38:相棒-2
38:相棒-2
「はぁー?あんた、汚れ仕事、星5なの?」
シエラの声がギルドに響く。
「それに力仕事も星4て……なんか変な趣味でもあんの?」
シエラの不躾な質問に、ゼロスが苦笑する。
汚れ仕事の星5ともなれば、汚物の中に頭まで浸かるような仕事になる。シエラの驚きも最もであった。
しかし、ゼロス(ゼラ)は魔王城で日夜、ごみ処理をしていたので、その程度は朝飯前であった。
ゼロスはシエラの視線から逃げるように、ギルド証を首元に収めた。
「変な趣味じゃないですよ。ただ……慣れてるんです」
「慣れてる? あんた、元々どんな仕事してたの」
「……色々と」
歯切れの悪い答えに、シエラは眉を上げた。
だが、それ以上は聞かなかった。
「まあいいわ。使えるならそれでいいし」
シエラはにんまりとして、依頼票をひらひら振る。
「それより、今日も仕事しましょ。《廃倉庫の清掃と害獣駆除》。力仕事と汚れ仕事と戦闘、全部入りよ。あんたにはうってつけじゃない?」
「……俺のために選びました?」
「せっかくの特技、使わないともったいないでしょ」
ゼロスは苦笑しながら立ち上がった。
(……この人は本当に遠慮がない)
だが、それが妙に心地よかった。
* * *
廃倉庫の仕事は、想定の三倍ひどかった。
腐った樽、崩れた棚、何年分かわからない泥と腐葉土。その奥に巣を作っていたのは、コボルトの一家七匹である。
「うわ……臭いわね」
シエラが入口で顔をしかめる。
「外で待ってていいですよ」
「冒険者がそんなこと言えるか!」
そう言いながらも、一歩だけ後ずさるシエラだった。
ゼロスは迷わず中へ入り、まず倒れた棚を脇に寄せ、腐った樽の中身を手早く片づけ始めた。
「……あんた、全然平気なの?」
「平気ですよ。むしろ……落ち着きます」
「この状況で?」
「ええ」
シエラはしばらく絶句してから、短剣を抜いて続いた。
「わかった。あんた、絶対に何か変わってる」
「よく言われます」
コボルトの駆除は、シエラの速射と、ゼロスの壁役で難なく片づいた。
帰り道、シエラは自分の服の裾を見て盛大にため息をついた。
「泥がついた……」
「俺が片づけておきますよ、後で」
「いや、いいわよそこまで」
「遠慮しなくていいです。得意なので」
シエラはしばらく黙って、ぽつりと言った。
「……ありがと」
その声は、ほんの少しだけ柔らかかった。
* * *
それから数日、二人は順調に依頼をこなし続けた。
シエラの斥候としての索敵と、ゼロスの変則的な戦い方は、噛み合わせがよかった。
シエラが見つけ、ゼロスが囮になり、シエラが仕留める。
あるいはゼロスが正面を引きつけ、シエラが背後から。
言葉を交わさなくても、互いの動きを読み合えるようになってきた。
「ねえ、ゼロス」
ある夜、ギルドに隣接する酒場の隅席で、シエラがエールを傾けながら言った。
「なんですか」
「あんた、いつも涼しい顔してるじゃない。怖くないの?」
「何が、ですか」
「戦うことよ。死ぬかもしれないのに」
ゼロスは少し考えた。
「……怖い、というより。やるしかないな、って感じですかね」
「やるしかない」
「誰かを守りたいから。それだけで、足は動きます」
シエラはジョッキを置いて、ゼロスをじっと見た。
「守りたい人が、いるの?」
「いました。今は……会えないけれど」
ゼロスの声は静かで、どこか遠かった。
シエラはそれ以上は聞かなかった。
ただ、新しいエールを注文して、ゼロスの分も頼んだ。
「まあ……そういうのって、あるわよね」
それだけ言って、シエラは窓の外を見た。
その横顔に、ゼロスは何かを感じたが、聞かなかった。
お互い、聞かないことがある。
それが、二人の間にできつつある、暗黙の了解だった。
* * :
「ところで」
シエラが不意に顔を向けた。
さっきまでの空気とは一転、いたずらっぽい顔をしている。
(……この顔は、何か企んでいる)
ゼロスはシエラの表情の読み方を、少しずつ覚えていた。
「なんですか」
「そのゴーグル、ずっとつけてるじゃない」
「……そうですね」
「寝る時も?」
「さすがに外しますよ」
「入浴は?」
「そこまで聞きます?」
「気になるんだもの」
シエラはテーブルに肘をついて、顎を乗せた。
「どんな顔してるか、気になるじゃない。わかった、不細工だから隠してるんでしょ?」
「隠してるとか、そういうわけじゃ……」
「じゃあ見せてよ」
「嫌です」
「なんで」
「見せたくないから」
「理由になってない」
シエラはにやにやしながら立ち上がり、ゼロスの隣に席を移した。
「ちょっとだけ。ほんのちょっとだけよ」
「ちょっとでも嫌です」
「ケチ」
「ケチじゃないです」
シエラが腕を伸ばした。
ゼロスは反射的に身を引いたが、シエラはすでにゴーグルのバンドに指を引っかけていた。
「シエラさん!」
「じっとして」
「じっとしなくていい理由があります!」
「どんな理由よ」
「それは――」
言葉に詰まった一瞬、シエラはゴーグルをすっと額の上まで押し上げた。
一瞬の、沈黙。
「……え」
シエラの手が止まった。
ゼロスの瞳は、光の加減によってゆらゆらと揺れる、鮮やかなスカイブルーだった。
晴れた日の浅い海のような、澄んだ青。
「……なあんだ」
シエラは少し顔を赤くして、じっとゼロスの目を見つめた。
「綺麗ね」
ゼロスはゆっくりとゴーグルを引き戻し、元の位置に戻した。
シエラは止めなかった。
「なんで隠すの?目立つから?」
「ええ。まあ……」
シエラはしばらく黙っていた。そして、ため息を一つついてから、エールを飲んだ。
「気にしないわよ、別に」
「……え?」
「だって、あんたは今まで一度も私を裏切ってないじゃない。それで十分よ」
ゼロスは言葉を失った。
シエラは照れ隠しのように頬杖をついて、窓の外を向いた。
「誰だって秘密の一つや二つ、あるもの。私だってそうだし。目の色なんかより、隣で戦う奴の背中が信用できるかどうかのほうが、よっぽど大事よ」
「……シエラさん」
「なによ」
「ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはないわ」
シエラは横を向いたまま、新しいエールを一口あおった。
その耳が、わずかに赤かった。
(……この人は、本当に不思議だ)
魔王城にいた頃も、人間の街に来てからも、ゼロスは"信じてもらえる"ことにどこか慣れていなかった。
なのに、この人は――理由もなく、ただ背中を見て、信じると言う。
粘体の奥のどこかが、じんわりと温かくなった。
* * *
「そういえばさ」
シエラが思い出したように鞄から一枚の紙を取り出した。
大きな地図だった。
「ギルドから、遠征依頼の打診が来てるのよ」
「遠征……」
「ガンテから東に四日。オルドの廃鉱山」
シエラの指が地図の上を滑る。
「最近そこに盗賊団が住みついてて、近隣の村を荒らしてるって話。ギルドが冒険者を数組、現地に送り込んで一掃するらしいわ」
「規模は?」
「星3の集団戦闘。複数パーティでの合同作戦よ。ウチみたいな二人組じゃなく、もっと大きい組と合流しながら動く」
ゼロスは地図を眺めた。
四日の行程。野営込み。初めての"遠征"。
(人間として、どこまでやれるか……)
不安がないといえば嘘になる。だが。
(逃げてばかりもいられない)
「わかりました。行きます」
シエラは満足げに頷いた。
「決まり。出発は三日後よ。装備と食料は各自用意。宿はギルドが手配してくれるらしいけど、野営の準備も一応しといたほうがいいわね」
「野営の準備は俺がやります」
「……そう言うと思った」
シエラはくっと口角を上げた。
「ゼロス、あんたって汚れ仕事と雑用だけは本当に頼りになるわよね」
「褒めてます、それ?」
「最大限に褒めてるわよ」
「じゃあ……素直に受け取っておきます」
シエラは笑った。
ゼロスも、つられて笑った。
それはごく自然な笑みで、"人間の顔を作る"よりも先に出てきた。
(……ああ。俺、笑えてる)
皮衣の下で、粘体がほんのりと揺れた。
ゼロスはエールを持ち上げた。
「じゃあ、遠征の成功を祈って」
「言うじゃない」
シエラもジョッキを持ち上げ、ゼロスのそれに軽く当てた。
カン、と澄んだ音が、夜の酒場に響いた。
「行きましょうか、相棒」
その言葉は、さらりと出てきたようでいて、どこか照れくさそうだった。
(……相棒、か)
ゼロスは胸の奥が温かくなるのを感じながら、小さく頷いた。
「ええ。よろしくお願いします、シエラさん」




