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災厄のスライムが世界を敵に回したら  作者: 弐戸 参度


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18:魔王ヒミカ

18:魔王ヒミカ


「お呼びかい? サルヴァン様」

 ヴェルゼは呼び出しに応じ、サルヴァンの居室を訪れた。

「よく来てくれたね、ヴェルゼ」

 サルヴァンは穏やかな笑みを浮かべながら言う。

「聞いての通り、最古の魔王ネクロスとは相互不干渉の約定を交わした。これで国内の憂いが一つ減った。残るは――」

「魔王ヒミカだね?」

「彼女は若い魔王だが、魔界植物を操る力は侮れない。人間族に全力を向けるには、不安の種は少しでも取り除いておきたい」

「それでボクに任せると? 好きにやっていいんだね?」

 サルヴァンは静かに頷いた。

 ヴェルゼは口元を歪め、邪悪な笑みを浮かべる。

「フフフ……これは楽しくなってきた。一ヶ月後に良い報せを持ってくるよ、サルヴァン様」

 恭しく一礼し、ヴェルゼは退室した。


 * * *

 

 居城に戻ったヴェルゼは、廊下を歩きながら配下に命じる。

「ソドム、ゴモラ、アドマ、ゼボイム、ゾアル。出陣だ。準備をせよ。一週間で出立する」

 配下たちは無言で頭を下げ、それぞれ散っていく。

 七日後、ヴェルゼ率いる悪魔軍団は、魔王ヒミカの支配地域――魔樹海へと迫っていた。


 * * *

 

 アビスフェルド南方、“魔樹海”。

 黒い樹木が空を覆い、地面には無数の蔦が蠢く。

 風が吹けば、葉のざわめきが囁き声のように響く。

 その中心にそびえる巨大な黒樹――黒樹宮。

 妖樹魔王ヒミカの居城である。

 その根元に、黒衣の悪魔王ヴェルゼが立っていた。

「……招かれざる客が来たものね」

 黒樹の幹が裂け、ヒミカが姿を現す。

 黒い蔦を編んだ衣、翡翠色の瞳が妖しく光る。

「どういうつもり? 悪魔王ヴェルゼ。サルヴァンはこのことを知っているのかしら?まさか独断専行じゃないでしょうね?」

「我らの軍門に降れ、ヒミカ。北の魔王も協力を約束した」

「ふぅん……」

 ヒミカはヴェルゼの周囲をゆっくりと歩く。

 足元から黒い蔦が伸び、ヴェルゼの影を探るように触れた。

「あなたの魂……相変わらず濁ってる。それに、少し嘘が混じっているわね」

「嘘を見抜く力は相変わらずだな、ヒミカ」

「植物は嘘をつかない。だから私は嘘がキライ」

 ヒミカが黒樹に触れると、魔妖樹がざわめき、鋭い蔦がヴェルゼの喉元に迫る。

 だが、ヴェルゼは微動だにしない。

「ネクロスとは相互不干渉の約定を取り付けた。キミへの対処はボクが一任されている。どうする? このまま一戦交えるかい?」

「最古の魔王の一人であるあなたが、なぜ新参者のサルヴァンに従うの?」

「うーん……面白そうだから?」

 ヴェルゼは肩をすくめて笑う。

 ヒミカは考える。

 戦力差はヴェルゼが上。

 だが、この魔樹海でなら勝機はある。

 しかし――

(……この男、戦いを楽しむタイプ。ここで戦えば、森が荒れる)

 ヒミカが沈黙すると、ヴェルゼの口角が吊り上がり、獰猛な笑みが浮かぶ。

「止めたわ。今はあなたの顔を立ててあげる。ただし――サルヴァンに膝を屈するのではない」

 ヒミカは蔦を引き戻し、堂々と宣言した。

「これは“対等なる軍事同盟”。それ以外は飲まないわ」

 ヴェルゼは満足げに頷いた。

「それでいい。対等な同盟だ、ヒミカ」


 * * *

 

 サルヴァンの命を受けて十日余り、ヴェルゼはヒミカを連れて魔王城へ戻った。

 さらに一週間後――軍事同盟の調印式が執り行われた。

 こうして、仮初ながら魔族は一つになった。

 脆く儚い同盟ではあるが、人間族への体制は整ったのである。


 * * *


 “星詠みの一族”――この大陸でその名を知らぬ者はいない。

 古くから続く神秘の民。どの国家にも属さず、国境という概念さえ持たない流浪の集団である。

 彼らは常に旅をしている。雨風にさらされて色あせた襤褸布をまとい、顔を隠す奇妙な仮面をつけ、獣の骨や色とりどりの石で作られた装飾品を体じゅうに下げている。その姿は一見すれば物乞いのようでもあり、あるいは怪しげな呪術師のようでもあった。

 しかし、彼らを侮る者はいない。

 なぜなら星詠みは、未来を“視る”ことができると信じられているからだ。

 戦乱の行方、王の命運、天災の兆し――彼らの予言は幾度となく的中し、時に国を救い、時に王朝を滅ぼしてきた。

 そのため、彼らがどれほど薄汚れた身なりであろうと、どの国家も彼らの往来を妨げることはしない。むしろ権力者たちは競うようにして星詠みを招き入れ、歓待する。そして対価として、彼らから“言葉”を授かるのであった。

 予言は金銀よりも重い――それがこの大陸の常識だった。


 * * *


 レオンがアビスフェルドへ出立する二日前のことである。

 アストリア帝国の帝都に、ひとつの知らせがもたらされた。

 ――星詠みの一族が来訪した、と。

 帝都はたちまちざわめきに包まれた。市場の商人も、貴族の屋敷の召使いも、皆が同じ噂を口にする。やがてその噂は帝都の中心、巨大な白亜の屋敷へと届いた。

 聖教皇アウグストは即座に彼らを自らの屋敷へ招き入れた。

 広間には豪奢な絨毯が敷かれ、銀の燭台には無数の蝋燭が灯される。普段は厳粛な祈りの場であるその部屋に、星詠みの一族が通された。

「このような豪華なおもてなし、まことに感謝いたします」

 仮面の奥からくぐもった声で、代表者らしき老人が頭を垂れる。

 アウグストは穏やかな微笑みを浮かべて応じた。

「あなた方の力は、人類にとって大きな希望です。我らはまもなく大魔王討伐へと向かいます。その勝利を確実なものとするため――ヤツの"真名"を知りたいのです」

「……真名、でございますな」

 老人はすべてを見通したように頷いた。

 真名――それは存在の根源を示す名。この世界の者にとって真名を知られることは最大の弱点となる。古来より、強大な敵を討つにはその真名を暴くことが不可欠とされてきた。

「その通りです。大魔王サルヴァンの真名を、どうか我らにお授けください」

 アウグストの声には、切実な響きがあった。

 老人は静かに目を閉じ、一族の者たちに儀式の準備を命じた。

 やがて部屋には甘く重い香が焚かれ、独特の匂いが満ちていく。

 星詠みたちは床に円を描くように座り込み、胡座を組んで体をゆらゆらと揺らし始めた。その様はまるで見えぬ星の鼓動に合わせて踊っているかのようだった。

 誰ともなく低い祝詞が唱えられる。

 最初はか細かったその声が次第に重なり合い、大きな波となって広間を満たしていった。

 アウグストは固唾をのんで見守る。

 やがて――その中心に立つ老人が、はっと目を見開いた。

「……視えました」

「おお!」

 アウグストが身を乗り出す。

「大魔王の名はサルヴァン。しかし、それは仮初めの名に過ぎぬ。彼の真名は別にある」

「して、その真名とは――!」

 焦燥を隠せぬまま問いかける教皇に、老人はゆっくりと首を振った。

「残念ながら……彼は、この世界で生まれしものにあらず。異界より来たりし存在。その真名はこの世界の言葉ではなく、かつて一度として唱えられたことがない。ゆえに、記録にも残されてはおりませぬ」

「なんと……!」

 アウグストの顔に深い落胆の色が浮かぶ。

 真名を得られねば、勝利の確率は大きく下がる。

 しかし老人は静かに言葉を続けた。

「――ただし」

「ただし?」

「真名そのものではありませぬが……それに通じる“響き”ならば、我らは星々の狭間より汲み取ることができました」

 アウグストの瞳に再び光が宿る。

「その響きとは?」

 老人はゆっくりと口を開いた。

「……“こーちん”」

「こーちん……」

 聞き慣れぬ奇妙な響きだった。

 しかし、それが唯一の手掛かりであることは間違いない。

 アウグストは震える手でその言葉を羊皮紙に書き記した。そして深く一礼する。

「感謝いたします。あなた方の言葉は必ずや人類の希望となりましょう」

 星詠みの一族は静かに立ち上がり、来た時と同じように音もなく去っていった。

 その翌日、“こーちん”という謎の言葉は、秘密裏に聖戦団へと託された。

 意味も由来も分からぬまま、ただ勝利の鍵として。

 かくして――大魔王討伐のための聖戦の準備は、静かに整えられていくのであった。

 

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