第二百二十三話 シュトリナの不安
さて、ミーアとアベルのデート視察ツアーを終えたベルとシュトリナはいったん帝国貴族の滞在地へと戻ってきた。
貴族の馬車が並ぶ一角を進み、自分たちの馬車まで戻る。っと、馬車の階段のところ、パティが座っているのが見えた。うなだれて……ちょぴっとしんなりしてしまっている! まるで海岸に打ち上げられた海月のようである!
その隣で、ヤナが介抱してあげていた。どうやら、あの試食会が精神的にだいぶキタらしい。
――まぁ、あの吸盤ウナギは、確かにちょっと気持ち悪かったかも……。
蛇の教育を受け、色々と食べさせられているシュトリナも、若干、笑顔が引きつったぐらいである。
これ食べるのかー、そっかー。まぁ、でも、ベルちゃんは嬉しそうに食べてるしなー。んー、じゃあ、食べるかー。みたいなノリで食べたシュトリナであったが、それでもあのビジュアルはきつかった。味は驚くほど美味しかったので、まぁ良いのだが……。
っと、ベルがとことこパティのほうに走っていった。
「パティ、大丈夫ですか?」
気遣わしげに話しかける。
そう、冒険姫ベルは、探検隊のメンバーの体調や心理状況にきちんと気を遣える、非常に隊長気質な人なのだ。
「あっ……ベルお姉さま……」
パティが顔を上げる。目に力がないものの……思ったよりも、その顔色は悪くなかった。
――そういえば、吸盤ウナギって活力を付けるっていう話だったかな?
なんて、どうでもいいことを思い出すシュトリナである。
「…………大丈夫です。ちょっと驚いて、疲れてしまっただけなので、少し休めば……ふぅ」
なんて、切なげにため息を吐くパティである。その顔は、試食会を終えた時のラフィーナやレアを彷彿とさせる、非常に儚いものだった。
「ああ、脂があって食べ応えありましたものね。吸盤ウナギはこってりサクサクしてて……美味しかったですけど……。あの後出た、サソリみたいなやつも、アシタカガニみたいな味わいで美味しかったから、食べ過ぎちゃったかな……?」
っと笑うベル。
「うふふ、ベルちゃん、気に入っておかわりしてたもんね」
などと言うシュトリナであったが、ふと見ると、パティが、信じられない! という顔でベルのほうを見ていた。
――まぁ、あれも見た目はちょっと怖い感じだったけど……パティは少し怖がりなのかも?
ちょっぴり臆病な蛇の後輩を見て、微笑ましい気持ちになるシュトリナである。
なにしろ、蛇の洗脳が強い時は、気味の悪い食べ物を怖がるほどの余裕もないのだ。こうして怖がったり、へこんだり、友だちに励ましてもらったりするのも、それはそれで幸せなことのように、シュトリナには思えるのだ。
ともあれ、これ以上この話を引っ張るのは、さすがに可哀想。ということで、話を変えることにする。
「それにしても、帝国の展示会場、すごかったね。準備、大変だったでしょう?」
パティの隣に座るヤナに話しかける。ヤナは、わずかばかり背筋を伸ばして……。
「はい。でも、あたしたちは手伝っただけだから……」
などと、もにゅもにゅ言っている。慣れない大貴族のお姉さんに話しかけられて、少しだけ緊張しているらしい。
「ああ、あれすごかったですよね。あんなふうに金色に光る木なんかあるんだって」
両腕を広げて、興奮した様子でベルが言う。冒険姫ベルは、金色のお宝に弱いのだ。
「あれを利用すれば、金色のお城とか、船とか、大きな像とか作れて格好いいかも!」
なんて、ぴょんぴょんしている。将来、黄金の国ティアムーン帝国が、大陸に出現してしまうかもしれない。
「そうね……」
なぁんて、曖昧な笑みを浮かべるシュトリナであったが――ちなみに、彼女の常識観から言うと、あれは……ない。
あのお土産売り場……あの像が自分の姿じゃなくって本当に良かったなぁ、と思うシュトリナである。あのお土産売り場を見せられて、羞恥心を刺激されないでいるのは難しいだろう。
――ミーアさまも大変だな。あんなふうに民から慕われて……。
一応、イエロームーン公爵領の領民たちとは、良好な関係を築きたいと思ってはいるが、ああいった感じで慕われたいとは、まったくもって思わないシュトリナである。
というか、あれは慕われているというより、崇拝と見られる可能性だってありそうだ。中央正教会との仲が下手すればこじれるかもしれない。
――司教たちとも関係を築いているし、聖人認定なんかもされてるから大丈夫なのかな。大変そうだけど……。でも、いくら大丈夫だったとしても、あの金ぴかのお土産売り場は、ない……。
いやぁ、本当に、モデルになってるのがミーアで良かったぁ! っと心の中で安堵の息を吐くシュトリナは……後日、父と皇帝が親しげにナニカを話しているのを目撃し、震え上がることになったりするのだが……まぁ、それはさておき。
そんな感じで、わいわい、きゃっきゃしてるうちに、パティも徐々に元気が出てきたらしい。
ちょっぴり笑みを浮かべて、楽しかった展示会場準備の話をしてくれている。
こんなふうに、この時代にいる間は、ゆっくり休養してもらいたいと思うシュトリナである。
――過去に戻った後は……きっと辛いだろうから……。
改めて、パティのこの先の人生を思うと、気持ちが沈む。
同時に、消えない不安感が、シュトリナの胸の内に浮かび上がってくる。
「ねぇ、ベルちゃん。未来の世界でも、リーナ、こんな感じでベルちゃんと遊んでるの?」
パティたちと別れた後、シュトリナはベルに尋ねた。
「え? うーん、そう、ですね……」
ベルは一瞬、考え込んだが……。
「まぁ、このぐらいは言ってもいいのかな……。リーナちゃん、すでに家督を譲って暇だからって、よく遊びに来てますよ。一緒に冒険とかもしてます」
「冒険……」
「船で無人島探検とかもしてみようって話してるんですよ。リーナちゃん、張り切ってました」
「船で無人島探検……」
実に……体力を使いそうだ。
恐らく、ベルがこのぐらいの年齢になる時には、自分は四十代から五十代と言ったところ……。そこまでの体力があるだろうか……?
――今と同じぐらいの若さを保ってたって、ベルちゃんは言ってたけど……。
イエロームーン家の薬の知識を最大限生かして、老化を抑える薬を開発したのだ、とベルは言っていた。ベルとの友情を守るため、ベルと同じ時間を生きるために頑張ったのだ、と。
けれど、シュトリナは思うのだ……。そんな無茶な薬が、あるだろうか……?
いや、厳密にいえば一つだけ……シュトリナには心当たりがある。それは……。
――もしも、薬が一人分しかできなかったなら、それは仕方のないことだ。
パティにも、辛い選択を迫ることになる。弟であるハンネスを取るか、それとも……。
どちらにその薬を渡しても、彼女はきっと傷つくことになるだろう。
――だけど、もしも……もしも、薬が……。そうしたら、リーナは……。
シュトリナは、頭に浮かびそうになった考えから、目を逸らす。
――そんなこと、考える時じゃない。まだ、生命の木の実も手に入っていないし、薬だって作れていないんだから……。
そう、自分に言い聞かせながら……。




