37:相棒
37:相棒
巨大熊討伐から数日後。
ギルドの掲示板の前で依頼票を眺めていたゼロスは背中をつつかれた。
「よっ、そこの格好いいお兄さん。暇してる?」
振り返ると、赤毛ショートのシエラが立っていた。
腰には短剣二本。
目つきは鋭いが、どこか楽しげだ。
「シエラさん。どうかしましたか?」
「どうもこうもないわよ。あんた、私と組むって言ったでしょ。ほら、ちょうどいい依頼があるの」
シエラが手にした、《オルクゥ退治》の依頼票を振る。
「……戦闘星2の依頼ですよね」
「そう。軽い準備運動よ。私とあんたなら、こんなの散歩みたいなもんでしょ?」
ゼロスは苦笑した。
「巨大熊は……散歩ではなかったと思いますけど」
「細かいことはいいの。ほら、行くわよ」
シエラはゼロスの返事を待たずに歩き出した。
ゼロスは慌てて後を追う。
(……相変わらず強引な人だな)
* * *
オルクゥは、獰猛な種族で知られる。雑食で人型、薄灰色の肌を持ち、ハイエナに似た獣に騎乗することもあり、常に三匹で行動する習性がある。
オルクゥがねぐらとする、ガンテの東にある宵闇の森は、昼なお薄暗く、鬱蒼とした草木と相まって視界が悪い。
シエラは地面にうずくまり、耳を澄ませた。
「……いるわね。あの大きな木の向こう。息遣いが聞こえる」
ゼロスも気配を感じ取る。
(小柄……体温は低め。オルクゥで間違いない)
「シエラさん、どう動きます?」
「背後に回って矢を射かけよう。あんたは逃げ道を塞いで」
「了解です」
シエラが足音を忍ばせ、大木を迂回する。静かに弓を引き絞り、一息に矢を放った。
「ギャッ!?」
背中に矢をうけたオルクゥが昏倒し、残りの二匹がシエラに向かって短い槍を構えて迫る。
シエラは後ろに下がりながら、二射目を放つ。
オルクゥが飛び退き、矢を避ける。
「今!」
隙が出来たオルクゥに、ゼロスが接近し、一太刀を浴びせる。オルクゥは袈裟懸けに両断され、息絶えた。
(流石、ドランのおっさんの鍛えた剣だ……ほとんど手ごたえなく切れた……)
その間に、シエラも間合いを詰め、短剣でオルクゥの手首を切り裂き、武器を落とさせた。
オルクゥは逃げようと後ろへ跳ぶ――だがそこにはゼロスが立っていた。
「ごめん。ここは通さないよ」
ゼロスは剣を軽く突き出し、オルクゥの喉を貫いた。
「ギャウッ!?」
最初に矢を射かけられたオルクゥに近づき、シエラが短剣でとどめを刺した。
「よし、終了。……あんた、やっぱり動きが変よ。それに新人には見合わない、その剣……」
「この剣は祖父の形見なんです」
シエラはゼロスを見上げる。
「初めてなのに、私の動きに合わせて動いてる。普通なら遅れるはずなのに、あんたは“先回り”してる」
ゼロスは一瞬だけ言葉に詰まった。
「……なんとなく気配で分かるんです。シエラさんとは相性が良いのかも」
「相性ね。ふふっ、面白いこと言うじゃない」
シエラは笑った。
その笑顔は、巨大熊の時よりも柔らかかった。
シエラは短剣をくるりと回し、鞘に収めた。
その仕草は軽やかで、どこか誇らしげだった。
「しかし……オルクゥ三匹を、こんな短時間で片づけるなんてね。新人コンビにしては上出来じゃない?」
「シエラさんの矢が正確でしたから。僕はただ……隙を突いただけです」
「謙遜しなくていいのよ。あんたの“間合いの詰め方”、普通じゃないわ」
シエラはゼロスの足元から頭の先まで、じっくりと視線を滑らせた。
ゼロスは思わず肩をすくめる。
「そんなに見られると……落ち着かないんですが」
「気にしないで。観察は斥候の仕事よ。それに、あんたの動きは見てて飽きないの。ぎこちないのに、肝心なところだけ妙に鋭い。まるで……二つの別の人間が入れ替わってるみたい」
ゼロスの心臓が一瞬止まったように感じた。
(……危ない。そこまで見抜かれると、本当にまずい)
だがシエラは追及する気はないらしく、肩をすくめた。
「まあ、深くは聞かないわ。誰だって秘密の一つや二つあるもの。私だってそうよ」
「シエラさんにも……秘密が?」
「そりゃあね。でも、仲間に迷惑をかけるようなものじゃないわ。あんたもそうでしょ?」
ゼロスは静かに頷いた。
「……はい。僕の秘密は、誰も傷つけません。むしろ……守りたいと思ってます」
シエラはその言葉に、ほんの一瞬だけ目を丸くした。
そして、ふっと柔らかく笑った。
「へぇ……いいじゃない。そういう“守りたいものがある奴”って、私は嫌いじゃないわ」
ゼロスは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
人間として誰かに認められることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
「さて、と。オルクゥの耳を切り取って、ギルドに持って帰りましょ。報酬は山分けよ。……あんた、文句ないわね?」
「もちろん。シエラさんの指示に従います」
「ふふっ、素直でよろしい」
シエラは軽やかにオルクゥの耳を切り取り、袋に放り込んだ。
その横顔は、戦闘中とは違う、どこか無邪気な表情をしていた。
「ねえ、ゼロス」
「はい?」
「これからも、あんたと組むのが楽しみになってきたわ。あんたが相棒なら……もっと強くなれそうな気がする」
ゼロスはその言葉を胸の奥で反芻した。
(……僕も、シエラさんとなら)
皮衣の下で、粘体の体が静かに震えた。
それは恐怖ではなく、期待の震えだった。
「こちらこそ。よろしくお願いします、シエラさん」
「よし、決まり。じゃあ次は……もっと面白い依頼を探しましょ」
シエラはそう言って、森の出口へと歩き出した。
ゼロスはその背中を追いながら、“人間としての未来”が少しずつ形になっていくのを感じていた。
こうして、ゼロスとシエラの“長い付き合い”が始まった。
* * *
夜の酒場は騒がしかった。
酒臭い笑い声と、木のジョッキのぶつかる音が響く。
酒場の隅に陣取ったゼロスは、黙ってその様子を見ていた。
「魔族なんざ全部ぶっ殺せばいいんだ」
赤ら顔の冒険者が叫ぶ。
「この前の村も焼かれたらしいぞ」
「やっぱ勇者様に頼るしかねぇな」
別の席では、商人が言った。
「いやいや、人間だって似たようなもんだ。帝国の兵隊が村を潰したって話もある」
「それは政治だろ」
「結局、殺してるのは同じ人間さ」
ゼロスは小さく揺れた。
酒場の隅から、酒場の人間たちを見回す。
怒り、笑い、愚痴。
そのどれも、魔族の集落で見たものとよく似ていた。
ゼロスはぼそりと呟く。
「……人間も魔族も、あんまり変わらないな」
誰にも聞こえない声だった。
少し考えてから、続ける。
「共通の敵でもいれば、仲良くなるのに」
しばらく沈黙する。
そしてゼラは、小さく笑った。
「まあ、そんな都合のいい話、あるわけないか……もしそんな敵がいたら……世界は変わるのかな?」
酒場の喧騒は続いていた。




