34:ギルド
34:ギルド
ルミナス連邦第五の街――ガンテ。
ゼラは街門をくぐる前に、入街手続きを受けていた。
門兵の詰所で書類を書く必要があるらしいが、ゼラは人間族の文字をほとんど読めない。
数字がなんとか分かる程度だ。
盲目を装っているので、怪しまれることは無かった。
幸い、文字を書けない者には門兵が代筆してくれるという。
「名前は?」
「ゼロスです」
「どこから来た?」
「ゼーテ村です」
ゼラは偽名と、事前に調べておいた辺境の村の名を告げた。
「ガンテへは何しに来た?」
「出稼ぎです」
門兵はちらりとゼラの顔を見ただけで、淡々と書類に書き込んでいく。
「入街税は五ディールだ」
書き上げた書類を確認しながら門兵が告げる。
ゼラは徴収箱の中身を盗み見て、体内で銀貨を精製し、懐から取り出したふりをして門兵に渡した。
「騒動を起こすんじゃないぞ」
門兵は銀貨を徴収箱に放り込みながら言った。
ゼラはギルドの場所を尋ね、礼を言ってガンテの街へ足を踏み入れた。
* * *
大通りをぶらつき、途中の商店でゴーグルを購入する。
支払いはもちろん偽造硬貨だ。
ギルドは大通り沿いにあり、人の出入りも多く、すぐに見つかった。
扉をくぐった瞬間、建物内の喧騒にゼラは思わず立ち尽くした。
「ギルドへようこそ。どういったご用ですか?」
案内所の受付嬢が笑顔で声をかけてくる。
「仕事を探しに来たんですが」
「初めての方でしたら一番の窓口へ。登録済みなら、あちらの手配師へどうぞ」
ゼラは大きく“1”と描かれた窓口へ向かった。
「お名前をどうぞ」
神経質そうな壮年の男が、書類から顔も上げずに問う。
「ゼロス」
男はタイプライターに似た機械を軽快に叩き、最後にレバーを引いた。
小指ほどの青銅製の六角柱が排出される。端には穴が空いていた。
男は六角柱の一面にインクを塗り、書類に押し付けると、穴に革紐を通してゼラに渡した。
何が書いてあるのか、男に訊ねる。男は訝しげな顔をしたが、丁寧に教えてくれた。
六角柱には“ゼロス”と鏡文字で刻まれ、他の面には“戦闘”“力仕事”“汚れ仕事”“雑用”“専門”と彫られているそうだ。
それぞれの文字の横には余白があった。
「それが身分証明です。首から下げてください。あとは、あちらの手配師が仕事を紹介してくれます」
ゼラは礼を言い、手配師たちの方へ向かった。
* * *
十数人の男たちが木製の看板を掲げ、声を張り上げている。
看板には“力仕事”などの文字と星印が描かれていた。
ゼラは“力仕事”の看板を持つ男に声をかけた。
「この文字の後にある星印はなんですか?」
「あん? お前、無印か? 仕方ねぇな」
男は面倒くさそうに説明してくれた。
“無印”とは新人のことらしい。
文字が仕事の種類、星の数が難易度を示すという。
「兄ちゃん、ちょっとヒョロいけど、どうだ? 最初の仕事には丁度いいぞ」
男が指差した木板には星2つと“7d”の文字。
「この数字は?」
「日当だよ。七ディール。やるか?」
ゼラは試しに受けてみることにした。
「よし、ギルド証を貸しな」
ゼラが六角柱を渡すと、男は慣れた手つきでインクを塗り、帳簿に押し付け、半券を破って返してきた。
「兄ちゃんで九人目だ。本当は十人欲しかったが、今日はこれで行くぞ」
少し離れた場所に八人の男が集まっていた。
年齢はバラバラだが、力仕事向きの体格ではない。
手配師に連れられ、建設現場へ向かう。
仕事は牛車に積まれた石材を指定場所へ運ぶという単純作業だった。
「仕事が終わったら責任者に依頼書へサインしてもらえ。ギルドの二番窓口に出せば日当がもらえる」
そう言い残し、手配師はギルドへ戻っていった。
男たちはノロノロと作業を始める。
ゼラも混じって石材を運び続けた。
* * *
夕刻の鐘が鳴り、大工が仕事の終わりを告げる。
男たちは依頼書にサインをもらい、ギルドへ戻っていった。
ゼラも二番窓口に並ぶ。
窓口の女がギルド証と依頼書を受け取り、機械に差し込む。
操作を終えてレバーを引くと、ギルド証が排出された。
“力仕事”の面には星が2つ刻まれている。
ゼラは銀貨一枚と小銀貨二枚を受け取った。
「おう、ゴーグルの兄ちゃん。初めてのギルド仕事はどうだった?」
背後から声をかけられ振り向くと、手配師の男だった。
「ええ、まあ。それなりに疲れましたよ」
「がははは! 賭け事なんぞに使うんじゃねぇぞ。またよろしくな!」
男は人混みの中へ消えていった。
ギルドは仕事を終えた労働者たちで賑わい、酒場や賭場へ向かう声が飛び交っている。
ゼラは初めての稼ぎを握りしめ、思わず笑みを浮かべた。
(……俺、人間の街で働いてるんだな)
その小さな銀貨は、ゼラにとって“新しい世界の第一歩”だった。
* * *
ガンテの街は、朝から騒がしい。
そんな大通りから離れた路地裏にある安宿の二階の部屋で、ゼラはむくりと起き上がった。
宿屋の女将が廊下で声を張り上げる。
「朝食できてるよー! 食べるなら早くおいで!」
「はーい!」
ゼラは慌てて階段を降りた。
食堂には、すでに何人かの労働者がパンをかじり、スープをすすっている。
「おはよう、ゼロス。今日も仕事かい?」
「はい。ギルドに行ってみます」
女将は固いパンと味の薄いスープを置きながら、にこりと笑った。
「働き者だねぇ。若いんだから、しっかり稼ぎな」
ゼラはスープを飲みながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(……なんか、こういうの、いいな)
魔王城では“ごみ処理係”として働いていたが、こうして“人間として働く”のは初めてだ。
* * *
朝食を終えたゼラは、ギルドへ向かうため大通りを歩いた。
市場では、商人たちが声を張り上げている。
「新鮮な野菜だよー!」
「安いよ安いよ! 今日だけの特価だよ!」
「香辛料はいらんかね!」
ゼラは立ち止まり、野菜をじっと見つめた。
(……これ、魔王城の厨房にあったやつだ)
懐かしさがこみ上げる。
だが、同時に胸が少し痛んだ。そんな感傷を振り払うように、ゼラは歩き出した。
* * *
ギルドに入ると、昨日と同じように喧騒が渦巻いていた。
「おい、今日の仕事はまだか!」
「昨日の依頼、報酬が安すぎるぞ!」
「手配師のやつ、またサボってやがる!」
ゼラは昨日と同じ手配師を探したが、見当たらない。
(……あれ? どこ行ったんだろ)
代わりに、別の手配師が声を張り上げていた。
「力仕事、星3つ! 日当9ディール! あと三人!」
ゼラは手を挙げた。
「あ、やります!」
「仕事は倉庫の整理だ。ついてきな」
ゼラは他の労働者たちと一緒に倉庫へ向かった。
倉庫では、木箱が山のように積まれていた。
「これを全部、番号順に並べ替えるんだとよ。面倒くせぇな」
「まあ、日当が出るならいいだろ」
男たちは愚痴をこぼしながら作業を始める。
ゼラは木箱を持ち上げてみた。
(……軽い)
スライムとしての筋力が木箱を驚くほど軽く感じさせる。
「兄ちゃん、力あるなぁ! 助かるぜ!」
「えへへ……」
褒められると、ゼラは素直に嬉しかった。
* * *
仕事を終え、ギルドで報酬を受け取ったゼラは、宿屋へ戻る途中で露店に立ち寄った。
ギルド証の刻印は星3つに増えている。
「焼き串だよー! 一本二ディール!」
ゼラは銀貨を握りしめ、思い切って買ってみた。
「……うまっ!」
肉汁が口いっぱいに広がる。
魔王城の食堂では味わえなかった“人間の味”だ。
ゼラは串を食べながら、夜の街を歩いた。
灯りが揺れ、酒場から笑い声が聞こえる。
人々が生きている音がする。
(……なんか、いいな。こういうの)
ゼラは胸の奥が温かくなるのを感じた。
魔王軍でも、人間社会でも、自分は“誰かの役に立ちたい”だけなのだ。
その思いは、どこにいても変わらない。




