第二百十三話 神を呪うは統治者の怠惰なり
さて、パライナ祭は二日目を迎えた。
本日のミーアの予定は、海産物研究所の主催による試食会である。
きっちりと、健康重視のナチュラルな仕上げのドレスを身にまとい、頬をパンパンっと叩いて気合を入れる。
そうなのだ。なにしろ、海産物の専門家たるオウラニアがお勧めする絶品深海食材である。どんなものが出てくるのか想像すると、気合も入ろうってものなのであ……。
「今回のパライナ祭の目玉企画の一つである海産物研究ですし、この大陸の未来のためにも、失敗するわけにはいきませんわ。きっちり美味しそうに食べて、アピールをしなければ」
…………そっ、そうなのだ! 知っての通り、ミーアは聖人認定されかけたこともある、非常に人徳ある人。大陸の将来のために、しっかりと役割を果たすべく気合を入れているのだ……本当かなぁ?
なにはともあれ、気合十分、ミーアは拳を振り上げる。
「今日は頑張りますわよ!」
そうして、鼻息荒く、ミーアは展示会場に向かった。
海産物研究所の展示会場前には、すでに、試食会場設営が進んでいた。
でかでかと【海産物研究所 試食会会場】との横断幕が掲げられ、一段高くなったステージが設えてある。
ステージ上には、横長のテーブルが三つ並べられていた。
テーブルの上には名前の書かれた札が立てられており、すでに席は決まっているらしい。
ちなみにミーアはど真ん中である。
「あ、ミーア師匠―!」
オウラニアが、ピョンピョン飛びながら、ぶんぶんっと元気よく手を振っていた。
「ああ、オウラニアさん、準備万端ですわね」
「はいー。今日はよろしくお願いしますー」
っと、話している間に、試食会に参加するメンバーが集まってきた。
参加するのは、ミーアとラフィーナ、レアとリオネル。シオンとアベル。この辺りのメンバーが中央付近に集まる。いずれも大陸を代表する権威者と言えるだろう。
さらに、ミーアネットを代表してペルージャン農業国のラーニャ姫が左側のテーブルに、同じく、商人代表としてクロエが、海産物に商品的な価値を付加するためにその隣に座る。さらに、その隣には、寒さに強い小麦を発見した農作物のスペシャリスト、セロとその姉ティオーナが並ぶ。
また、右側のテーブルにはベル探検隊の精鋭……ではなく、特別初等部の子どもたちから、ヤナとパティ、キリル、カロンとローロが呼ばれていた。子どもでも食べられる物だとアピールするためだ。
ちなみに、オウラニアは司会進行役である。
さて、席に着き、待つことしばし。
徐々に、会場内に招待客が入ってきた。
ラフィーナやミーアの名に惹かれた、各国の王侯貴族達である。ちゃっかり、ティアムーンの皇帝、ヴェールガ公、サンクランド国王が並んで入って来てたりもして……。
ヴェールガ公と親しげに談笑する父に、なんとなく不穏なものを感じるミーアであったが……。
「それではー、これより試食会を始めたいと思いますー。はじめにー、ティアムーン帝国のミーア皇女殿下にご挨拶していただこうと思いますー」
唐突に、オウラニアが無茶振りをしてきたため、気にしている余裕はなくなった。
「あら、わたくしから、ですの……?」
突然のことに、思わず目をパチクリさせるミーアであったが……。まぁ、ここで変なお偉方が出てきて、ご立派なスピーチを始めてしまえば、お料理の味が落ちるかもしれない。それは避けたい。
手短かに話を切り上げるべく、ミーアは快く挨拶の任を受け入れた。
その場で立ち上がり、ミーアは集まってきた者たちのほうに視線を送る。
「みなさま、ご機嫌麗しゅう。こたびは、海産物研究所の試食会の見学に来ていただき、心から感謝いたしますわ」
朗らかな笑みを浮かべつつ、ミーアは言うべきことを、頭の中でまとめる。
「この海産物研究所は、セントノエル学園と我が帝国の聖ミーア学園との共同研究プロジェクトとして発足、ガヌドス港湾国の全面的な協力を得て立ち上がった組織ですの。そして、その目的は、この大陸から飢饉を撲滅することですわ」
そっと胸に手を当て、ミーアは続ける。
「食物の知識が豊富にあるのは、とても良いことですわ。それだけ飢えからは遠ざかることができるのですから」
他に食べる物があるという事実が『小麦一袋の値段と城の値段が同じなどという地獄』の到来を抑えることになるのだ。どんなものが食べられるのか、どこにその食べ物があるのか、その知識は非常に重要なものなのだ。
そこで、ミーアは目を開け、会場の者たちに視線を巡らせる。いまいちピンと来ていない様子の彼らに、一つ頷いてから、ミーアは考える。
なにをどう話せばよいか……。自身の体験した確信を、共有するために、どう話すか……。ミーアはゆっくりと口を開いた。
「神は……時にわたくしたちに試練を与えるもの。嵐に干ばつ、洪水、蝗害、疫病。それらのものは、わたくしたちにはどうすることもできないものですわ」
某騎馬王国では、天馬姫は天候を操る、などという怪しげな噂がまことしやかに囁かれているが、当然のことながら、ミーアにそんなことはできない。
大雨も、嵐も干ばつも、人の身であるミーアにはどうすることもできないことなのだ。
「災害が起こることは、わたくしたちに止めることはできない。されど……、起きてしまった災害の被害を大きなものにするか、小さなものにするかは、我ら統治者の行動にかかっていると、わたくしは思いますわ」
日の恵みの少ない寒い夏の到来を防ぐことは、ミーアにはできない。
だが……小麦の不作による飢饉が起こることは防ぐことができた。
万全の備えによって、不作の被害を最小限に抑え込むことができた。
ミーアは未来を知っていたから、その備えができたわけだが……。当然、未来を知っていた、ということを話すことはできない。なので、その部分を抜いて論理を作っていく。
すなわち、確実に災害が来るから備えるのではなく、もしかしたら来るかもしれないから、いつ来ても良いように備える、である。
いつそれが起きるか知ることはできずとも、いつ起きても良いように備えることはできるのではないか、ということである。
そして、海産物研究所の目的はまさにそこにあるのだ。
「治水を怠った統治者が、川の氾濫を前になすすべがないと嘆くのは怠慢というもの。大雨を防ぐことはできずとも、氾濫を防ぐための備えをすることはできるし、氾濫を防ぎきれずとも、そこに住む民の命を救うための備えはできますもの。我らは、判断一つで災害の及ぶ範囲を狭くすることができる。それだけの力を与えられていると、わたくしは思いますわ」
お前ら、民から税を集めたり、贅沢な生活してるんだから、そのぐらいは当然やるよなぁ? っと言いたいミーアである。下手なことをして、帝国に塁が及ぶようなことすんじゃねぇぞ、と大きな声で主張したいミーアなのである。
「ゆえに、わたくしはこう考えますわ。災害を前に神を呪うことしかできないことは、我ら統治者にとっては怠慢であり、責任放棄である、と。災害を前にしてなお平常を守り、民の心を安んじることこそが我らの責務である、と」
そのぐらいのつもりで各国が備えてくれれば、それで足りない分はミーアネットで対応可能だろうとミーアは考える。そして、食べ物さえあれば、とりあえず、革命の火はそこまで大きくはならないだろうと確信するミーアである。
潤沢な食料は人々の心を潤し、革命の火にくべる薪を湿らせる恵みの雨なのだ。
「海産物研究所は、この大陸から飢饉を失くすことを目的とした取り組みですわ。今まで食べることを考えていなかった食物に光を当て、一部地域でしか知られていなかった食料の知識を共有し、いざ飢饉が起きた時の備えの術を整えるため、我が聖ミーア学園とセントノエル学園との共同プロジェクトとして立ち上げたもの。そして……」
ミーアはその場に集まった者たちに堂々と目をやってから……。
「これからわたくしたちが食すのは、その研究の成果ですわ」
スッと腕で指し示した方向、ぐつぐつと茹だった鍋が運ばれてきた。
大陸から飢饉を撲滅する……その輝かしい未来のための第一歩が、赤い巨大な蜘蛛の形をして、会場に現れたのだった!




