23:白銀と黄金
23:白銀と黄金
「カイ王子、大丈夫ですか?」
馬に乗る黄金の勇者カイに、傭兵団の指揮官が馬を寄せて声をかけた。
「ああ。大丈夫です。ありがとう」
カイは困ったように笑い、ため息をついた。
――カイは“王子”ではない。
父はルミナス商業連邦の議長であり、中央銀行の総裁。
だが王ではない。
それでも王子と呼ばれるのは、色白で軟弱そうな見た目、金に物を言わせた煌びやかな装備、そして幼少期からの超一流家庭教師陣――それらを揶揄したあだ名だった。
(勇者の地位まで……金で買ったと思われてるんだろうな)
横目で白銀の勇者ミリアを見る。
彼女は白馬に跨り、まっすぐ前を見据えていた。
視線に気づいたのか、一瞬だけこちらを見るが、すぐに前へ戻す。
(ミリアさん……)
カイは惚れっぽい男だった。
初日の行軍は予想外に順調で、抵抗もなく野営の準備に入った。
各々が食事を取る中、カイはミリアの姿を探す。
(いた!)
ミリアは輪に入らず、一人で黙々と食事をしていた。
「ここ、いいですか?」
「ルミナスの勇者。ここは私の土地ではない。許可は不要」
にべもない返答。それでもカイは横に腰を下ろした。
「僕、人間の文明圏を離れるの、初めてなんですよ」
何とか会話を続けようとするカイに、ミリアが初めて視線を向ける。
「ルミナスの勇者。心拍数が上昇している。戦場で平静を保てない者は死ぬだけだ」
それだけ言うと、ミリアは立ち去った。
「あっ、僕、カイっていいます……」
名乗りは、虚しく夜風に消えた。
* * *
夜も更け、野営地が静まり返った頃――暗闇に青い炎が揺らめいた。
二つ、四つ、八つ……青い炎は増え続け、瞬く間に野営地を包囲する。
「敵襲だーっ!」
見張りの叫びと笛の音が響き、兵たちは飛び起きた。
「ぐぷっ」
幕を飛び出した兵の腹を、錆びた槍が貫いた。
驚愕の表情のまま、兵は槍の柄を握る“それ”を見た。
――骸骨。
眼窩に青い炎を灯した、死者の兵士。
押し寄せる骸骨兵。
反撃する人間。
たちまち乱戦となった。
骸骨兵は一体一体は弱い。
だが数が多く、寝込みを襲われた人間側は防具も整っていない。
ルミナス・レーヴェン連合軍は次々と倒れていった。
その時――きぃぃぃん、と澄んだ金属音が響き、複数の骸骨兵が一瞬で凍りついた。
「近くに術者がいるはず」
白銀の勇者ミリアは氷像となった骸骨兵を飛び越え、闇へ走り込む。
* * *
「ミリアさん、待って――!」
カイも剣を抜き、骸骨兵の群れへ飛び込んだ。
頼りなさげな見た目とは裏腹に、その剣は――流れるように舞った。
ひと振りで三体。
返す刃で二体。
足運びは軽く、無駄がない。
骸骨兵の槍を受け流し、刃を滑らせ、骨を断ち、次の敵へ自然に移る。
まるで剣が勝手に動いているかのような滑らかさ。
(……これが、勇者の剣技……?)
周囲の傭兵たちが息を呑む。
カイは戦いながら、必死に叫んだ。
「みんな、下がって! 囲まれたら終わりです!」
その声は震えていない。
ミリアの言葉を胸に刻んだように、冷静だった。
* * *
ミリアは骸骨兵を切り裂きながら、魔力の流れを追って森の奥へ踏み込んだ。
そこにいたのは――黒い甲冑を纏い、巨大な黒剣を携えた男。
「……誰?」
誰何に答えることなく、黒騎士ダリオンは剣を肩に担ぎ、ゆっくりと歩み寄る。
ミリアは即座に氷の魔法を展開し、距離を詰めて切りかかった。
だが――ガキィィィン!!
剣と剣がぶつかった瞬間、ミリアの腕に衝撃が走り、足が滑った。
(……重い!)
ダリオンの一撃は、まるで巨岩が落ちてきたかのような質量だった。
ミリアは氷の刃を連続で放つが、ダリオンは黒剣で全て叩き落とす。
ミリアは悟った。
(勝てない……!)
即座に後退し、氷壁を展開して距離を取る。
「撤退する!」
ミリアは迷いなく踵を返した。
* * *
その頃、カイは骸骨兵の群れを切り抜け、ミリアの方へ向かおうとしていた。
だが――地面から黒い霧が立ち上り、骸骨兵がさらに湧き出す。
その中には、先ほど骸骨兵に殺された兵士の遺骸も混じっている。
「なっ……!」
その中心に、黒衣の男が立っていた。
「引き返せ。侵略者よ」
骸僧正バル=サンガ。
不死者の王。
「諸君らには“生きて帰る”場所がある。今なら大切な者たちにも生きて会えよう」
その言葉と同時に、カイの脳裏に故郷の家族、友人たちの笑顔が浮かぶ。
バル=サンガが指を鳴らす。
――故郷が炎に包まれ、家族が、友人が苦しむ幻が脳裏を焼いた。
勇猛果敢な傭兵たちも、精強な騎士たちも同様に幻を見せられ、恐怖に心を奪われていく。
骸骨兵が一斉に退路を開いた。
「……どういう、こと……?」
「撤退せよ、人間ども。今はまだ、死ぬ時ではない」
「も、もう、ダメだぁ!」
一人の兵が逃走を始め、それを皮切りに雪崩のように潰走が広がる。
「貴様ら! 敵前逃亡が軍法会議ものだぞ!」
指揮官は必死に叫ぶが、一度恐怖に憑かれた人間を止めることはできなかった。
カイもまた、胸を締め付ける恐怖に抗えず、故郷へ戻るために走り出した。
その背中を、バル=サンガは愉悦の笑みで見送った。




