第二百十七話 ソワソワする乙女心
さて、試食会での大役(来た人が食べたくなっちゃうぐらい、美味しそうに食べるという任務)を見事果たし、その後、ミーアはアベルと共に祭り会場を練り歩くことになった。
試食会によって、そのお腹が八分目と言ったところなので、甘いデザートの出店があれば、それをゲットし、食べ歩きデートと洒落込もうという算段だ!
――歩いて運動しながら、食べるわけですし、むしろ、先ほど食べたカニ鍋の分も消化できてしまうかもしれませんわね。
そんな(カニの)殻算用なのだ!
「ふふふ、楽しいお祭りデートですわね。嬉しいですわ」
ニッコニコ微笑みつつ、隣に目を向ければアベルが優しい笑みを浮かべていた。
「君は、このところ、ずいぶんと忙しくしていたからね。今日は存分に気晴らしに付き合うよ」
それから、アベルは芝居がかった仕草で、
「では、姫君、美しいお手をどうぞ」
っと、ミーアの手を取った。実にスマートなエスコートである。
「まっ! アベル、実に手慣れておりますわね。何人の女性をお相手に練習したのかしら?」
冗談めかしてそう問えば、アベルは大げさな様子で目を剥いて、
「それは心外。我が忠誠は、愛しき姫君にのみ向かうものでございます」
そうして、深々と頭を下げる。チラ、っと上目づかいで見つめてくるアベルと目が合い……、顔を見合わせて笑い合う。
ちょっぴり離れたところで、ベルが、ふぉおおおっ! っと拳を握りしめているのであるが、まぁ、それはさておき……。そして、当然のことながら、ベルのそばにはアンヌとシュトリナ、さらに護衛としてディオンと何人かの近衛も見ているわけだが……。
そんな面々の前で、なんとも言えぬイチャイチャを楽しんでから、ミーアとアベルは歩き出した。
ソワソワ……アベルの顔を見つつ、その精悍な横顔に、ほわぁっとなりつつ……。ちょっぴりウキウキ。足取り軽く歩くミーア。
気持ちが通じ合っていれば、言葉などいらない。なぁんて、恋愛小説の一文が頭に浮かぶが、ミーアは思う。
――だけど、お話しするのだって、楽しいですわ!
っということで、ミーアは早速、口を開く。
「アベルはどこか行きたいところはございますの?」
「ん? そうだね。いろいろ興味はあるけど、とりあえず、一通りは回りたいかな」
それから、ふと思いついたという顔で、
「そういえば、帝国の展示会場はすごかったな……特に、あのお土産売り場は圧巻だった」
ミーア、その言葉に、うぐっと呻く。
できれば、あのトンデモネェ金色空間は、見られたくなかったミーアであるが、アベルの顔からはマイナスの感情は見られない。引くような様子もなければ、馬鹿にする様子もない。憐れむような様子もない。ただただ、純粋な笑みを浮かべて……。
「君が民に慕われていることがよくわかったよ」
そんな彼の様子に、ホッとするのと同時に、ふと思う。
――いえ、でも、あれを自然と受け入れられてしまうのも、それはそれで……複雑なものがございますわね。
ミーアの複雑な乙女心(?)なのである。
「それはそれとして、レムノ王国の展示会場はいかがですの?」
「正直、そこまでではないかな。一応、王国と王家の歴史を取りまとめたものと、伝統料理の情報をいくつか出しているけど、やっぱりメインではないしね」
メインではない。そうなのだ。
クラリッサ王女が一番力を入れているものこそ、レムノ王国女学園構想なのだ。
世界会議にやってくる宰相ダサエフ・ドノヴァンの支持を取り付け、レムノ王国の貴族令嬢に向けた教育機関を作ること……。それこそがレムノ王国の前進だと、彼女は見定めているのだ。
――その前に、シャロークさんとお会いして、金銭的な条件を整えたいところですわね。今日の内に捕まえて、お話を通してしまおうかしら……。
「こっちは盛況みたいだね」
不意に言われて、顔を上げる。っと、アベルの視線の先にはペルージャン農業国の展示会場があった。
商人ばかりでなく、護衛を連れた貴族も集っているからだろう。会場はかなり込み合っていた。
ソワソワ……一瞬、自分が食べる分のスイーツがなくなってしまうのでは? っと不安になってしまうミーアであったが……。
「あっ、ミーアさま、こっち! こっちです」
手を振る令嬢たちの姿があった。
一足先に試食会会場から戻っていたラーニャとクロエだった。彼女たちは、ペルージャン農業国の展示スペースの中にあるミーアネットの展示を担当していた。
「ご機嫌麗しゅう、ミーア姫殿下。お越しいただきありがとうございます」
ちょこん、とスカートを持ち上げるラーニャに、ミーアも礼を返す。
「大盛況ですわね。ペルージャンの展示会場は」
「はい。ミーア二号小麦を呼び水にして、たくさんの方が来てくださっています。ペルージャンの農作物をアピールして、良い契約を結べれば良いのですけど……」
帝国の属国扱いを脱するべく、魅力的な農作物の育成に積極的なペルージャンである。そのアピールの場として、このパライナ祭を生かそうというのだろう。
「あ、もちろん、ミーア姫殿下の飢える者のいない世界というお考えを軽視して、自国のことを優先しているのではなく……」
ちょっぴり慌てるラーニャに、ミーアは笑みを浮かべつつ、首を振り、
「無論、わかっておりますわ」
参加する国々には、もちろん、思惑があるだろう。
ミーアとしては、自分たちの方針に反対するものでない限り、余力でどんなことをしていても、細かいことは言わない。
「それに、わたくしもペルージャン産の果物には興味がございますわ。今日も、実食できるのかしら?」
ラーニャとのお友だち特権を用いて、スイーツの確保に乗り出したミーアなのであった。




