24:平原の風
24:平原の風
ヒュンメル将軍が率いるオルガナ五連国陸戦団は、快進撃を続けていた。
国境の砦を落とすと、潰走する敵を追ってアビスフェルド奥地へと進軍。
途中の村や街も、大した抵抗もなく陥落した。
「ふん。魔族といえど所詮は未開の蛮族よ」
ヒュンメルは意気揚々と笑う。
「閣下の見事な用兵術の賜物です」
副官たちが口々に持ち上げる。
「少し調子が良すぎませんか?」
長い黒髪を後ろで結び、白い布を額に巻いた男――風の勇者ユリウスが声をかけた。
「貴公は勇者になって日が浅い。戦いというものをご存じないのだ、ユリウス殿」
水を差されたヒュンメルがムッとした表情で返す。
「そんなものですかね」
ユリウスは肩をすくめた。
二年前、アビスフェルドで消息を絶った“音の勇者”の後任として、教会から任命されたばかりの新米勇者である。
(どうも……誘い込まれている気がする)
その予感は、数刻後に的中した。
背の高い草原を抜けた先――見晴らしの良い平原一面に、魔獣の軍勢が展開していた。
その最前列。
銀灰色の毛皮に覆われた直立の狼が、こちらを睨みつけている。
「我が名は獣王ガルドっ! てめえらを殺す者の名だ! しっかり覚えて、あの世に行きやがれ!」
叫ぶや否や、ガルドは走り出した。
魔獣たちも咆哮とともに続く。
「密集隊形!」
ヒュンメルの号令で兵が盾を構え横一列に並び、その隙間から槍を突き出す。
後方からは弓兵が矢の雨を降らせた。
矢に倒れる魔獣もいるが、怯む気配はない。
槍衾に殺到し、激しい衝突音が響く。
オルガナ兵は戦列を崩さず突撃を受け止めた。
魔獣の数は多いが、爪牙を振るえるのは接敵した者だけ。
後方の魔獣は押し合いへし合いで動けず、そこへ弓兵の追撃が降り注ぐ。
さらに――魔獣の密集地帯で爆発が起こった。
アストリア帝国の飛空船からの砲撃である。
(この戦、勝った!)
ヒュンメルは得意げに飛空船団を見上げた。
だが、飛空船団はそのまま奥地へ飛び去っていく。
(どういうつもりだ、バーダッドめ!)
* * *
ガルドは走りの勢いのまま跳び上がり、槍衾を飛び越えて陸戦団の中央へ着地した。
獣らしく爪を振るうと、人間は面白いように吹き飛んでいく。
瞬く間にガルドの周囲に空白地帯が生まれた。
後方に、派手な服装で空を睨む男が見える。
(ヤツが頭か!)
ガルドは身を屈め、一瞬で力を解放し、男へ跳んだ。
鋭い爪を突き出す――だが、爪は届かなかった。
黒髪に白布を巻いた男が割って入ったのだ。
「風のユリウス、参る」
ユリウスが剣を横凪に振るう。
ガルドは跳んで避けた――はずだった。
次の瞬間、胸に熱い痛みが走る。
「薄皮一枚切っただけで良い気になるなよ!」
ガルドは笑い、力を込める。
盛り上がった筋肉が裂傷を押し戻し、血が止まった。
再び間合いを詰め、連続の貫き手。
ユリウスは風に揺れる柳のように、ふわりと躱す。
ユリウスも連撃で応じる。
ガルドは最小限の動きで斬撃を回避した。
すると――ガルドの背後にいた魔獣の首が飛んだ。
「なるほど。斬撃を飛ばしてやがるのか」
“風刃”。ユリウスの勇者としての能力である。
ガルドは舌なめずりをしながらユリウスを睨む。
「面白ぇじゃねえか……勇者ってのは、こうでなくっちゃな!」
ガルドが地を蹴る。
視界から消えた。
(速い――!)
ユリウスは風を纏い回避するが、肩を掠められ血が飛ぶ。
「どうした勇者ぁ! さっきのキレはどこ行った!」
ガルドの連撃は嵐のようだった。
ユリウスは紙一重で避け続けるが、傷は増えていく。
(……このままでは押し切られる)
ユリウスは大きく後退し、息を吸った。
「――風よ、我が刃となれ!」
巨大な風刃がガルドを切り裂く。
(……やったか!?)
だが――
「効くじゃねえか、勇者」
ガルドは笑い、裂けた胸が盛り上がり塞がっていく。
「俺様のとっておきを見せてやる――」
ガルドの瞳が獣のそれに変わった。
「“獣の咆哮”!」
大きく開いた顎から閃光が放たれる。
ユリウスは躱そうとしたが――射線上にヒュンメルがいる事に気づいた。
(……くそっ!)
ユリウスは剣を構え、防御に切り替えた。
”風柳”――風を受け流す柳の様に、衝撃を受け流す技。
閃光が収まったとき、ユリウスはその両腕を失っていた。
「てめぇの“風”じゃ、俺は殺せねぇ!」
ガルドが地を砕き、懐へ飛び込む。
(速――)
思考より早く、拳が腹にめり込んだ。
「がっ……!」
ユリウスは吹き飛び、地面を転がり、血を吐く。
「まだだ……!」
剣を口に咥え、震える足で立ち上がる。
勇者としての誇りが、彼を支えていた。
「おう、いい目だ。だが――終わりだ」
ガルドが跳び、爪を振り下ろす。
「あばよ……」
爪がユリウスの胸を貫いた。
ユリウスは崩れ落ちる。
平原の風が静かに吹き抜けた。
「勇者の中じゃ、悪くねぇ方だったぜ」
ガルドはそう呟き、背を向けた。
勇者を欠いたオルガナ陸戦団の士気は総崩れとなった。
この日、陸戦団の全滅と、風の勇者ユリウスの戦死が、オルガナ五連国へ届けられた。




