31:オルガナ五連国
31:オルガナ五連国
行商人の馬車にくっついて町に入ったゼラは、馬車が止まった隙に飛び降りた。
馬車が止まったのは、食堂の前だった様だ。朝から賑わう食堂に忍び込む。まだ朝早いというのに、食堂は行商人や冒険者といった、旅をする人間でいっぱいだった。
ゼラは天井に貼り付き、人々の様子を伺った。
「魔王討伐の祝勝で、アストリアは景気がいいらしいな」
「何でも、失った飛空船の新造で資材が高騰しているそうだ」
「ルミナスのガンテで、塩の需要が高いらしい」
「聞いたか?この度の遠征で風の勇者が死んだらしい。近く、次の勇者が認定されるそうだ」
「なんだって?音の勇者に続いて二人目だぞ。この国の勇者はどうなっているんだ」
みんな、口々に噂話や情報交換をしている。そんな中、いかにも冒険者然とした恰好の集団が、ヒソヒソ話をしているのが耳に入った。
「ここから、東に半日ほどの所でゴブリンが出たそうだ。行商人が襲われたそうで、今日にも商業ギルドから討伐依頼が出るらしい。俺らでやらないか?」
リーダー格らしい、戦士の男が話を持ちかける。
「規模はどの程度なの?」
長衣を纏った女が問いかける。
「目撃情報によると、その場にいたのは10匹程度らしい」
「奴らは一匹みたら、その五倍はいるって言うからな」
軽装の男が相づちを打った。
「『オルガナの風』の奴らにも声をかけて、合同作戦と行こう」
計画がまとまったのか、冒険者たちは食事を終え、出て行った。
ゼラは天井から静かに降りる。
(人間社会を知るには、まず“危険”を知るべきだ……)
ゼラは静かに食堂を後にした。
* * *
春の陽気の中、『解決者』と『オルガナの風』合同チームは、ゴブリンが出たという場所に向かっていた。気候とは裏腹に、チームの面々は緊張に包まれていた。ゴブリンは弱いが、狡猾で数も多い。少しのミスが命取りになることもある。
ゼラは少し離れた森の中から、彼らを観察していた。
(人間の戦い方……ちゃんと見ておこう)
魔族の魔族の戦い方とは違う。彼らは連携し、役割を分担し、慎重に進む――
林を抜けた先、低い丘の影にそれはあった。
腐臭。
焚き火の煙。
粗末な天幕と、骨で組まれた柵。
「……ゴブリンの巣だな」
戦士の男が低く言う。
次の瞬間、甲高い叫び声が森に響いた。
「ギギャアアア!」
矢が飛ぶ。
『オルガナの風』の弓使いが初撃を放ち、丘の上の見張りを射抜いた。
「前衛、押し込むぞ!」
戦士と軽装の男が駆け出す。
ローブの女が呪文を紡ぎ、風刃が群れを切り裂く。
だが――土煙の向こうから、ぞろぞろと現れる影。
「多い……!」
十匹どころではない。二十、三十……いや、それ以上。
「囲まれる!」
その瞬間、ゼラの身体が反応した。
(……あいつら、このままじゃ、死ぬ!)
――ぐしゃり。
何かが潰れる音。
次の瞬間、ゴブリンの一団が、まるで巨大な見えない壁にぶつかったかのように弾き飛ばされた。
「な、なんだ!?」
地面から、半透明の塊が立ち上がる。
青黒い粘体。
核のような光を内部に宿す、不定形の魔物。
「スライム……!?」
「いや、でかいぞ!」
ゼラだった。
彼は、冒険者たちの背後に迫っていた群れを、一息に呑み込んだ。
内部で圧縮。
骨が砕け、声が消える。
吐き出されたのは、潰れた装備と、動かなくなった緑の躯だけ。
一瞬の静寂。
「……新手の魔物だ! 気を付けろ!」
戦士が叫ぶ。
ゼラは、前方のゴブリンを叩き潰しながら、ちらりと冒険者たちを見る。
(違う。敵は俺じゃない)
だが、言葉は届かない。
「構えろ! 二正面になるぞ!」
ローブの女が杖を向ける。
風刃が放たれる。
それはゴブリンを裂き、そのままゼラの体をも切り裂いた。
粘体が霧散する。
「効いてるぞ!」
軽装の男が短剣で飛び込む。
刃がゼラの体内に沈み――
だが。
「……抜けない!?」
短剣は粘体に絡め取られた。
ゼラは攻撃しない。
ただ、周囲のゴブリンだけを選んで潰していく。
だが人間の目には、それは区別がつかない。
「危険度不明! 一旦退け!」
その瞬間。
丘の奥から、ひときわ大きな咆哮。
毛皮をまとい、鉄兜を被った個体――
「ホブゴブリン……いや、あれは隊長格だ!」
統率された動き。
残っていた群れが一斉に突撃する。
冒険者たちの陣形が崩れる。
だが――
ゼラは跳ねた。
巨体を一気に膨張させる。
地面を覆うほどの質量。
突進してきたゴブリン隊長を、正面から受け止め――
包み込んだ。
「ギャ……ァ……!」
内部で魔力が閃く。
圧縮。
破砕。
溶解。
静止。
そして、静寂。
残ったゴブリンたちは、統率を失い逃げ散った。
戦場に立っているのは、 粘体の魔物と、傷だらけの冒険者たち。
ゼラに剣が向けられる。
ゼラは動かない。
ゆっくりと、縮む。
内部に取り込んでいた装備品や荷を、そっと地面に吐き出す。
行商人の印章付きの袋。
無傷のまま。
そして――
後ずさる。
敵意は示さない。
「……追うか?」
軽装の男が問う。
ローブの女は、首を振った。
「やめましょう。今は消耗が激しいわ」
ゼラは森の中へ消える。
だがその背中に、恐怖と、警戒と、ほんの僅かな疑問を残して。
――魔物は、なぜこちらには手を出さなかったのか。『解決者』と『オルガナの風』の面々は首を傾げるばかりであった。
* * *
森の奥で、ゼラは木にもたれかかった。
(……やっぱり、怖がられるよな)
助けたかっただけなのに、人間たちは自分を“脅威”としか見ない。
(何が足りないんだ?どうすれば……人間に、魔族に、認められる?)
ゼラは拳を握った。
(もっと……もっと大きな何かが必要なんだ)
その答えを探すために、ゼラは再び歩き出した。




