22:開戦
22:開戦
「申し上げます! 南東の砦より、人間族の軍が現れたとのことです。その数、およそ三万。主に歩兵で構成されています!」
報がもたらされたのは、魔王軍の定例会議がひと段落した直後だった。
同盟締結から二年、魔王ヒミカもこの会議に常に参加している。
「ついに来たか。砦には無理に交戦せず撤退の指示を。平原まで誘い込んだ後、ガルド、君の軍団で当たってくれ」
「ハッ! 早速、行って参ります!」
ガルドは勢いよく会議室を飛び出していった。
続けざまに伝令が駆け込む。
「申し上げます! 南西より、黄金竜王ゼルギウスの飛来を確認!」
「申し上げます! 南より、およそ五万! かなりの進軍速度です!」
「ゼルギウスにはリュゼリア、頼んだよ。南はバル=サンガ、君の不死軍団に任せよう」
「もちろんですわ」
「お任せ有れ」
リュゼリアとバル=サンガが出陣する。
「うーん……合わせて八万か。それなりの規模だけど、想定より少ないなあ。これは何か隠し玉があるかな? よし、グラズとヴェルゼは西を警戒。ダリオンは南。東は僕が担当しよう」
サルヴァンが次々と指示を出すと、幹部たちは準備のために散っていった。
「サルヴァン様、俺は?」
「ゼラ……君とヒミカ殿は遊撃隊だ。しばらくはここに詰めて、状況に応じて出撃してもらう。よろしいですか、ヒミカ殿」
「承った」
ヒミカは短く答え、椅子に深くもたれて目を閉じた。
その時が来るまで、静かに力を蓄えるつもりなのだろう。
「みんな大丈夫かな……サルヴァン様」
ゼラが不安げに問いかける。
「雑兵同士の戦なら心配いらないよ。ただ、向こうには必ず勇者が混じっている――これは不確定要素が大きい」
サルヴァンは、まるでその場にいない幹部たちの姿を思い浮かべるように遠い目をした。
「勇者も強いが、幹部たちも強い。あとは信じるのみさ」
その声音には、不思議なほどの揺るぎなさがあった。
* * *
「うう……寒いなあ……」
黒鉄のラグナが鼻をすすりながら愚痴をこぼす。
隣の湖沼のマルスは毛布にくるまり、歯を食いしばって耐えていた。
ここは高度を飛行する黄金竜王ゼルギウスの背の上。
極寒の風が二人の勇者を容赦なく苛んでいた。
早く地上に降りたい――そんな二人の願いを汲んだわけではないだろうが、ゼルギウスが口を開く。
「二人とも、ここらで降りてもらうぞ。出迎えが来たようだ……」
開けた場所に着地し、二人が降り立った瞬間――北東から闇の塊が高速で飛来した。
闇はゼルギウスの目前で急停止する。
それは闇に覆われた少女――リュゼリアだった。
空中に静止したまま、ゼルギウスと鋭く睨み合う。
「ラグナ殿、マルス殿。ここは我に任せて、先へ行かれよ」
ゼルギウスは視線を逸らさずに言った。
リュゼリアからは濃密な魔力と怒気が溢れ出している。
この二体の間に割って入れる者などいない。
ラグナとマルスは言われた通り、少女の横を抜けて走り去った。
一瞬、ゼルギウスが彼らを見送る。
次の瞬間、リュゼリアの拳が無言で振り抜かれた。
クリーンヒット。
ゼルギウスの頭が大きく揺れ、巨体がたたらを踏む。
リュゼリアが拳を引くより早く、ゼルギウスの尾が横殴りに襲いかかる。
リュゼリアは吹き飛び、地面に数度バウンドして止まった。
* * *
砂煙の中から、リュゼリアはゆっくりと立ち上がった。
闇に覆われた身体は傷一つない。
むしろ、殴られたことで血が沸き立つような笑みを浮かべていた。
「……やるじゃないか、老竜」
足元から赤黒い魔力が噴き上がる。
それは闇ではない、リュゼリアの胸に収まる“竜の心臓”から噴き出す鼓動。
空気が震え、周囲の草木が焼け焦げていく。
「リュゼリア……調子に乗るなよ」
ゼルギウスの声は地鳴りのように響く。
黄金の鱗が光を反射し、巨大な翼が風を巻き起こす。
次の瞬間――二つの影が同時に消えた。
空間が裂けるような衝撃音。
地面が抉れ、岩が砕け、衝撃波が森を薙ぎ払う。
リュゼリアは口元の血を拭い、にやりと笑った。
「老竜……本気を出してきたね」
「当然だ。まだ小娘には負けんわ!」
ゼルギウスの黄金の瞳が細められる。
「――竜王の名を冠する者として、手加減はせんぞ」
巨体が光に包まれ、魔力が爆発的に膨れ上がる。
「来い、我が弟の心臓を持つものよ。竜王の力、受けてみよ!」
リュゼリアは拳を握り、闇の魔力を纏った。
「望むところだよ、老いぼれ!」
二つの影が再び激突し、大地が割れ、空が震え、轟音が戦場に響き渡った。
――やがて、戦場は静寂に包まれた。
血塗れのリュゼリアは倒れ伏し、ピクリとも動かない。
一方のゼルギウスも、黄金の鱗が剥がれ落ち、砕け、全身から血を流していた。
”竜の息吹”は使わなかった。
「……少し、血を流し過ぎたようだ。これ以上、魔王どもの相手は出来ん。すまんが勇者たちには徒歩で帰ってもらわんといかんな」
ゼルギウスは被膜の破れた翼を広げ、ふらつきながらも空へ舞い上がった。
そのまま、グランツ山岳王国の住処へと飛び去って行った。
* * *
使い魔”単眼の鴉”から送られてくる映像を見て、ゼラは嘆息した。
”単眼の鴉”は、その名の通り、目が一つしかない黒い鳥の形状をしている、サルヴァンが魔法で作り出した生物だ。
その目で見たものを、遠く離れた場所にある水晶球へ写し出してくれる。
そんな水晶球が円卓の間には、何個も置かれていた。その数だけ、単眼の鴉もアビスフェルドを飛び回っている。
映像の中のリュゼリアは、地面に横たわったままだが、胸が上下しているので、生きてはいるようだ。
「すげえモン、見たぜ。あのエネルギーの塊の様なリュゼリアを倒すなんて……ゼルギウス、半端ねえな……」
ゼラが独り言のようにつぶやく。
「まあ、リュゼリアは負けちゃったけど、ゼルギウスを追い返すことが出来たんだし、結果は上々かな」
結果はどうやら、サルヴァンの想定内らしい。
「リュゼリアは、ゼルギウスの仇じゃなかったの?」
「ゼルギウスの弟だった黒竜は、ゼルギウスをも上回る暴れん坊でね。その黒竜を斃したリュゼリアは、一応認められているらしいよ。ただ……あの勇者二人は、グラズとヴェルゼの相手をするには力不足だね。ちょっと、勿体なかったな。こっちにレオンを充ててくると睨んでいたんだけど……まあ、誤差の範囲だよね」
一人納得するサルヴァンは、水晶球を操作し、次の戦場を映し出した。




