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災厄のスライムが世界を敵に回したら  作者: 弐戸 参度


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17:聖戦

17:聖戦


 アストリア帝国の中心部にそびえる巨大な大聖堂――光輝聖堂。

 その内部は、千を超える信徒で埋め尽くされていた。

 白い法衣の司祭たちが列をなし、聖歌隊が荘厳な旋律を奏でる。

 だが、その空気には祝福ではなく――嵐の前の静けさが漂っていた。

 祭壇の前に立つのは、聖教会最高位――聖教皇アウグスト。

 白銀の法衣に金糸の刺繍。

 その瞳は光を宿しているようでいて、どこか冷たい。

「――集いし信徒たちよ」

 アウグストの声が響いた瞬間、大聖堂の空気が震えた。

「我らは今、重大な岐路に立っている」

 背後の巨大なステンドグラスには、“光の勇者”の姿が描かれている。

「魔族は再び蠢き、大魔王サルヴァンは人間界への侵攻を企てている」

 信徒たちがざわめく。

「だが――恐れることはない」

 アウグストは両手を広げた。

「神は我らに“六人の勇者”を遣わされた。これは神意であり、天啓である」

 聖歌隊が声を高め、大聖堂の天井が震えるほどの響きが広がる。

 アウグストは一冊の古い教典を掲げた。

「神敵が現れる時――光の勇者もまた現れる」

 瞳が白銀に光る。

「光の勇者レオンが今代に居る以上、大魔王は“神の敵”であると証明された!」

 信徒たちが一斉に立ち上がり、叫ぶ。

「神敵を討て!」

「勇者に栄光を!」

「魔族を滅ぼせ!」

 アウグストは杖を高く掲げた。

「神の名の下に――聖教会はここに宣言する!」

 大聖堂の鐘が鳴り響く。

対魔族聖戦ホーリー・クルセイドを開始する!」

 信徒たちの叫びが爆発した。

 アウグストは静かに微笑む。

(……これで、世界は“神の秩序”へと近づくのだ)


 * * *

 

 大聖堂の奥、誰もいない控室。

 アウグストは一人、祈りの姿勢を取っていた。

「我が神……ネクロスよ。あなたの望む通り、世界は動き始めました」

 その瞬間、空気が歪み、白銀の光が揺らめく。

 声はない。

 姿もない。

 だが、アウグストは確かに“何か”を感じていた。

「勇者も魔王も、世界の均衡を保つ重りに過ぎない。で、あるがゆえに――」

 アウグストは薄く笑う。

「片方の一方的な勝利は、あなたの秩序を乱すでしょう」

 白銀の光が揺らぎ、消える。

「だからこそ……聖戦は必要なのです」

 アウグストは立ち上がり、大聖堂へ戻るために扉を開いた。

 その背中は、“神の代弁者”ではなく――世界管理者の影だった。


 * * *

 

 大聖堂での聖戦宣言。

 その場には、光の勇者レオンを含む六勇者、各国の指導者たちも跪いていた。

 アウグストが登壇し、聖戦を宣言した瞬間――レオンは顔を上げた。

「……聖戦、だと?」

 声は低く震えていた。

(魔族は確かに脅威だ。だが、人間族の総力を用いて殲滅する必要はない。一度交戦すれば、こちらにも甚大な被害が出る……)

 その時――アウグストの杖が、鈍く光った。

 白銀の光がレオンの視界を覆う。

 意識が霞む。

 周囲の喝采が、遠くに聞こえる。

(……なんだ……これは……?)

 周囲を見渡すと、アストリア皇帝、グランツ国王、ルミナスの宰相、オルガナの将軍、レーヴェンの特使、アルシアの提督――皆が熱に浮かされたように叫んでいる。

「聖戦だ!」

「魔族を滅ぼせ!」

「勇者に続け!」

 レオンの胸に、黒い熱が湧き上がる。

(そうだ……如何なる被害を被ろうとも……魔族は皆殺しにするべきだ!)

 気づけばレオンも、他の勇者たちも――熱狂の渦に呑まれていた。


 * * *


 聖戦の宣言から数日後――熱に浮かされたように大陸は沸いていた。

 食料が、武器が、資材が、人が買い集められた。金が湯水のごとく使われた。

 しかし、国民が潤うことは無かった。あらゆる物価が高騰し、生活は苦しくなった。

 商人は(こぞ)って多額の喜捨を行った。行わない商人は、聖教会の巡察官たちに”神敵の手先”として摘発され、その財産を没収された。

 新たな税が創設され、国民は重税に喘いだ。

 国家とて例外ではなかった。国庫を開き、備蓄食料を放出し、蓄えた富は吐き出された。

 皇族、王族、貴族たちにも、応分の負担金が求められた。

 それでも誰もが信じて疑わなかった。魔族を滅ぼした後の人間族の栄光を。


 * * *

 

 光輝聖堂の奥、一般信徒が立ち入れない“聖務院”。

 教皇アウグストは、豪奢な椅子に座りながら報告を受けていた。

「異端者の処理は順調です。反対派の貴族も数名、拘束しました」

「よろしい。彼らの財産は“神への奉納”として没収しなさい」

「はっ」

 アウグストは恍惚とした表情で笑う。

「聖戦とは、“解毒”だ。増えすぎた不要なものを排除し、世界を正しい秩序へ導くためのね」

 その言葉に、側近は震え上がった。

(……この方は、神ではなく“何か別のもの”を見ているのでは)


 * * *


 およそ二年の歳月を費やし、聖戦の準備は整った。

 アストリア帝国の飛行船団とオルガナ五連国の陸戦団が東から、レーヴェン王国の白狼騎士団とルミナス連邦の傭兵団が南から、グランツ王国とアルシア王国は、黄金竜王ゼルギウスの背に乗った勇者ラグナとマルスが西から――同時侵攻する手筈となっていた。

 ここはアビスフェルドとの国境にほど近い、オルガナ五連国のガッデン砦。

 アストリア帝国を発った飛空船団は、この地でオルガナ陸戦団と合流し、最後の合議を行っていた。

「どうです、この戦力! 我らの勝利は間違いありませんな!」

 オルガナ五連国の陸戦団を率いるヒュンメル将軍が興奮気味に言う。

 彼は聖戦団の副将を務めていた。

「あまり浮足立つものではありませんぞ。ただ、まあ、此方の勝利は揺るがないでしょうな」

 アストリア帝国の遠征軍を率いるバーダッド侯爵が返す。

 でっぷりと肥えた体は戦慣れしているようには見えないが、アストリアの国力と家柄で聖戦団の大将に収まった男だ。

「なあ? レオン殿?」

「――ええ。まあ」

 水を向けられた光の勇者レオンは、冴えない顔で曖昧に答えた。

「何かご心配事でもおありかな?」

「閣下、此度の遠征費用が重く国民にのしかかっています。この聖戦に勝利したとて、魔族どもの土地は不毛の地。あまりに得るものがないのではないでしょうか?」

 バーダッド侯爵は笑顔を消し、声を潜めた。

「レオン殿。それは神意に背くお言葉ですぞ。異端審問官の耳にでも入ったら……」

 ちょうどその時、オルガナの連絡将校から出発準備完了の報告が入った。

「それでは、ヒュンメル殿。ご武運を」

「バーダッド閣下、ご武運を」

 ここからオルガナ五連国の陸戦団は陸路でアビスフェルドへ入る。

 アストリア飛空船団は空から援護しつつ、アビスフェルド奥地へ侵入する。

 そして橋頭保となる前線基地を構築し、そこを足掛かりに魔王城を攻略するのだ。

(自分にできることは、大魔王を倒す事だけだ……)

 レオンは自らの迷いを振り払い、飛空船に乗り込んだ。



 

 

 

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