第二百二十六話 そして始まる、大ミーアピック!
「慧馬嬢、ご機嫌麗しゅう」
驚きは一瞬だった。
すぐに動きを取り戻したヒルデブラントは、取り繕うように優雅な仕草で礼をする。
「ああ、ヒルデブラント・コティヤール殿。しばらくぶりだ」
と笑みを浮かべる慧馬であったが……、彼女にしては珍しく、若干、気まずそうな様子も見えた。
――そういえば、愛の告白を受けていたのでしたわね、慧馬さん。ふむ、それを袖にしたわけで……確かに気まずい……むっ!
ミーア、そこでカッと目を見開く!
その視線が向かう先には……ヒルデブラントの隣にそっとたたずむ少女……山小驪の姿があった!
――こっ、これはっ!
最近、よく活性化しているピンク色の脳細胞が、ギュンギュン回転を始める。
――恋愛小説なんかでよく見る、いわゆる修羅場というものではないかしら!?
思わず、口元に手をやり、声が漏れそうになるのを堪える。
ミーアとしては、友人であり、なおかつ自分を頼ってくれた小驪を応援したいところではあるが、さりとて、慧馬もまた大切な友人である。
どちらかの肩だけを持つこともできないわけで……。
――これは、実におもし……ではなく、大変なことになってきましたわね!
そうなのだ、ミーアは、部外者は部外者なれど、小驪から助言を求められた身。手助けとして、一緒にホースダンスを踊ろうとしているわけで……。
――よくよく考えたら、ここで小驪さんが心理的なダメージを負って、ホースダンスに出られない、などということになったら一大事。それに、話がこじれて、不幸なことになるのも、後味がよろしくないですわ。
基本的に恋愛ものは、修羅場があっても、最後にはハッピーな結末を迎えるのが好みなミーアなのである。
ということで、なにかあれば、すぐにでも介入できるように、と心の準備を整えていると、慧馬もヒルデブラントの隣に居る小驪に目を留めた。
「おや、お前は、ミーア姫に遠乗りで負けた山小驪……」
「むっ! 名前の前に余計なものをつけるな、ですの!」
キッと目つきを鋭くする小驪。一方の慧馬は特に気にした様子もなさそうではあるが……。しかし、よくよく考えると火の一族は、山族の長、山富馬と因縁があるのだ。小驪に対しても、思うところがあってもおかしくはないわけで……。
慧馬はゆっくりと首を振ってから、
「まぁ、あれは神意を示す馬合わせでもある。純粋な実力とは言えない。神の意が、我が火の一族との和解を示しただけで、落ち込む必要はないぞ」
「そんな半端な励ましはいらない、ですの。私はあの勝負に誇りを持ってるですの。結果も含めて、あれは、良い馬合わせでしたの」
小驪は、凛とした顔で首を振った。それを見て、慧馬も愉快そうに笑う。
「そうか……。ふふふ、良い心掛けだ。愛馬と共に経験したすべては価値のあるもの。負けた勝負もまた、馬が共にあれば成長の糧となる、ということだな」
騎馬王国ならではの、馬と密接に絡み合った人生哲学に、うむうむ、っと頷き合う、小驪と慧馬…………とヒルデブラント。
すっかり騎馬王国民じみてきた従兄弟の姿が、そこにあった。
「ところで、大ミーアピックの準備は、お前たち二人が取り仕切っていると聞いているが……飛び入りで、火の一族の乗り手を一人加えることは、可能か?」
不意に、慧馬がそんなことを言い出した!
「え……それは、つまり……」
「無論、我も参加しようと思ってな……。このような楽しげな催し物に参加しないなど、火の一族の名折れだ。ぜひとも、我と我が愛馬、蛍雷も参加させてもらいたい!」
どどぉんっと胸を叩く慧馬。
考えてみれば当然のことだろう。ウマニアの慧馬が、ミーアピックに出る機会を得て、それを生かさないわけがないのだ。が……。
慧馬の参戦宣言を受けて、ヒルデブラントは考え込むように一瞬黙り込んだが……。
「そう……ですか。わかりました。それでは手配いたしましょう。速駆けでよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。我と蛍雷が最も力を発揮できるものだな」
上機嫌に笑う慧馬。それを見て、ヒルデブラントだけでなく、小驪のほうも、なにやら迷った様子で、眉をひそめた。
――う、ううむ……これは……。ヴァレンティナお義姉さまの動向を報せに来てくれたのは良いのですけど……小驪さんのことを思うと……。このタイミングで慧馬さんが現れたことがどう作用するか、わかりませんわね……。
ホースダンスでヒルデブラントの心を一本釣りしようとしていたところでの思わぬ伏兵の登場である。当の本人にまったく興味がなさそうなのが救いではあるが……。
――タイミングと言えば……ゲインお義兄さまは、慧馬さんを、このタイミングでこちらに送ったのは意識してのことかしら?
騎馬王国の出し物について聞いていれば、慧馬が参加したいと考えるのは、当然、把握しているはずで……。
――これはまさか、慧馬さんには知られたくないことをするために、わざと自分のもとから離すようなことをしたんじゃ……!
「ふふふ、腕が鳴るぞ。わざわざ、伝令を買って出た甲斐があるというものだ!」
……立候補だったらしい。どうやら、無用な心配だったようだ。
なにはともあれ、そんなこんなで……、いささかの不安を残しつつも、パライナ祭一番の目玉イベント、「天馬姫杯・大ミーアピック」が始まる。




