39:金の力
39:金の力
今日はシエラと別行動だった。
ゼロスは酒場の片隅で、彼女との待ち合わせをしていた。
そのとき――
「はあ……」
隣の席の男が、深いため息をついた。
ゼロスが横を見ると、色白で、どこか頼りなさげな青年が、長い前髪をふぅっと吹き上げていた。
身なりは良い。
腰の剣も高級品だ。
どう見ても裕福な家の子息。
だが――その表情は、ひどく沈んでいた。
ゼロスは思わず声をかけた。
「悩み事ですか?」
青年はびくりと肩を震わせ、ゼロスを見た。
「……あ、ああ。ごめん。聞こえてた?」
声は弱々しいが、どこか品がある。
「俺はカイ。……黄金の勇者、なんて呼ばれてる」
ゼロスは目を瞬いた。
(え、勇者……?)
だが、目の前の青年は胸を張るどころか、むしろ自分を小さく見せようとしていた。
「勇者なのに、そんなに落ち込んでるのか?」
カイは苦笑した。
「……俺の力は、俺のものじゃないんだ」
「?」
「この剣も、鎧も、訓練も……全部、親の金で買ったものだ。俺自身の実力なんて、何ひとつない」
カイは拳を握りしめた。
「みんなは“黄金の勇者”と持ち上げる。でも俺は知ってる。俺は……ただの金持ちの息子だって」
ゼロスはしばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「……それの何が悪いんだ?」
カイが顔を上げる。
「親の財力も、お前の実力のうちだろ?」
「……え?」
「金があるから、良い装備が買えた。良い師匠に習えた。それで強くなれたなら――それは“お前の力”だよ」
ゼロスは続けた。
「金を持ってても、努力しなきゃ強くなれない。お前は努力したんだろ?だったら胸を張れよ」
カイの目が揺れた。
「……俺の、力……」
「そうだ。親の金を“活かせた”のは、お前自身だ」
カイはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……ありがとう。気が楽になったよ。誰にも言えなかったんだ。勇者なのに、自信がなくて」
「勇者だって悩むんだな」
「当たり前だろ……俺だって人間だ」
そのとき――
「ゼロス!」
シエラが酒場に入ってきた。
カイはその声に振り向き、一瞬で固まった。
「……っ」
赤髪が揺れ、凛とした瞳がゼロスを見つける。
シエラは軽く手を振った。
「待たせた?」
ゼロスが答えるより早く、カイは小声で呟いた。
「……きれいな人だ……」
ゼロスは苦笑した。
(あ、これ……完全に一目ぼれだな)
シエラはカイに気づき、軽く会釈した。
「こんにちは。ゼロスの知り合い?」
「え、あ、ああっ! カ、カイです!よ、よろしくお願いします!」
耳まで真っ赤だ。
シエラは不思議そうに首を傾げた。
「……変な人?」
「いや、悪い奴じゃないよ」
ゼロスが笑うと、カイはさらに赤くなった。
だがその顔には、さっきまでの陰りはもうなかった。
黄金の勇者は――ほんの少し、自信を取り戻したのだ。
* * *
ルミナス連邦の北方。
薄暗い峡谷に、カイはひとり立っていた。
依頼の護衛任務の帰り道、商隊が魔物の群れに襲われたのだ。
「くそっ……! 逃げろ、早く!」
商人たちは必死に走る。
だが、追ってくる魔物は――
「……オーガロード……!」
巨体のオーガロードが、岩壁を砕きながら迫ってくる。
その背後には、オーガ、ホブゴブリン、ゴブリンが数十体。
カイは剣を構えたが、手が震えていた。
(俺ひとりで……こんなの、無理だ……)
頭の中に、傭兵たちの言葉がよぎる。
――「黄金の勇者様は金持ちだからな」
――「装備が強いだけだろ」
――「親の金で勇者になったんだって?」
胸が痛む。
(俺は……勇者なんかじゃない。俺はただの……金持ちの息子だ)
オーガロードが咆哮し、地面が揺れる。
商人のひとりが転んだ。
「た、助けて……!」
カイの足が止まる。
(……助けたい。でも……俺じゃ無理だ。俺には……本当の力なんて……)
その瞬間――脳裏に、あの言葉が蘇った。
――「親の財力も、お前の実力のうちだろ?」
ゼロスの声。
――「金を持ってても、努力しなきゃ強くなれない。お前は努力したんだろ?だったら胸を張れよ」
カイの胸が熱くなった。
(……俺は、逃げてたんだ。“金で買った力”って言い訳して……本気で戦うのが怖かっただけだ)
カイは剣を握り直した。
「……そうだよ。俺の力は……俺が選んだ力だ!」
黄金の光が、カイの身体から立ち上る。
「うおおおおおおおお!!」
――黄金解放。
金貨のような光の粒が舞い上がり、カイの全身を包む。
筋力、速度、魔力――すべてが跳ね上がる。
オーガロードが拳を振り下ろす。
「遅い!!」
カイは地面を蹴り、黄金の残光を引きながら跳躍した。
剣が閃く。
オーガロードの腕が切り飛ぶ。
巨体が悲鳴を上げる。
「まだだ!!」
カイは空中で剣を構えた。
「俺は……黄金の勇者だ!!――黄金断罪!!」
黄金の斬撃が一直線に走り、オーガロードの胸を貫いた。
巨体が崩れ落ちる。
残った魔物たちの只中に突っ込み、そのすべてを切り払った。
静寂。
カイは剣を地面に突き立て、肩で息をした。
「……はぁ……はぁ……俺……やれた……」
誰も見ていない。
誰も褒めてくれない。
だが――カイは確かに、自分の力で勝った。
「……俺は、俺の力を信じる。親の金でも、装備でも……それを活かせるのは、俺だけだ」
黄金の勇者は、ようやく“本物”になった。




