第二百二十話 王女の視点
そんなこんなで、レムノ王国の展示会場を軽く一回りしたところで、シャローク・コーンローグが現れた。
「お初にお目にかかります。クラリッサ王女殿下。シャローク・コーンローグと申します」
「ご機嫌よう、シャローク・コーンローグさま。お噂はかねがねお聞きしております」
っと、クラリッサと一通りの挨拶を終えたところで、早々に、近くの控室に向かう。
ちなみに、ロタリアもそこで合流し、女学園構想の中心人物は揃っていた。
……ということで、ミーアは一歩引いた場所にさりげなく移動しておく。なにしろ、自分は外野。せいぜいがアドバイザーである。
シャロークに余計な誤解を与えないようにしなければならない。
さて、控室に着き、お茶が来たタイミングで、クラリッサが話し出した。
現在のレムノ王国にある問題点と、それを改善するための女学園構想、さらに、ダサエフ・ドノヴァンに後ろ盾になってもらうための計画などを説明していく。
補足するように、ロタリアが授業内容の案などをプレゼン。話を聞いていて、ミーアは思わず、おお、とつぶやきそうになった。
――学園建設が、より具体的になっておりますわ。それにカリキュラムなんかも……ロタリアさんが加わり、一気に現実性を帯びてきているような……っというか、これ、お二人だけじゃなくって、後ろにチラチラ、ナホルシアさんの影が見えますわね。
才女、ナホルシア・ソール・オリエンス……。かの女傑の力は、女学園構想に非常に有益だっただろう。
――これならば、割といけるのではないかしら……?
期待を込めて、シャロークのほうを見る。っと、
「なるほど、レムノ王国の貴族令嬢に教育を、でございますか……」
顎をさすりつつ、シャロークがつぶやいた。それから、チラリとミーアのほうに目を向け、
「聖ミーア学園のようなものを作りたいということですな?」
自身が深く関与する学校名が出たが……あくまでもミーアは目立たず騒がず。椅子を引きアベルより一歩後ろに下がり、存在感を薄くする。ミーアほどの熟練伝令兵になれば、自在に自身の存在感を分厚くしたり、薄くしたりすることが可能なのだ。
「はい。まずは貴族の令嬢たちの間に教育を行き渡らせて、行く行くは、平民の女性たちにも教育を施したいと願っています。そうして、彼女たちの地位を向上させたい。その第一歩としてドノヴァン宰相に味方になってもらうために、できるだけ具体的に女学園構想の準備をしたくて……」
「私めには、資金援助を願いたい、と……」
ジロリと目を向けるシャロークに、まるで切り結ぶかのように鋭い視線を向け返し……大上段に振りかぶった剣を豪快に振り下ろす感じで、クラリッサは言った。
「シャロークさまは、ミラナダ王国内に基金を作り、貧しい子どもたちの就学支援を行っているとお聞きしています。私たちの計画にも、ご協力いただけるのではないかと考えています」
それを受け、一度、口を引き結んで……それから、シャロークは頷いた。
「無論、納得がいくならば、儲けは度外視で援助することもやぶさかではありませぬが……。失礼ながら……クラリッサ姫殿下には一つの視点が抜け落ちているように感じられますな」
「視点……ですか?」
真剣な顔で問い返すクラリッサ。その鋭い眼光を真正面から受け止め、シャロークは言う。
「そう。最も大事と言っても良い視点だ……。聖ミーア学園にはあって、こちらの学園構想にはない視点……。姫殿下はどうお考えなのでしょうか。教育を施したその先のことを」
「その先……ですか?」
虚を突かれたように、クラリッサが目を瞬かせる。同時に、ミーアも、はぇ? と目を瞬かせる。聖ミーア学園にある最も大事な視点とやらに、特に心当たりがなかったので……。
「現在のように女性が低く扱われるのは問題がある。その地位を改善させるために教育機関を作り、教育の体制を整える。それは理解できます。が、姫殿下は最終的に、国をどこに向かわせようというのでしょうか? 教えた知識をもって、ご令嬢たちに、なにをしてもらいたいのか、そこが見えてこない。また、そもそも地位の向上とは、なにを指しておられるのか?」
「それは……得た知識をもって、自分自身で考えられるようにする、というのでは、答えになりませんか?」
ロタリアが横から口を挟んだ。はたで聞いていたミーアとしても、それでよいのではないか、と思っていたのだが……シャロークは特に感銘を受けた様子もなく首を振る。
「では、自分自身で考えた結果であれば、どのような振る舞いをしても良いと? 例えば今まで虐げられてきた復讐のため、男よりも知識を蓄え、仕事をすべて男たちから奪ってやる、とか……。そのような復讐に知識を浪費しても構わない、と……?」
「それは……」
その言葉に、ロタリアは口をつぐんだ。
「……地下牢から解放されるは出発点。自由になった虜は、そこからどこに向かって歩いていくのかが重要である、と……そう言うことですわね」
地下牢の囚われの身をギロチンによって解放されし第一人者のミーアにはよくわかる話だ。牢から救い出されるのは、あくまでも始まりに過ぎない。問題は、その後の自由をどのように用いるのか、である。
「さようでございます。教育を受け、知識を体得する。その行為は善にも悪にもなり得るのです。考えぬ者から考えられる者に変えられるのは成長ではあっても、それは最終的な目的ではない。特に、あなたがた王侯貴族は人の上に立ち、国をより良い形へと整えていくのが務めゆえ……民に示し、魅せる必要があるのです」
――地を這うモノの書も同じようなものですわね。ただ、知恵を与え、できることを増やして自由を与える……考えられるようにさせることは、必ずしも良き未来に繋がらない、と……。
大商人シャローク・コーンローグは問いかけていた。
お飾りの姫ではなく、レムノ王国の、紛れもない王女としてこの場に立つクラリッサに。
「せっかくのパライナ祭ですし、神聖典のたとえ話を用いるならば……。廃城を占領していた悪魔を追い出し、城内を掃除したとして……。そこを空けたままにしておいては、綺麗になり、暮らしやすくなった城に、悪魔は戻ってくるでしょう。より多くの仲間を引き連れて。そうして、城の状態は前より悪いものになるのです」
問題のある秩序を破壊しただけで、そのまま放置すれば、混沌が生まれ、その状態は前の秩序があった状態よりも酷くなる、と……シャロークは言っていた。
「悪魔を追い出し、城の掃除をしたのなら、良き城主を迎え入れなければならない。あなたは、新しき城の主人として、なにを迎え入れるのか……? 人の上に立ち、導いていく者には、より長期的なヴィジョンがなければならない。あなたには、どうも、それが欠けているように思える。あなたはレムノ王国に、どのような未来を思い描いているのですかな?」
自由を与えるだけでなく、その自由を用いて何をするのか? どのように国を良くしていくのか? そこまでを見通し、示さなければならない、と。シャロークは言っているのだ。
――ふむ、さすがはシャロークさんですわ。なかなかに、ご慧眼……。
なぁんて、他人事のように見守っていると、不意にシャロークがミーアのほうを向いて。
「学ぶことです。帝国の叡智に」
突如、話を振られ、ミーア、思わず目を瞬かせる。
「聖ミーア学園にはそれがある。帝国の展示会場を見れば、それがよくわかるでしょう」
え? そっ、そうかなぁ? そうなのかなぁ? などと、ミーアが問いを差し挟む間もなく、シャロークは続ける。
「もしも、それを示すことができるというのなら、喜んで資金を援助しましょう。もっとも……それがあれば、私の資金援助の約束などなくとも、ダサエフ宰相は納得して、きちんと後ろ盾になっていただけると思いますが」




