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災厄のスライムが世界を敵に回したら  作者: 弐戸 参度


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35:冒険者

35:冒険者


 ゼロスがギルドに加入して、数ヶ月が過ぎた。

 昼下がりのギルドは、いつものようにざわついていた。

 酒場の奥では新人冒険者が大声で笑い、受付前には依頼を求める者たちが列を作っている。

 ゼロスの正六角柱のギルド証には、戦闘 0、力仕事 4、汚れ仕事 5、雑用 2、専門 0の星が刻まれている。

「ゴーグルの兄ちゃん、そろそろ戦闘の依頼も受けてみないか?」

 ゼロスは、すっかり顔馴染みになった手配師のガルトンから、声をかけられた。

 色の濃いゴーグルの下の目は確認することが出来ない。

「戦闘……ですか。俺でも大丈夫かな」

「大丈夫かどうかは、やってみねぇと分からんさ。でもよ、兄ちゃん、力仕事も汚れ仕事も真面目にこなしてきたろ?ギルドとしても、そろそろ戦闘の星をつけてやりたいんだよ」

 ガルトンはニヤリと笑い、依頼票を数枚取り出した。

「戦闘の依頼はな、最初は全員“星1”からだ。ソロで受けて、ちゃんと帰ってきたら、次の段階に進める。まあ、命の危険はほとんどねぇよ」

「……ほとんど?」

「ゼロにはならねぇってことだ」

 戦闘の仕事は、独自ルールがあるらしく、最初は全員、星1の仕事をソロで受けるとのことだった。そこである程度、戦闘に耐えうることを証明してから、集団戦闘や、星2以上の仕事を斡旋してもらえるようになるらしい。

 「で、星1の内容なんだが――」

 今ある星1は、《畑を荒らすホーンラビ退治》、《倉庫の巨大ネズミ退治》、《夜の繁華街の見回り》、《薬草師の護衛》、《裏路地のコボルト追い払い》の五つだ。

 ガルドンは依頼票を机に並べた。

「まず一つ目。西の街外れにある畑でを荒らす害獣退治だ。ホーンラビは小さい角の生えたウサギだ。突進が厄介だが、落ち着いて躱せば、なんてことはねえ。二つ目は、ガンテの南倉庫にデカいネズミが住みついてな。噛まれたら病気になるが、まあ弱い。兄ちゃんの身のこなしなら問題ねぇだろ。三つ目、これは対人戦になるが、何も命の遣り取りをやろうってんじゃねえ。少々、ガラの悪いのを叩きのめすだけさ。四つ目は、薬師が森の入口まで薬草を採りに行くんだが、弱い魔物が出る。戦闘ってより、人を守るのが仕事だな。兄ちゃんの落ち着いた性格には合ってると思うぜ。五つ目。裏路地のコボルトは単体で弱いが、逃げ足が速い。兄ちゃんの反応速度が試されるな」

 ガルトンは腕を組み、ゼロスをじっと見た。

「どうだ?どれもそんなに難しい仕事じゃねえ。どれがしっくりくる?」

 ゼロスは依頼票を手に取り、しばらく考えた。

 皮衣の下で、粘体の体がわずかに緊張する。

(……人間として戦う。その一歩を、ここで踏み出すんだ)

 ゼロスは顔を上げた。

「俺……《畑を荒らすホーンラビ退治》をやってみます。」

 ガルトンは満足げに笑った。

「よし、言ったな兄ちゃん。じゃあ――任せたぜ」

 ガルトンは依頼票を抜取り、ゼロスのギルド証印を押した。


 * * *


 ガルトンに教えられた通り、西外れの畑に行ってみると、植えられた野菜の間から、灰色のウサギの耳がちらほらと揺れていた。

(あれが……ホーンラビか)

 ゼロスはゆっくりと歩み寄る。

 だがホーンラビは、ゼロスが近づくと一定の距離を保つように横へ跳ね、移動した先でまた葉物野菜を齧り始めた。

「……なるほど。逃げるけど、畑からは出ないんだな」

 ホーンラビの位置は、土の振動、草の擦れる音、微かな体温で分かる。

(人間の動きでやらないと、怪しまれる)

 皮衣の術で作った筋肉を、“人間らしく”動かす必要がある。

 ゼロスは深呼吸し、ぎこちないながらも、慎重に足を運んだ。

 ホーンラビがこちらを見た。

 丸い瞳が光り、耳がピンと立つ。

「キュッ!」

 次の瞬間、ホーンラビが突進してきた。

 小さな体だが、角の生えた額は鋭い。

 油断すれば、普通の人間なら吹き飛ばされる。

(来る……!)

 ゼロスは一歩だけ横にずれた。

 ぎこちないが、最小限の動き。

 ホーンラビは空振りし、土を蹴って体勢を立て直す。

「キュキュッ!」

 今度はジグザグに跳ねながら突っ込んでくる。

(速い……けど、読める)

 ゼロスは両手を広げ、ホーンラビの進路を塞ぐように構えた。

 ホーンラビが跳んだ瞬間――ゼロスは腕を下からすくい上げるように動かし、ホーンラビの体をふわりと受け止めた。

「キュ……!?」

 そのまま優しく地面に押さえつける。

「ごめん。痛くしないから」

 ホーンラビは暴れたが、ゼロスの手は“人間の力加減”を完璧に再現していた。

 やがてホーンラビは観念したように動きを止めた。

「……よし、一匹目」

 ゼロスは捕まえたホーンラビを袋に入れ、次の耳を探して畑を歩く。

 全部で七匹。ゼロスの初日の成果であった。


 * * *


 夕方のギルドは、昼間とは違うざわめきに包まれていた。

 依頼を終えた冒険者たちが酒を飲み、武勇伝を語り合っている。

 ゼロスは土埃を払いつつ、受付カウンターへ向かった。

 「お、兄ちゃん。戻ってきたな」

 帳簿をめくっていたガルトンが顔を上げた。

 その目は、いつもの軽口とは違い、少しだけ真剣だ。

「で、どうだった? ホーンラビ退治は」

 ゼロスは袋を差し出した。

 中には捕まえたホーンラビが七匹、元気に暴れている。

「ちゃんと生け捕りにしました。畑の持ち主にも確認してもらって……これで全部だと思います」

 ガルトンは袋を覗き込み、目を丸くした。

「おいおい……七匹とも無傷じゃねぇか。普通は耳を噛まれたり、蹴られたりして傷だらけになるんだがな」

 ゼロスは少し困ったように笑った。

「慣れてるんです。動物の扱いは」

(……本当は、魔物の動きに慣れてるだけなんだけどな)

 ガルトンは袋を受付に渡し、ゼロスのギルド証を手に取った。

「よし、兄ちゃん。初戦闘依頼、合格だ」

 カチリ、と金属音が響く。

 ギルド証の“戦闘”の欄に、星がひとつ刻まれた。

「これで兄ちゃんも、正式に“戦える冒険者”だ。次からは星1の戦闘依頼を自由に受けられるぜ」

 ゼロスはギルド証を見つめた。

 六角柱の一面に刻まれた小さな星が、妙に重く感じる。

(……俺は、人間として戦った。誰も傷つけず、誰も殺さず……それでいいんだ)

「ありがとうございます、ガルトンさん。これからも、よろしくお願いします」

 ガルトンは鼻を鳴らした。

「礼なんざいらねぇよ。兄ちゃんみたいな真面目な奴は、ギルドとしても大歓迎だ。……ただし、調子に乗ってケガすんじゃねぇぞ。まずは星1で体を慣らせ」

「はい。気をつけます」

 ガルトンは満足げに頷き、次の依頼票を整理し始めた。

「よし、初仕事の後は、しっかり飯食って寝ろ。明日からが本番だ」

 ゼロスは軽く頭を下げ、ギルドを後にした。

 夕暮れのガンテの街は、どこか温かく、どこか懐かしい匂いがした。

(……人間としての生活。俺は、ちゃんと歩けているだろうか)

 ゼロスは満足げに微笑み、静かに息を吸い込んだ。


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