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災厄のスライムが世界を敵に回したら  作者: 弐戸 参度


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28:落日-2

28:落日-2


「なあ、ヒミカ様、どこへ行くんだ?」

 ヒミカのあとをついて歩く、ゼラが尋ねる。

「サルヴァン殿が言ってたであろう?この地に散らばったゴミ掃除よ」

「それは分かってるけど、場所が分からないよ」

「なあに、場所は植物たちが教えてくれるさ」

「???」

 そう言うとヒミカは、静かに目を閉じた。聴き耳を立てている様だ。ゼラは邪魔にならない様に、黙って待った。

 ゼラには何も聞こえないが、ヒミカの耳は何かの囁きを捉えたらしい。

 「どうやら、雑兵どもは、あまり奥地まで踏み込んでおらん様だな。行くぞ」

 そう言うとヒミカは、ゼラをむんずと掴むと、いきなり走り出した。景色が線のように流れる。

「ひ、ヒミカ様っ……! 速すぎ……!」

「黙っていろ。落とすぞ」

 ヒミカは淡々と告げるが、速度は落とさない。

 地面を蹴るたび、衝撃で木々が揺れた。

 その時――空の彼方で、爆発音が響いた。

「今の音……!」

 ゼラが見上げると、遠くの空で火花が散り、巨大な影が揺れていた。

 アストリアの飛空船だ。

 ヒミカは足を止め、空を睨む。

「サルヴァン殿が戦っておるな。だが、あれは……」

 飛空船の一隻が黒い焔に包まれ、ゆっくりと高度を失っていく。

 「助けに行こう」

 「いや、行かぬ。それよりも、雑兵どもが散っておる。放置すれば民が死ぬ。我らは我らの仕事をするのみ」

 ヒミカは森の奥を指差した。

 「飛空船が落ちるのは、あの山脈の向こうだ。我らが向かうのは、反対側の森の向こうだ」

「……なるほど」

 ゼラは理解した。ヒミカは“サルヴァンの生死”よりも“民の安全”を優先している。そして、それはサルヴァンの想いと合致するだろうことを。

 やがて、小さな町が見えてきた。ゼラの知らない町だった。町は燃えていた。

「魔族どもは皆殺しだ!神敵を滅せよ!」

 従軍している神官が、目を血走らせて叫ぶ。

 アストリアの紋章を付けた兵士が、逃げ惑う住民たちを後ろから切り付けている。

 次の獲物を探そうとする兵士を黒い蔦が拘束する。

 ゼラは怒りで目の前が真っ赤になった。弱者を一方的にいたぶり、狂気の笑みを浮かべる帝国軍。

「悪魔はお前らのほうだあああ!」

 爆発的にゼラの体積が増える。普段は体内の空間に収納しているスライムの体を放出したのだ。

 ある者はゼラの体内で溺れ、ある者はゼラの触手で切り裂かれた。

 兵士たちはゼラを切りつけるが、その剣は粘体に絡めとられた。

 魔導士が炎の術を唱える。魔力により生み出された炎は、ゼラの体表をわずかに蒸発させるに止まった。

「退却!退却~~!」

 アストリア軍の一部と神官は慌てて逃げ出した。ゼラは追おうとはしなかった。

「良いのか?」

 ヒミカが問う。

「良いんだ。あいつらには他の部隊に合流してもらった方が都合がいい」


 * * *


 「申し上げます!魔族の掃討作戦中に、魔王級スライムに遭遇!救助の要請が来ています」

 一番艦の墜落後に、サルヴァンの遺骸を確認すべく準備を進めていたレオンの元に一報が届く。

「間もなく、魔導機関は臨界を迎え爆発するだろう。いかな大魔王とはいえ、それに耐えられるはずもない。今は友軍の救助を優先すべきだ」

 バーダッド侯爵の意見により、レオン一行は死亡確認を諦め、魔王級スライム討伐へと向かうことにした。


 * * *


 黒い焔に包まれた一番艦は、甲板を軋ませながら、ゆっくりと墜ちていった。

 サルヴァンは、無数の剣に身体を縫い付けられたまま、傾く甲板の上で、かすかに息をしていた。

「これは手酷くやられたな……っ……」

 黒い血が翼から滴り落ちる。

 切り落とされた片翼の痛みよりも、胸の奥に残る“あの言葉”のほうが、彼を深く抉っていた。

 ――その名は“こーちん”。

 ビルゲンが唱えた祝詞。

 ゼラが無邪気に呼んだ、あの名。真名そのものでなくとも大魔王の体をわずかに縛るもの。

(……ゼラ……)

 サルヴァンの瞳が揺れる。

 甲板が大きく傾き、船体が悲鳴を上げる。

「……ここで、終わるわけには……いかない」

 サルヴァンは、強引に自らの肉体を動かした。剣を抜いている余裕はない。ミチミチっと肉が裂ける。

 黒い血が噴き出し、甲板を染める。

 痛みをこらえ、サルヴァンは一言も声を漏らさない。

 下半身が引きちぎれ、数多の剣の軛から放たれたサルヴァンは片翼だけを大きく広げた。

「……帰らないと。あの子らが……待っている」

 黒い焔を纏ったまま、サルヴァンは甲板から飛び立った。

 片翼では高度を保てず、何度も空中で体勢を崩しながら、それでも魔王城の方向へと飛び続ける。

 その姿は、かつて世界を震わせた“大魔王”とは思えないほど、痛々しく、孤独だった。


 * * *

 

 ゼラの虐殺を逃れた部隊は、グリュンゲンに駐屯する本隊と合流する。

「何があった?」

 本隊の指揮官が尋ねる。

「あ、あれは…………我々は決して手を出してはいけないものに手を出してしまった。あれは、まさに……」

 そこまで答えると部隊長は全身の穴から血を吹き出し、崩れ落ちた。

 それから次々と部隊員たちが、神官が同様に死んだ。

 そして、その血に触れた本隊の人間も2,3日の内に発症し、同様に死んでいった。

 結局、救助要請が空振りに終わったレオンたちがグリュンゲンに帰還したときには、駐屯部隊は謎の病でほぼ死に絶えていた。

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