第二百二十五話 至上のイエスマンの心得
さて、ミーアは、ちょっと運動が足りねぇんじゃねぇか? という目で見てくる荒嵐を厩舎に預けると、慧馬と共に足早に仲間たちのところを巡る。
情報を共有するためである。
そうなのだ、ミーアは知っているのだ。自身がイエスマンであるためには、相手の提案は正しいものでなければならないことを。そして、相手に正しく提案させるためには、情報を正確に伝えておかなければならないことを。
至上のイエスマンを目指すミーアは、たとえ優秀な臣下であっても、情報不足に陥れば能力を発揮できないことを、しっかりと認識しているのだ。
ゆえにこそ、情報は速やかに、歪めることなく伝えることを、ミーアは大切にしているのだ。
ということで、とりあえず、ルードヴィッヒとディオンにシュシュっと報告。さらに、すぐに集まれた生徒会メンバーであるアベルとシオン、キースウッド、さらにリオネルにも共有しておく。また、蛇関連ということで、シュトリナとパティ、さらに、ヴァレンティナ被害の第一人者にして、非常に頼りになる……ルードヴィッヒ日記、の所有者でもあるベルにも念のために声をかけておく。
そうして、一同を大ミーアピック会場の控室代わりの幕屋に集めて。
「パライナ祭を直接狙わず、そちらに目が向いている隙にレムノ本国で暗躍しているということですか……。戦略としては頷ける……というより、ごく基本的なものという感じがしますね」
ルードヴィッヒが眼鏡を軽く押し上げる。
「巫女姫は一度、ミーアさまによって戦力を減らしています。世界を混沌に堕とす、などと言う目的のために命を懸けようという者たちは、そうそう集められないでしょうし、何かするにも備えは必要でしょう。今は雌伏の時と割り切り、暗躍するのは理に適った策略といえるでしょう。が……」
蛇の基本戦術は、構造的な脆弱性を持つところに隠れ潜み、少しずつ秩序を腐らせて、折を見て切り崩すこと。自分たちで、正面切って戦いを起こすことは、どちらかと言えば蛇のやり方ではない。
権力者が集中する、守りの堅いパライナ祭で何か騒動を起こすのではなく、その隙に各国の弱点に浸透していくやり方は、蛇らしいと言えば蛇らしいが……。
ふと、ミーアはアベルのほうを見る。その顔に、わずかばかり悲しみの色を見出してしまい……ミーアの心がキュンッと痛んだ。
格好いい年下の男の子が傷ついているのを見ると励ましてあげたくなってしまう、ミーアは大人のお姉さんなのだ。
小さく咳払いしつつ、ミーアは口を開いた。
「わたくしは、そもそも、ヴァレンティナ王女殿下が未だに蛇の理念に基づいて動いているのか……疑問を持っておりますわ」
それは、なにも口から出まかせというわけではなかった。
――アベルや、ベルから聞いた感じでは、ヴァレンティナさんも変わりつつある。そんな印象が確かにございましたわ。ラフィーナさまからも、そのような報告を受けておりましたし。
なんでも、神聖典を読み直している、みたいな話も聞いていたのだ。
未だに、強固な蛇の支持者であるかどうか、疑問の余地は十分にあるとミーアは考えていた。
そんなミーアに、ルードヴィッヒはゆっくりと頷いた。
「やはり、ミーアさまも疑問に思われましたか……」
うんっ? っと小首を傾げそうになるミーアであったが、流れるように首肯へと動きを変えた。ダンスの達人ミーアは、自らの体の動きを制御するのがとても得意なのだ。
「私も疑問を覚えています。今までの巫女姫ヴァレンティナであれば、一度姿を消したならば、そう簡単に行方を追うことはできないのではないか、と。無論、なにか狙いをもって、姿を現した可能性もありますが、蛇とは別の思惑でそれをしている可能性もあるかと思っています」
ヴァレンティナがうっかり姿を捕捉されたとは考えづらい。恐らく、意図して姿を現したのだろうが……それはなんのためか?
蛇として行動するならば、姿を完全に消しておいたほうが良いはずなのに、なぜ……?
蛇らしくない行動は、こちらの想像を超えた蛇としての深謀ゆえにか? それとも……。
「うむ、ゲイン・レムノもそのことを気にしている様子だった。あの姉にしてはずいぶんと簡単に尻尾を出している、と。それゆえに、これは罠なのではないか、とも。レムノ王国に入って以降の足取りを追えていないことも、その良い証左だ、と」
――なるほど、つまり、ヴァレンティナお義姉さまは、こちらに与えたい情報だけ与えたということかしら。自分はレムノ王国にいるということだけは明かし、国内でなにをしているかは秘匿したい、と……。
「いずれにせよ、レムノ王国の女学園構想を動かし始めようというこのタイミングに、国内に戻ってきたのが気になるな……」
深刻そうな顔をするアベルに、シオンが肩をすくめてみせた。
「あるいは、なんの思惑もなかった、ということも考えられるぞ。アベルの兄君の優秀さがヴァレンティナ王女の予想を上回っただけかもしれない」
その気遣い半分のジョークにアベルが苦笑いをしかけたところで、
「うむ。ゲイン・レムノは、まぁまぁ見どころのある男だ。もう少し落ち付きがあれば、良いと思うが……」
などと、慧馬が同意を示した。
――あら、慧馬さん……。いたくゲインお義兄さまのことを高く評価してますわね。
っと、ミーアの恋愛脳がギュギュンッと動き出そうとした刹那……。
「ああ、ミーア姫殿下、こちらにおられましたか」
聞き覚えのある声が響いた。
そうして、やってきたのは、大ミーアピックの準備を担っていた男、ヒルデブラント・コティヤールだった。
爽やかな笑みを浮かべていたヒルデブラントであったが、ふとミーアのそばにいた慧馬に目を留めて、驚きに固まる。
「君は……」
あの日、フラれて以来、久しぶりの再会であった。




