21:極小の決死圏
21:極小の決死圏
「ゴホッゴホッ」
いつもゴミの分別を手伝っている魔族ベンソンが咳き込む。
「風邪?辛い様なら早めに上がっていいよ」
分裂の訓練をしながら、ゼラが声を掛ける。
「すみません。お先に失礼します」
ふらつきながら、ベンソンは帰っていった。
今日はどれくらい細かく分裂できるかの特訓だった。あまり細かくしてしまうと操作の出来ない、ただの細胞片になってしまう。
次第に微小サイズでも操ることが出来る様になり、更に分裂した個体に自我を移すことも出来る様になってきた。
2号にごみ処理を任せ、3号は金属精製、4号は毒薬精製、本体は訓練なんてこともお手の物である。
「ここも随分と手狭になってきたなあ」
ゼラはごみ処理場兼自室を見回した。分別したごみ、精製した金属塊、毒薬の瓶が整然と並べられているが、物理的な狭さはどうにもならない。
ここでゼラは、ふと、自分が小さくなれば、広く使えるんじゃね?と思いついた。
思いついたら、即実行。ゼラは限界まで微小な分裂体を作り出し、それを本体とした。視界が急激に変わる。周囲の物が、突如巨大化する。実際には自分が縮んだのだが。
「おおっ!」
経験したことがない視界に感動していると、空中を漂うものが目についた。埃、水の粒子――そして奇怪な怪物。
それは丸い体躯から、うねうねと動く蛇が九本生えている、まるでヒュドラのような怪物であった。
「なんだ?ありゃ」
先ほどまでベンソンが居たあたりに多く浮遊しているようだ。
「病原菌ってやつか」
試しに近くに漂ってきた個体を触手で切り裂いてみる。ヒュドラ菌は抵抗もなく、あっさり消滅する。
調子に乗って次々と攻撃していると、部屋中のヒュドラ菌はすっかりいなくなってしまった。
「もっと他にいないかな?」
ゼラは一旦、通常サイズに戻ると、魔王城内を探してみることにした。
* * *
捜索に苦労はしなかった。どうやら流行り病のようで、そこら中で調子の悪そうな人を見かける。
「ゴホゴホゴホゴホ!」
ひときわ激しい咳をする、リュゼリアが廊下の向こうからやってきた。
何とかは風邪ひかないって言うけどな……。
「何よ!」
ゼラが失礼なことを考えていると、リュゼリアに睨まれた。
なんでも、特効薬のない新型の病だそうで、アビスフェルド全土に広まっているらしい。
「俺が治してやろうか?」
リュゼリアは、黒竜の心臓を移植しているとはいえ人間なので、体の構造は同じだろうと考え、ゼラが提案する。
リュゼリアは眉をひそめたまま、喉を押さえていた。
「……治すって、どうやってよ。あんた医者じゃないでしょ」
「まあ、見てろって。俺、いい方法を思いついたんだよ」
「思いついたって何よ……っ、げほっ!」
ゼラはリュゼリアの前に立ち、深呼吸した。
そして、身体をゆっくりと液状化させ、細い糸のように分裂していく。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! どこ入る気よ!?」
「口から入ると苦しいだろ? 鼻から行くわ」
「もっと嫌よ!!」
リュゼリアの抗議は無視され、ゼラは微小サイズの分裂体となり、リュゼリアの鼻孔から体内へと侵入した。
* * *
視界が一気に暗転し、ゼラの周囲は巨大な洞窟のような空間へと変わった。
「おお……すげぇ……」
血管は川のように流れ、細胞は巨大な岩のように脈動している。
そして――。
「いたいた。ヒュドラ菌」
先ほど見たヒュドラ状の病原体が、リュゼリアの気管支のあたりで蠢いていた。
九本の触手をうねらせ、細胞に噛みついて毒を流し込んでいる。
「やっぱり、お前らが原因か。よし、やるか」
ゼラは触手を伸ばし、一体を絡め取って引き裂いた。
ヒュドラ菌は断末魔のように震え、黒い霧となって消滅する。
「よし、一匹」
だが、奥からさらに群れが現れた。
十、二十、三十……リュゼリアの体内は、まるでヒュドラ菌の巣窟だった。
「……こりゃ、流行るわけだ」
ゼラは触手をさらに生やし、一斉に突き出した。
「おりゃあああああ!」
ヒュドラ菌を突き刺し、引き裂き、溶かしていく。
ヒュドラ菌は毒液を吐き、触手を振り回して抵抗するが、ゼラはそれを上回る速度で次々と殲滅していった。
空気の流れが変わった。
周囲の“粒子”がざわりと震え、まるで何かが近づいてくるような圧を感じた。
「……なんだ、この嫌な感じ」
次の瞬間、ゼラの視界が“黒い霧”に覆われた。
霧ではない。
粒子でもない。
それは――巨大なヒュドラ菌の集合体だった。
丸い核の周囲に、九本どころではない、数十本の触手がうねり、一本一本が独立した意志を持つかのように蠢いている。
体表には無数の“目”のような斑点があり、ゼラを見つけた瞬間、全てがぎょろりと動いた。
「……お前が親玉か」
ヒュドラ・ロードは、空気を震わせるような声で鳴いた。
「ギィィィィィィィィ……!」
その声に反応して、周囲に潜んでいた小型ヒュドラ菌が一斉に集まり始める。
ゼラは舌打ちした。
「うわ、増援呼ぶタイプかよ……!」
ヒュドラ・ロードの触手が一斉に伸び、ゼラを捕らえようと迫る。
ゼラは分裂体をさらに細かく分け、触手の隙間をすり抜けた。
「分裂・散弾!」
ゼラの身体が無数の粒子に砕け、弾丸のようにヒュドラ菌へと飛び散った。
小型ヒュドラ菌は次々と消滅するが、親玉はびくともしない。
むしろ――触手の一本がゼラの粒子を絡め取り、“吸収”しようとしてきた。
「おっと……!」
ゼラは慌てて粒子を引き戻す。
(やべぇ……こいつ、俺を食おうとしてる……!俺の細胞を取り込んで、もっと強くなる気だ……!)
ヒュドラ・ロードは触手を広げ、ゼラを包み込むように迫ってくる。
「ギィィィィィィィィィィ!!」
ゼラは一瞬だけ迷った。
(外から削るのは無理だ……なら――)
ゼラは自分の身体を一気に液状化し、触手の隙間から“親玉の核”へと飛び込んだ。
「内部からぶっ壊す!!」
ヒュドラ・ロードの内部は、まるで腐った沼のように濁り、無数の小型菌が胎児のように蠢いていた。
「うわ……気持ち悪っ……!」
だが、ゼラは怯まない。
「分裂・飽和攻撃!!」
ゼラの身体が内部で爆発的に増殖し、ヒュドラ・ロードの体内を埋め尽くす。
菌の核が悲鳴のように震えた。
「ギィィィィィィィィィィィィ!!」
触手が暴れ、壁や床を叩き割る。
だが――ゼラの増殖速度のほうが速い。
「お前の毒も、病原性も……全部、俺が“分解”してやるよ!!」
ゼラの分裂体が核を包み込み、一気に圧縮した。
「――消えろ!!」
核が砕け、ヒュドラ・ロードは悲鳴のような振動を残し、黒い霧となって消滅した。
ヒュドラ菌は完全に消滅した。
「ふぅ……掃除完了っと」
ゼラは通常サイズに戻り、リュゼリアの体外へと戻っていった。
「……っは!」
リュゼリアが大きく息を吸い込み、咳がぴたりと止まった。
「え……? 苦しくない……?」
ゼラは胸を張る。
「ほらな。治っただろ?」
リュゼリアはしばらく呆然とした後、ゼラの胸ぐらを掴んだ。
「ちょっと! 勝手に体の中入らないでよ!!」
「いや、許可取ったじゃん」
「取ってないわよ!!」
「まあまあ、治ったんだからいいじゃん」
「よくない!!」
リュゼリアは怒鳴りながらも、顔はどこか赤い。
「……ありがと」
「ん?」
「なんでもない!!」
リュゼリアはそっぽを向き、早足で去っていった。
ゼラは首を傾げながら、その背中を見送った。
「……他にも困ってる奴、助けてくるか」
ゼラは再び分裂体を作り、魔王城の廊下へと駆け出した。
それからひと月の間に、アビスフェルドの流行り病は収まった。




