36:集団戦闘
36:集団戦闘
ゼロスは星1の戦闘依頼をいくつもこなしていた。
そんなある日の昼下がり。
ギルドの喧騒の中で、ガルトンが手招きをした。
「ゼロス。そろそろ集団での戦闘経験も必要だろ。やってみねえか?」
ゼロスは嫌な予感を覚えつつ、ガルトンの前に立つ。
「集団戦……ですか。いやあ、どちらかというと単独戦闘の星2の方が興味あるんですけど……」
ガルトンは露骨に眉をひそめた。
「最近の若い奴は、人と協力することを嫌がりやがる。こういう事は、早いうちに経験しとくもんだぜ」
そう言って差し出された依頼票には――《巨大熊討伐》の文字が躍っていた。
「……いや、これ星1じゃないですよね?」
「もちろん星1じゃねえよ。集団戦闘の“入門”だ」
ガルトンは悪びれもせず言い放つ。
「相手は巨大熊一頭。こっちは新人とは言え五人だ。有利だろ?」
「いや、そういう問題じゃ……」
ゼロスが言いかけたところで、ガルトンは依頼票をゼロスの胸に押し付けた。
「決まりだ。ほら、ギルド証出せ」
ほぼ強制依頼である。
ゼロスは観念してギルド証を差し出した。
ガルトンはカチリと印を押し、依頼票をゼロスに返す。
「集合は明日の朝、北門だ。相手は森の奥に巣を作ってるらしい。遅れんなよ?」
「……はい」
ゼロスは依頼票を見つめた。
(巨大熊……か。バレない様に人間として戦うには、ちょっと荷が重い気がするけど……やるしかない)
皮衣の下で、粘体の体がわずかに震えた。
ガルトンはそんなゼロスの様子を見て、ニヤリと笑った。
「心配すんな。兄ちゃんは強ぇよ。俺の目は節穴じゃねえからな」
ゼロスは思わず苦笑した。
(……人間としての俺を、信じてくれてるのか)
その夜、ゼロスは宿に戻り、静かに拳を握った。
(明日……人間の仲間と戦う。俺は、ちゃんと“人間として”動けるだろうか)
胸の奥に、緊張と期待が入り混じる。
* * *
翌朝。
ガンテ北門の外には、すでに四人の冒険者が集まっていた。
全員、ギルド証の星は“戦闘1”。つまり――寄せ集めの新人パーティだ。
「お、あんたがゼロスか?」
最初に声をかけてきたのは、痩せ型の青年。
短槍を持ち、緊張で手が震えている。
「俺はリック。前衛……のつもりだ」
次に、丸盾を抱えた大柄の男が笑った。
「俺はゴラン。盾役だ。まあ、でかいだけが取り柄だがな」
その後ろから、赤毛のショートカットの女性が歩み出た。
背は低いが、目つきは鋭く、動きに無駄がない。
「私はシエラ。短剣使い。よろしくね」
ゼロスは軽く頭を下げた。
「ゼロスです。よろしくお願いします」
シエラはゼロスをじっと観察し、ふっと口角を上げた。
「……ゴーグルで顔を隠す男なんて、信用できないわね」
(……この人、感じ悪いな)
最後に、後衛の魔術師フランが自己紹介を済ませ、六人の新人パーティが森へと向かった。
森の奥へ進むにつれ、空気が重くなる。
リックが不安げに呟いた。
「本当に……巨大熊なんて倒せるのか?」
「一人で倒すんじゃないわ。連携で“仕留める”のよ」
斥候役のシエラが短剣を抜きながら言う。
その時――地面が揺れた。
「来るぞ!」
茂みを割って、巨大熊が姿を現した。
肩までの高さが人間の二倍。
黒い毛並みが逆立ち、唸り声が森に響く。
「グルルルル……!」
新人たちは一斉に後ずさった。
「ひっ……!」
「おい、逃げんな! 陣形を――」
ゴランが叫ぶが、熊の突進が早い。
リックが弾き飛ばされ、地面を転がった。
「リック!」
シエラが駆け寄ろうとした瞬間、ゼロスが前に出た。
「シエラさん、援護を。俺が前に出ます」
「は……? あんたが前衛!?」
だがゼロスはすでに動いていた。
巨大熊の爪が振り下ろされる。
ゼロスは一歩だけ横にずれ、ぎこちないが最小限の動きで回避した。
(……読める)
熊の体温、足音、空気の揺れ。
ゼロスにはすべてが“見えていた”。
熊が再び突進してくる。
「ゴランさん、盾を!」
「お、おう!」
ゴランが盾を構え、ゼロスがその横から熊の前脚を杖で叩く。
「グオォッ!?」
熊の体勢が崩れた瞬間――。
「今よ!」
シエラが影のように滑り込み、熊の後脚に短剣を突き立てた。
「リック、槍を! 喉元だ!」
「う、うおおおっ!」
リックの槍が熊の喉に届き、フランの魔法の火球が追撃する。
巨大熊は苦しげに吠え、やがて地面に崩れ落ちた。
静寂。
新人たちは息を切らしながら、互いの無事を確認し合った。
「……やった、のか?」
「倒した……倒したぞ!」
巨大熊の死骸を前に、新人たちは安堵と興奮でざわついていた。
シエラは短剣を拭いながら、ゼロスの方をちらりと見た。
「……ねえ、ゼロス、大した度胸ね。新人のくせに、よくあんな動きができるわね。あんた……ただ者じゃないでしょ」
ゼロスは苦笑した。
「ただの新人ですよ。少しだけ、戦い慣れてるだけです」
シエラは鼻を鳴らした。
「普通じゃないわ、あんた。でも、悪い意味じゃない」
シエラは短剣を鞘に収め、ゼロスの前に歩み寄る。
「私ね、強い人間が好きなの。強いって言っても、腕力とか技術とかじゃない。“仲間を守るために動ける強い心”が好きなのよ」
ゼロスは息を呑んだ。
「さっき、リックを助けに行こうとした私より先に、あんたが動いた。あれは……なかなかできることじゃないわ」
シエラはゼロスの胸を軽く指で突いた。
「だから興味があるのよ。あんたが何者なのか。どうしてそんな戦い方ができるのか」
ゼロスは視線を落とした。
皮衣の下で、粘体の心臓がわずかに震える。
(……俺が何者か、か)
シエラは笑った。
「まあ、無理に話せとは言わないわ。でもね――私はあんたを“信用してみてもいい”と思った。だから、今度は二人で依頼を受けてみる?」
挑発的な笑顔は、魅力的に見えた。
ゼロスは驚きつつも、静かに頷いた。
「……ぜひ」
シエラは満足げに笑い、仲間たちの方へ歩いていった。
ゼロスはその背中を見つめながら、胸の奥に小さな熱が灯るのを感じた。
(……俺を“信用できる”って言ったのか)
人間として生きるために偽り続けてきたゼロスにとって、その言葉は思いのほか重く、温かかった。
こうして、ゼロスとシエラの“コンビ”が生まれた。




