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災厄のスライムが世界を敵に回したら  作者: 弐戸 参度


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30:出立

30:出立


 魔王軍から追放されることになったゼラは、荷物をまとめて王城を後にした。

 もっとも、私物などほとんど持っていない。

 普段から体内の異空間に収納していたため、荷造りは数分で終わった。

 すでに噂は広まっているらしく、廊下ですれ違う魔族たちは、ゼラに声を掛けることも、目を合わせることすらしなかった。

(……まあ、そうだよな)

 サルヴァン復活のために何かできないかと、バル=サンガに相談しようとしたが、取り次ぎは当然のように拒否された。

 王城の裏口から外へ出たところで、低い声がゼラを呼び止めた。

「餞別だ。持っていけ」

 鍛冶師ドランが、一振りの剣を放って寄越した。

「俺が打った“失敗作”だ。鉄くずとしてなら売れるだろうさ」

 ゼラは受け取った瞬間、それが失敗作どころか、素人目にも分かる業物であることに気づいた。

 「おっさん、有難う……」

 ゼラの置かれた立場から、表立って支援をすることは憚られるのだろう。

「じゃあな。達者でな」

 ドランは踵を返して、城内に戻っていった。

 ゼラは心の中で最敬礼を送ると、王城を離れた。

 王城の灯りが遠ざかるにつれ、胸の奥がじんわりと痛んだ。

 夜になった。

 ゼラは城から少し離れた森の外れで、ひとり座り込んだ。

 風が木々を揺らす音だけが響く。

 夜風は冷たいはずなのに、ゼラの粘体の身体はそれを感じない。

 それでも、心だけは震えていた。

(……こーちん。俺は、お前を……)

 あの黒翼が切り落とされ、血に染まった旧友の姿が脳裏に焼き付いて離れない。

 自分のせいだと、何度も思った。

 突然、雨が降ってきた。雨粒がゼラの体を濡らす。

 「俺は……泣いてるのか、これ」

 森の外れで、ゼラは小さく丸くなった。

 粘体の身体が、まるで心を守るように縮こまる。

(でも……立ち止まってたら、もっと情けないよな)

 ゼラはゆっくりと体を起こした。

 (俺にできることを探そう。サルヴァンが戻ってきたとき、胸を張れるように)

 その決意は弱々しく、今にも折れそうだった。

 だが確かに、ゼラの中で何かが前へ動き始めていた。



 * * *


 翌朝。

 ゼラは森の入口に立っていた。

「さあ、これからどうすっかなあ」

 ゼラは歩きながら、これからの身の振り方を考える。

 魔王軍から除籍されたとはいえ、魔族の立場向上には役に立ちたい――それは本心だった。

 まず思いつくのは、アビスフェルドに残り、野良魔族の問題をどうにかすること。

 だが、今はほとぼりが冷めるまでアビスフェルドでの活動は控えたほうがいい。

 次に、サルヴァンが最後に示した、グランツ山岳王国との国交樹立。

 しかし、魔族の権限を持たないゼラには難しい。

 バル=サンガやリュゼリアと鉢合わせするのも避けたい。

 残るは――ルミナス連邦か、オルガナ五連国。

「うーん……ルミナスかオルガナか……」

 特に根拠はないが、グランツから遠いオルガナ五連国へ向かうことにした。

 平原でガルドに敗れたオルガナ陸戦団は、国境の砦にこもり、防衛線を張っているらしい。

(スライム一匹くらい、どうにでもなるだろ)

 ゼラは気楽に考えていた。

 ゼラは砦には近づかず、魔樹海へと入っていった。魔樹海に入るとすぐに、監視の視線を感じるようになった。

「俺の名はゼラ!ザン長老にお取次ぎ願いたい!」

 虚空に向かって叫ぶ。ゼラは姿を現したダークエルフに村までの案内を頼み、ザン長老と面会する。

「お久しぶりですな。ゼラ殿。何でも魔王軍をお辞めになられたとか……」

 ザン長老が遠慮がちに聞く。

「ご迷惑はお掛けしません。オルガナ五連国まで、森を通り抜けさせて頂ければ良いのです」

「まあ、そういうことでしたら……ただ、オルガナ五連国への抜け道には、厄介な魔獣が棲みついていましてな」

 ザン長老曰く、数ヶ月前から姿()()()()()()魔獣が、抜け道を通る者を襲っているとのことだった。

 ゼラは抜け道の場所を教えてもらい、魔獣が出るという地点へ向かった。

 密林の中に、細い獣道が一本続いている。

 周囲には人骨が散乱していたが、被害者は多くないようだ。

 ゼラは覚悟を決めて進む。

(……いるな)

 ダークエルフのものとは違う、鋭い“狩人の視線”がゼラを捉えていた。

 ダークエルフのものとは違う、こちらを監視する視線を感じる。

 (水刃!)

 ゼラは、視線を感じる方向に、圧縮した水を放った。水刃が立ち木を数本、切断する。

 (避けられたか……)

 先ほどの攻撃で警戒したのか、魔獣は一定の距離を保ち、ゼラの周囲を円を描くように移動している。

 魔獣は気配を殺すことに長けているのか、どうにも位置が掴めない。

 何度か水刃を放つも、すべて躱されてしまった。

 ゼラは立ち止まり、気配に意識を集中させる。

 やがて、魔獣が焦れたのか、少しずつ距離を詰めてきた。

(今だ!)

 ゼラは全身から長い棘を生やし、体を硬化させる。その瞬間――馬ほどの大きさのトカゲが、大口を開けて飛びかかってきた。

 攻撃の瞬間だけは姿を現さないといけないらしい。

 勢いのままゼラを噛み砕こうとしたトカゲは、逆にゼラの棘に貫かれ、絶命した。

 息絶えたトカゲは、極彩色のグラデーションが美しい鱗で覆われていた。

 このまま捨て置くのは惜しいと考えたゼラは、極彩色トカゲを飲み込み、体内空間に収納した。


 * * *


 抜け道の密林を抜けると、オルガナ五連国の国境砦が見えてきた。夜を待ち、身体をなるべく薄くして、砦の灯りを避けて進んだ。

 そのまま進み続け、夜が明ける頃に、町に到着した。それは、ゼラにとって、初めての人間族の町であった。

 町は、石壁で囲まれていた。木製の門は固く閉ざされている。

 とりあえず、人間族の町に来てはみたものの、ゼラには、どうすれば魔族が人間族に受け入れられるのか、思いつかなかった。

「俺が人間の役に立てば、魔族っていい奴かも?ってなるんじゃないかな」

 ゼラは必死に考え、そう結論づけた。

 そうと決まれば、まずは人間が何に困っているのか知る必要がある。そのためには町に入り、人間の話を聞かなくてはならない。

 ちょうどその時、日が昇り、町の門が音を立てて開いた。それに合わせて、行商の馬車が街道をやって来た。ゼラは馬車の底に貼り付き、町に侵入する。

 

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