27:落日
27:落日
「ゼラ。そろそろ僕も行くよ」
サルヴァンはバルコニーへ続く大窓に向かいながら言った。
「アストリアの飛行船団が、グリュンゲンに迫っている。あれに対抗できるのは、空を自由に飛べる僕だけだ」
グリュンゲン――アビスフェルド第二の都市。
サルヴァンの身体が変化を始める。
ローブから濡羽色の羽毛が生え、両腕は巨大な翼へ、両脚は猛禽の脚へと変わる。
首はわずかに伸び、全体の姿は鳥の様だが、顔だけはそのままなのが、異様な不気味さを放っていた。
「サルヴァン、俺はどうすればいい?」
「全土に散った討ち漏らしの兵がいる。彼らの掃除を頼むよ」
そう言い残し、サルヴァンはバルコニーから飛び立った。
「え? 範囲広くない? どこを探せばいいんだよ?」
「よし。行くか、ゼラ殿」
置物のように静かだった魔王ヒミカが立ち上がり、部屋を出ていく。
ゼラは慌ててその後を追った。
* * *
オルガナ五連国の陸戦団を置き去りにし、アストリア帝国の飛空船団は、更に奥地へと飛行を続けた。
事前の調査によると、この先に大きな街があり、そこをアビスフェルド全土を攻略する橋頭堡とする作戦であった。本来はオルガナ五連国との共同作戦であったが、バーダッド侯爵は先行し、単独で街を攻略し、戦後の領有権を主張する腹積りであった。
しばらくすると、眼下に事前の情報通りの街が見えてきた。
「ふん。大きさだけは、それなりだが、古ぼけた街だな。」
街からは、矢や投石が飛んでくるが、飛行船の高度には届かない。
「全艦、砲撃用意!――撃てっ!」
号令と共に、船底に備え付けられた、砲門が火を吹く。そのほとんどは、街を守る門に着弾し、門壁を破壊したが、何発かは狙いを外れ、家屋から火の手が上がる。
「街を攻略後に門は補修しろ。さっきの魔獣軍が引き返してくるやも知れん。住民を働かせろ。反抗する者はその場で殺して構わん。」
グリュンゲンの門を砲撃で破壊したアストリア飛空船団は、近くに兵を降ろすと、三番艦を残し、二艇が再び飛び立った。
並走して飛行する飛空船の内、二番艦が突如、火を吹いた。ゆっくり高度を下げていく二番艦。呆気に取られるバーダッド侯爵の目に、雲間をすり抜ける様に飛ぶ、黒い鳥が映った。
一番艦から対空射撃を行うが、鳥は嘲笑うかの様に、雲の中に姿を隠した。次の瞬間、甲板に衝撃を受け、一番艦は大きく揺れる。
光の勇者レオンと仲間たちは、甲板に出て、そこに居る大きな鳥を見上げた。
「黒鳳凰⁉︎」
「アストリア帝国よ。君たちの傍若無人ぶりは目に余る。今すぐ兵をまとめ、退去せよ。我が名はサルヴァン。この国を統べる者なり」
レオンたちは目を見開き驚いた。
「大魔王、自らお出ましとはな」
剣を抜き、臨戦体制をとる、勇者一行。
大賢者タリマクは、必殺の魔法を練る。
聖教会の神官戦士ビルゲンが防御結界を張り、『千剣』の異名を取るドノヴァンは今にも斬りかからんと隙を探る。
「世界を闇に飲み込まんとする魔王よ。神の威光で以って貴様を討ち滅ぼしてくれるっ!」
開戦はレオンの放った光弾だった。光弾はサルヴァンの放った羽根とぶつかり、相消滅した。
サルヴァンは耳をつんざく奇声を発する。その声を聴いた勇者一行の視界が揺れる。
しかし、神官戦士ビルゲンが神に祈ると、たちまち視界はクリアになった。
ドノヴァンが間合いを詰め、渾身の力を込めて、剣を振るう。サルヴァンの脚から、血煙が散った。
サルヴァンが嵐の魔術を放つ。ドノヴァンが吹き飛ばされて、甲板を転がる。
タリマクの雷の魔術が、サルヴァンを打った。
サルヴァンの体は痺れ、雷撃が肉体を焼いた。
サルヴァンは苦しそうに身を捩ると、黒い焔の息吹を吐いた。飛空船の甲板は、たちまち黒い焔に包まれる。
タリマクが水の魔術で火を消そうとするが、黒い焔は消えない。
ビルゲンとドノヴァンは黒い焔に飲まれ、のたうち回る。レオンが裂帛の気合いで焔を割り、サルヴァンに斬りかかる。
巨体に似合わぬ素早さでレオンの斬撃を回避し、サルヴァンは、その猛禽類の爪でレオンを掴もうとする。
レオンも大きく体を捻り、サルヴァンの爪を躱そうとするが、避けきれずに裂傷を負ってしまう。黒い焔が回った一番艦は、徐々に高度を下げ始める。
(強い……。このままでは全滅してしまう)
レオンは生命の魔術で、ビルゲンとドノヴァンを戦線に復帰させると仲間たちに指示を出す。
「ドノヴァン、タリマク、なんとか大魔王の動きを牽制してくれ。ビルゲン、魔封じの術だ」
ドノヴァンがサルヴァンの脚に取り付き、タリマクは、そのドノヴァンごと、重力の魔術で押さえつける。
「聖なる神よ。かの敵の真名を捧げる。その名は"こーちん"。御敵を封じ賜え」
ビルゲンが祝詞を唱えると、サルヴァンの体が刹那の間、硬直する。
「聖光断――!」
その隙を見逃さず、レオンは光の聖剣でサルヴァンの黒翼を、切り飛ばした。
「剣、神、招、来!」
ドノヴァンが、己の異名の由来となった、数多の剣を何処からともなく召喚し、その全てがサルヴァンを甲板に串刺しにした。
「クソっ!まさか一番艦まで失うとは!ええい!魔導機関を暴走させ、この船ごと大魔王のヤツを葬ってやる!」
バーダッド侯爵が撤退の指示を出す。墜落しつつある飛行船から、バーダッド侯爵や上級将校、勇者一行を乗せて、脱出用舟艇が離脱する。
レオンは自らの手でとどめをさせなかったことを悔やんでいるのか、落下して行く一番艦を睨んでいた。




