33:ルミナス連邦
33:ルミナス連邦
オルガナからルミナスへ向かう街道を、ゼラは馬車に揺られていた。
皮衣に慣れずに、動きのぎこちないゼラを、旅商人の親娘が拾ってくれたのだ。
「ゼロスさんは、ルミナスへは何しに行くの?」
旅商人の手伝いをしているという娘ミーナが、ゼラに話しかける。
「この目の治療がしたくてね。ルミナスには名医がいるらしいから」
ゼラは努めて明るい声で答える。ゼラは出会った当初に名前を聞かれて、咄嗟に偽名を答えていた。
「そう言えば、カイ様って知ってる?この間の魔王討伐で、無事に生き残ったルミナスの勇者様なんだよ」
ミーナは、ゼラに気を使ったのか、大して興味がなかったのか話題を変えてきた。ミーナの話によると、グランツ山岳王国の勇者は大怪我をして引退、オルガナ五連国の勇者、アルシア海洋王国の勇者は共に戦死し、無事に生き残ったのは、アストリア帝国の勇者、レーヴェン王国の勇者、ルミナス連邦の勇者だったらしい。
他に多数の将兵を失ったが、敵の大将首を取ったので、人間族の勝利を聖教会は宣言したという。
「へえ。でもなんで、わざわざ魔王退治になんか行ったんだろうね?こちらから手出ししなければ、勇者たちだって死なずに済んだだろうに」
「魔族は放っておくと危ないんだって。それに……」
「ゴブリンやオルクゥといった魔族どもは、日ごろから人間を襲うからなあ……教会からも神敵認定されているし」
ミーナの言葉に御者席から父親のポトが口を挟んだ。
(やっぱり、野性の魔物をどうにかしないとな……)
「それにここだけの話、国は魔族領の土地と資源が狙いだって、噂だよ」
ポトが声を潜めて言ったところで、馬が嘶き、馬車が急停車する。
前を見ると、数人の武装した男たちが道を塞いでいる。
男たちは薄汚れてはいるものの、その装備はしっかりとしたもので、ただの野盗ではないようだ。
(敗残兵か……)
ゼラには連中が、どこの国所属だったのかは分からないが、ガルドかバル=サンガに追い立てられた兵が、軍を離脱して盗賊に身をやつしたとみえる。
馬車の前に立ちふさがる男たちを見て、ポトは顔を青ざめさせた。
ミーナは父の袖を掴み、震えている。
「おい、商人。通行料を置いていけ。娘もだ」
野盗の一人がミーナに手を伸ばす。
その瞬間、ゼラ――いや、“ゼロス”は静かに馬車から降りた。
「やめておいた方がいいよ」
盲目の旅人のはずのゼロスが、まっすぐ男たちの方へ歩いていく。
その動きはぎこちないが、どこか“揺るぎない”。
「なんだテメェ……目ぇ見えねぇくせに出しゃばるな!」
男が剣を抜き、ゼロスに向けて振り下ろす。
ゼロスは、剣を手に持った杖代わりの枝で受け止めていた。
「なっ……!?」
ゼロスは軽く杖をふるう。
剣が折れ、男が悲鳴を上げて転がった。
「ひっ……!」
他の野盗たちが一斉に武器を構える。
「囲め! こいつただの旅人じゃねぇ!」
ゼロスはため息をついた。
(同じ種族のはずの人間同士でさえ、弱い者から奪おうとする……野生の魔物と、どっちが醜悪なんだか)
次の瞬間、ゼロスの動きが変わった。
ぎこちなさが消え、皮衣の下で粘体が筋肉の動きを“正確に模倣”し始める。
剣を振り上げた男の懐に滑り込み、柄を掴んで地面に叩きつける。
別の男が背後から斬りかかるが、ゼロスは振り返らずに腕を伸ばし、肘で顎を打ち抜いた。
さらに二人が同時に襲いかかる。
ゼロスは一歩踏み込み、足払いと掌底を同時に繰り出し、まるで舞うように二人を地面に沈めた。
誰一人、殺してはいない。
だが、全員が二度と立ち上がれないほどの痛みを味わっていた。
「ひっ……化け物……!」
「逃げろ!」
野盗たちは武器を捨て、森の奥へと逃げていった。
静寂が戻る。
(どこか破れてないだろうな?)
ゼロスは全身を気にした後に振り返り、ポトとミーナに微笑んだ。
「もう大丈夫。怪我はない?」
ミーナは震える声で答えた。
「……ゼロスさん……すごい……!目が見えないのに、どうして……?」
ゼロスは少しだけ困ったように笑った。
「慣れてるんだ。それに……守りたいものがあると、体が勝手に動くんだよ」
ポトは深く頭を下げた。
「命の恩人だ……本当にありがとう。ルミナスに着いたら、必ず礼をさせてくれ」
ゼロスは首を振った。
「礼なんていらないよ。乗せてもらったお礼がしたかっただけだから」
馬車は再び動き出す。
ゼロスは揺れる馬車の中で、“人間としての未来”が少しだけ近づいた気がした。
* * *
やがて馬車は、ルミナス領に入った。
ポト達の目的地は、まだ先だというので、ここで分かれることになった。
ガンテの街並みが見えてくると、馬車の速度がゆっくりと落ちていった。
石畳の道、煙突から立ち上る白い煙、朝市の喧騒――ルミナス第5の街、ガンテは活気に満ちていた。
「ゼロスさん、ここがガンテだよ」
ミーナが嬉しそうに指をさす。
ゼロスは頷き、馬車から降りる準備をした。
「ここでお別れか……短い間だったけど、世話になったね」
ポトは手綱を握ったまま、深く頭を下げた。
「こちらこそだ。あんたがいなければ、俺たちは今頃どうなっていたか……。本当に、命の恩人だよ」
ゼロスは苦笑した。
「大げさだよ。俺はただ、できることをしただけさ」
ミーナがゼロスの袖を掴む。
「ゼロスさん……また会えるよね?」
その問いに、ゼロスは一瞬だけ言葉を失った。
皮衣の下で、粘体の心臓がわずかに震える。
「もちろん。またどこかで会えるさ。旅人同士、道はいつか交わるものだよ」
ミーナは安心したように笑った。
「バルニアに行ったら、おじいちゃんにゼロスさんの話をするね。“すっごく強くて、優しい人だった”って!」
ゼロスは少し照れたように顔をそむけた。
「……強いかどうかはともかく、優しくはありたいね」
ポトが手を差し出す。
「ゼロスさん、あんたの旅路に幸運があるよう祈ってる。ルミナスは広いが、バルニアに寄る事があったら、是非訪ねてきてくれ。」
「ありがとう、ポト。そうするよ」
ゼロスはその手をしっかりと握り返した。
馬車が動き出す。
ミーナが身を乗り出して手を振る。
「ゼロスさーん! またねー!」
ゼロスも手を振り返した。
「気をつけて、バルニアまで無事に行くんだよ!」
馬車が遠ざかり、やがて人混みに紛れて見えなくなる。
ゼロスは静かに息を吐いた。
(……人間として、誰かに“またね”と言われる日が来るなんてな)
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。
そしてゼロスは、ガンテの街へと歩き出した。
これから始まる“冒険者としての生活”を胸に抱きながら。




