第二百十六話 カニ食い叡智を眺めながら
海産物研究所、公開試食会。そこに集まる注目はなかなかのものだった。
なにしろ、大陸を代表するセントノエル学園と、新興で非常に勢いのある聖ミーア学園との共同研究の発表会である。しかも聖女ラフィーナを筆頭に、大国の次世代を担うビッグネームがこぞって参加するものだったからだ。
今回のパライナ祭の一番の注目点であった寒さに強い小麦ミーア二号。その名の由来となった帝国皇女ミーア・ルーナ・ティアムーンや大国サンクランドの次期国王シオン・ソール・サンクランド。有数の港湾都市セントバレーヌの重鎮、ルシーナ司教伯の子どもたちなどなど。軽視できないメンバーが参加を表明していたのだ。見に行かないなどということはあり得ない。
そのミラナダ王国の高官の男も、そんなことを思いながら、試食会を訪れていた。
「それではー、帝国のミーア姫殿下から一言、お言葉をいただきたくー」
オウラニア姫の少しばかり間延びした声が響く。てっきり形ばかりの簡単な挨拶だろうと思ったのだが……。
「その目的は、この大陸から飢饉を撲滅することですわ」
まったく違った。
皇女ミーアの表明は、力強く、その場に響いた。
――なるほどな、この試食会をパライナ祭の序盤、二日目に持ってきた意味がよくわかる。要するに、これは今回のパライナ祭の意義の表明なのだ。
かつて、長らく漫然と行われていたパライナ祭。
国々が、それぞれに持つ技術を、損得を越えて提供し合い、人類すべての前進を目指す。
具体性を欠く綺麗事を目的とした祭りは、いつしか形骸化し、続ける意味を失って、行われることもなくなっていた。
それを今、復活させる意味を、ミーアは語っているのだ。
高官の男は、そんな狙いを見事に看破したのだ! ミーアらの思惑を、見破ってみせたのだ!
――そして、飢饉撲滅を達成するために、魚の養殖と飢饉時の活用を進めていく、か。王侯貴族に金を出させるために、釣りを流行らせ、各地に池を整備して、そこで魚を飼うことを推奨すると……。
展示会場を一通り見た彼は、すでに気付いていた。
ミラナダ王国は、大商人シャローク・コーンローグのおひざ元だ。商人たちの力も強く、貴族と言えど、目端が利く者が多い。
その高官の男も、そうだった。すでに、ミーアたちの思惑にはしっかりと気付いていた。
だが、狙いがわかったからと言って、それに反対することはない。
上手く、その狙いに乗って美味い汁を吸えればよし。それが無理でも、別に不都合はなかったからだ。
貴族の中には、狩猟を趣味とする者もいる。釣りが趣味になる者がいても、おかしくはないだろう。それによって、自分が損を被ることもない。飢饉など、起きないほうが良いに決まっている。
――ただ、民草を飢えさせぬために備えをせよと言えば抵抗を感じる貴族もいるだろうが、これならば、納得するだろう。
むしろ、そう感心していたのだ。
――それにしても、大陸全土から飢饉を撲滅する、か。それは未だ実現したことのない未知のものだな……。
っと、前方に目をやった彼は……その光景に目を見張った。
帝国皇女、ミーア・ルーナ・ティアムーンが……実に美味そうに、アシタカガニの足を食べていたのだ!
あの、見るからに恐ろしげな未知の生物を……何も躊躇うことなく食べていたのだ!
それを見て、彼は気付いた。
――ああ、なるほど、これもまた、パフォーマンスということか!
普通の姫君であれば尻込みしそうな、あの不気味なアシタカガニの足を、むしゃむしゃと、美味しそうに率先して食べること、それは一つの象徴だった。
――あのアシタカガニは、恐らくは、我らがまだ見ぬ未来を表しているのだろうな。
飢饉なき世界、誰も見たことのない未来。誰もが不安と、不信を抱くような未知なる世界を、ミーアは先頭に立って、ぺろりと食べてしまおうというのだ。自身が率先して、その未来に齧りついてみせたのだ。
――これから、自分たちが先頭に立って進めていくと……そう表明しているということか。いや……違うな……。あの姫君は、すでにそれを始めているのだった。
そうなのだ。ミーアたちはすでに動いている。
食料の相互支援の仕組みミーアネット。
国をまたいだ互助の組織に自らの名を冠することの意味を、あの帝国の叡智が考えぬわけがない。考えたうえで、その責任を負う覚悟をもって、名を使うことを許したのだろう。
――大陸の明るい未来に自らが責任を持つという表明……だから、我らにも協力を求めていると……、この試食会にはその意味もあるのではないか……。
無論、そのメッセージに気付く者は多くはないだろう。
多くの者は、あの姫君が、ただ真新しい料理を供されて、ご満悦で食べているだけと見るだろう。されど……気付く者は気付くわけで……。そして、気付いてしまった者は選択を迫られるのだ。
「あなたは、わたくしに協力してくれますの? それとも、傍観者を貫きますの?」
一瞬……ほんの一瞬だけ、ミーアと目が合ったような気がした。刹那、その声が耳元で囁いたような……そんな感覚があった。
「あれが、聖女ラフィーナの唯一……無二の友と言われる帝国の叡智か……」
ちなみに会場内には、この高官のように、圧倒された様子の者がチラホラいたとか、いなかったとかいう話だが……。大丈夫だろうか……?
ミーアは、偉そうなことを言って、美味しそうにむしゃむしゃカニ食ってただけなのだが……。
ともあれ、パティを始め、ラフィーナやレアも最終的には美味しそうにカニを食べられたので、結果オーライなのであった。
その後で、もうちょっとアレな食べ物も出てきて、ちょっぴり顔色が悪い人もいたけど……まぁ、些細なことなのであった。




