40:決別
40:決別
ゼロスとシエラは、ガンテから東に四日ほど移動し、オルド山の廃鉱に来ていた。
同行者の『黄金の炎』は、戦士でリーダーのエリオット、斥候のラグ、魔術師のオルフェ、弓手のミナで構成される。いずれも場数を踏んだ熟練者だ。
依頼内容は、盗賊団の討伐。少人数ながら、近隣の村々を襲っている凶悪な連中だ。何度か討伐依頼が出ているが、その全てが失敗に終わっているらしい。
「ここが……盗賊団の根城か」
エリオットが低く唸る。
廃鉱の入口には、見張りの姿はない。
だが、足跡は新しい。
「依頼では“十名ほど”と聞いていたが……」
ラグが地面に膝をつき、足跡を確認する。
「……二十、いや三十はいる。しかも重装の足跡も混じってる。こいつら、ただの盗賊じゃねえな」
「ギルドめ。情報が甘かったか……」
エリオットが舌打ちした。
シエラは短剣の柄に手を添え、静かに言う。
「数が多くても、やることは変わらない。村を襲わせるわけにはいかないわ」
ゼロスは頷いた。
(……シエラは本当に強い。でも、混戦の経験が少ない……)
胸の奥に不安がよぎる。
エリオットが地面に簡易地図を描いた。
「廃鉱は一本道だが、途中に広間がある。奴らはそこを拠点にしているはずだ」
「正面突破は危険ね」
シエラが言うと、ラグが続けた。
「俺が先行して、見張りを静かに落とす。その後、エリオットとシエラちゃんが前衛。ゼロスくんとオルフェは後衛で援護」
ゼロスは頷いた。
「了解。俺は……できる限りサポートする」
「無理はするなよ、坊主」
エリオットが笑う。
「安心しな。盗賊退治なんざ、俺たちゃ、何度も経験してるぜ」
その言葉に、ゼロスは少し安心した。
* * *
廃鉱の中は暗く、湿った空気が漂っていた。
ラグが先行し、静かに影へ溶ける。
しばらくして――
「……一人、落とした」
ラグが戻ってきた。
その手には、吹き矢が握られている。
「よし、進むぞ」
エリオットの号令で、隊は奥へ進む。
だが――広間に近づいた瞬間。
「止まれ!」
ラグが手を上げた。
「……おかしい。見張りがいない」
「罠か?」
エリオットが剣を構える。
その時だった。
――ガタン。
天井から、金属柵が落ちてきた。
「閉じ込められた?」
次の瞬間。
「来やがったなァァァ!!」
怒号と共に、左右の坑道から盗賊が雪崩れ込んできた。
「待ち伏せ!?」
シエラが叫ぶ。
十人どころではない。
二十、三十、四十――
廃鉱の奥から、次々と盗賊が現れる。
「囲まれた……!」
エリオットが前に出る。
「全員、背中合わせだ! 崩れるな!」
たちまち乱戦にもつれ込んだ。
ゼロスは次々と盗賊を切り倒した。シエラも敵の間を舞うように、攻撃を躱している。
それにしても数が多い。こちらは六人。その割には自分たちに向かってくる数が減らない気がした。
見ると、『黄金の炎』は、戦いの輪に入らず、こちらをニヤニヤと見ていた。
(奴らもグルか?)
その時――
「動くなァァァ!!」
甲高い声が響いた。
盗賊の一人が、シエラの首に短剣を突きつけていた。
「シエラ!!」
ゼロスの心臓が跳ねる。
盗賊の男は、にやりと笑った。
「へっへっへ……女は捕まえたぞォ。武器を捨てろ。さもねぇと、この女の喉を裂く!」
シエラは冷静だった。
だが、短剣は確かに皮膚に触れている。
エリオットが歯を食いしばる。
「……クソッ!」
盗賊たちがじりじりと距離を詰める。
ゼロスは拳を握りしめた。
(どうする……どうすれば……!)
廃鉱の空気が、張り詰めた糸のように震えていた。
盗賊の男がゼロスを指差す。
「おい、そこのお前!武器を捨てろ!」
ゼロスはシエラを見る。シエラの瞳が揺れている。
ゼロスは剣を地面に放った。
ガラン、と乾いた音が響く。
盗賊はニヤリと笑った。
「いい子だ。じゃあ次は――」
ゼロスの背後にまわり、ナイフを首に当てる。
シエラのこちらを見る顔が恐怖に歪み、その瞳から涙が流れた。
「シエラ、大丈夫だ。必ず助けるから」
ゼロスは落ち着かせる様に、微笑み返した。
(さよならだ……シエラ)
「死ねやァ!!」
盗賊がナイフを横にひいた。
ゼロスの首が、深々と裂ける。
ごぽり。
横一文字に大きく切り裂かれた、ゼロスの喉から、大量の液体が流れ出る。
「ゼロォースっ!」
シエラの悲鳴にも、似た叫びが廃鉱に響き渡る。
液体は、たちまちその場の足元を浸した。
盗賊たちも、『黄金の炎』の面々も、下卑た笑いを浮かべて、その様子を眺めている。
* * *
盗賊の首領は愉悦に浸っていた。
作戦は完璧だった。冒険者ギルドに潜入させた『黄金の炎』に自分たちの討伐依頼を受けさせる。同行者がいれば騙し討ちで殺す。これまでも、この手で国の追求を逃れてきた。
今度の冒険者は少々手強く、手下を何人か失ったが、こうして上玉の女も手に入った――そこで首領は、違和感に気づいた。
人間の首を切れば、大量の血が出るものだが、これは多すぎる。いくら何でも、そこそこの広さがある、この場所の床を覆うほどにはならないはずだ。
首領は足元を見た。
足元を濡らすのは、血ではなかった。
どろり。
粘りつく半透明の青黒い液体が、足首に達しようとしている。
「……え?」
首領は後ずさろうとして、脚が動かないことに気づいた。
ゼロスの身体が、急速に萎んだ。
皮膚の下から、粘体が溢れ、膨れ上がる。
「な、なんだ……こいつ……!」
ゼロスはもう“人間の形”を保てなかった。
粘体は盗賊の足を這い上がり、絡みつく。
「ひっ……!? や、やめ――」
次の瞬間。
――ぐしゃり。
盗賊の男が、粘体に飲み込まれた。
悲鳴は一瞬で途切れた。
「ひ、ひぃぃぃ!!」
「逃げろ!!」
「化物だ!!」
だが遅い。
ゼロスの粘体は、怒りと本能が混ざり合った“暴走”だった。
床を覆い、壁を這い、盗賊たちを次々と捕らえていく。
「やめろォォォ!!」
「助け――」
「ぎゃあああああ!!」
廃鉱は、地獄と化した。
エリオットたちも、粘体の海に呑まれていた。
シエラだけが動けずにいた。
ゼロスの粘体は――ただ一人、シエラだけを避けて流れていく。
まるで、"彼女だけは絶対に傷つけない"と言うように。
シエラは震える声で呟いた。
「……ゼロス……?」
粘体は返事をしない。
ただ、盗賊たちを飲み込み続けた。
廃鉱の奥で、ゼロスの“本性”が静かに暴れ狂っていた。
* * *
狂乱は、瞬く間に静寂に置き換わった。
シエラは、茫然と立ち尽くしている。
周囲はスライムの海に囲まれていた。
「ゼロス……?」
シエラが声を絞り出した。
「シエラ、今まで黙っていてごめん……見ての通り、俺は人間じゃない。君たちが『魔物』と呼び、駆除の対象にするスライムだ……」
ゼロスは、少し間合いを詰めた。
「お、お願い……こ、来ないで……」
シエラが震える声で絞り出した言葉は、刃よりも深くゼロスの胸を貫いた。
彼女は後ずさり、握っていた短剣を構えた。
ゼロスの体が、急速に萎む。スライムの粘体が引いた後には、盗賊どもの首と『黄金の炎』たちのギルド証が残されていた。
「俺は人間じゃないけど、人間たちと何とか上手くやりたいと思ってる……決して害を為すつもりはないんだ。それは分かってほしい」
シエラの短剣は震えながらも、ゼロスに向けられている。
「それは、君がギルドに持って行って、依頼を達成してくれ。そして出来る事なら俺の事は、戦闘中に行方不明ということにしてほしい……」
「わ、私は『音のジェイク』の妹、シエラ!私は……私は……魔物とは……組めない……!」
明確な拒絶。
「そうか……分かった。なら、せめて俺の事は追わないでくれ。君と過ごした日々は、本当に素晴らしかった。ありがとう、シエラ」
ゼロスはそう言うと、シエラに背を向けて、立ち去った。
シエラが追いかけてくることはなかった。




