――“恐怖”と“迷い”の証だ」

 ゼラの胸に、微かな光が灯った。

「ゼラよ。魔族と人間が和解するには、和解を望む方の無限の寛容が必要だ。そして、お前が歩んだ道を、皆が歩む必要があるが、皆がそれを望むわけではあるまい。それは、お前一人では成し得ぬ大業だ」

「……それでも、俺は……」

「歩めばよい。お前が信じる道を。たとえ結果が見えずとも、歩む者がいる限り、道は続く」

 ゼルギウスは優しく微笑んだ。

「恐れは、いつか理解に変わる。理解は、いつか絆に変わる。絆は、いつか世界を変えるだろう」

 黄金竜王の言葉は、ゼラの胸に深く刻まれた。

「ところで、その獣の皮を被る術だが……やめた方が良いな。我がお前に『人化の術』を授けてやろう――」

 

 * * *


 そのゴブリンは、生まれつき小柄であった。

 名を、ゲブという。グランツ山岳王国の南西部に巣くう氏族、ガンロクに所属している。

 群れの大人からも、長くは生きないだろうと思われていた。

 だから、初めての狩りに出かけた後、ただ一匹、生き残り、巣に帰って来たときには、皆が驚いた。

 ゲブは、その日から変わった。おどおどした態度は消え去り、ゴブリンとしては異形の、スカイブルーの瞳は鋭い眼光を放つ。

 群れの祈祷師(シャーマン)は、ゴブリン族が信仰する神、『メガロア』様が降臨されたのだ、『神憑り』だと騒いだ。

 ガンロク氏族の族長は、自らの立場を脅かすゲブを秘かに葬ろうとしたが、その企みは達成されず、返り討ちにあった。

 新たな族長となったゲブは、自らの氏族に命令を下す。

「我こそがゴブリン王。十七氏族を束ねる者なり。弱き時代は終わった。これより、他の氏族を統一する旅に出る」

 と。

 三ヶ月の内に、近隣のオルクゥ族を含む三氏族と、どこにも属さない小さな集落(コミュニティー)を平らげた。

 ゲブは軍を二つに分け、一方をルミナス方面へ、もう一方をアルシア方面に派遣した。彼らに与えられた使命は二つ。

 向かう先のゴブリン族とオルクゥ族を下し、自らの陣営に引き入れるか全滅させることと、人間族には手を出さないことであった。

 二ヶ月が経ち、ゲブの元に届けられたのは、アルシア方面で一氏族をを滅ぼし、オルクゥ族を下したことと、ルミナス方面の抵抗が激しく、攻略が難航していることであった。

 ゲブは、アルシアへ向かった軍を、そのままレーヴェンへ向かわせ、自らはルミナスへ向かった。

 ルミナスでは、ゲブが派遣したリーダーと、この地でこちらに降ったズァーク氏族の族長がゲブを出迎えた。


 * * *

 

 ルミナス北部の森。

 ゲブが姿を現すと、ズァーク氏族の族長――ズァーク・グルマが膝をついた。

「ゴブリン王ゲブ様。我らズァーク氏族、あなたの旗の下に降ります」

 その声には恐怖と敬意が入り混じっていた。

 ゲブの“神憑り”は、すでに噂として広まっている。

 ゲブはゆっくりと頷いた。

「よく来た、ズァークの戦士よ。お前たちの力が必要だ。だが――人間には手を出すな。」

 ズァーク族長は一瞬だけ目を見開いた。

「……人間を襲わぬとは、奇妙な王よ」

「今は人間どもと争う時ではない」

 その言葉に、ズァーク族長は深く頭を垂れた。

 ルミナスの森の奥では、ゴブリン氏族『ソルヴァグ』とオルクゥ族が待ち構えていた。

「ゴブリン王を名乗る小僧が来たか。我らには魔王ネクロス様が付いてくださる。貴様らこそ、我らに降るがよい!」

 オルクゥの族長が吠えた瞬間、ゲブの口から舌が大きく伸び、族長を捕らえた。

 あっと言う間にオルクゥの族長はゲブに喰われてしまった。

 ゲブは前線に立ち、スカイブルーの瞳を光らせた。

「退け。お前たちの時代は終わった」

 その声は、まるで呪いのように敵の心を折った。

 戦いは一日で終わった。

 オルクゥ族は壊滅し、ソルヴァグ氏族は降伏した。

 その日の内にオルガナに住む二氏族から降伏の申し出があり、残るはレーヴェンの一氏族と、アストリアの四氏族となった。


 * * *


 レーヴェンに向かった軍は、その地を治める氏族を下し、アストリアに入った。

 ゲブも自ら軍を率いてアストリアで合流した。

 その頃になると、各国の冒険者ギルドで、最近ゴブリンやオルクゥの被害報告がなくなったことが囁かれ始めた。

 そしてアストリア軍部には、アストリア北部の平原に大量のゴブリンが集結しているとの報がもたらされた。

 慌てた軍部は騎士団を派遣するも、大きな争いの痕跡はあるものの、生きたゴブリンは一匹も見つからなかった。

 その二週間後、ゴブリンの大群がアビスフェルドへ渡る姿が目撃される。中にはオルクゥの姿も認められたという。

 その一団は、中央に大きな眼、その周囲に十七本の稲妻が意匠された旗を押し立てていた。

 人々は害敵がいなくなったことを喜ぶとともに、不吉な予感に怯えるのであった。

 

 

 

 

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