第二百十一話 深夜のお散歩、孫と祖母
さて、帝国展示会場にて、大きく心の耐久値を削られたミーアは、その日はそのまま帝国の滞在地に帰ってきた。ふらふらーっと馬車の中に戻り、回復に努めるために早々に眠りにつく。
……ちなみに、言うまでもないことながら、その間に夕食はしっかりと食べている。食欲がないので、食べずに寝た、などの誤解のないように、一応記録しておく。
さて、そうして熟睡することしばし……。時刻は深夜。
悪夢にうなされたミーアは、ハッと、目を覚ました。
「……いやな、夢でしたわ」
ふぅっとため息。汗を拭う。
どんな夢だったかは定かではない。
ただ、なんか、こう……キラキラ金色に輝いていた! ものすごーく、金色な感じの夢だったのだ!
「これは、どう考えても、あのお土産売り場のせいですわね。きっと、暗いお土産売り場に一人で立ってて、気付いたら金色の像がすべてこっちを向いてたとか、あの像に追いかけ回されたりとか……あるいは、金色のギロちんが大勢出てきたとか、そういうのに違いありませんわ」
材料が木材である以上、あの金色に光る木で作れば、黄金に輝くゴールドギロちんの出現は十分に考えられるわけで。
「恐ろしい夢を見たからか、少し喉が渇きましたわね……」
近くの水筒には、アンヌが汲みに行ってくれた水が入っていた。それを一口飲んで、ふーっとため息を吐く。
ふと視線を転じると、アンヌが眠っているのが見えた。
ちなみに、ベルはシュトリナと、パティはヤナたちのところで眠っているので、ここにいるのはアンヌだけだった。
軽く外に視線をやったミーアは、自らの体を見下ろす。幸いと言って良いのか、着替える気力がなかったので寝間着には着替えていない。
――これならば、外に出ても問題ないかしら……?
などと思いつつ、なんとはなしにドアを開けた。
外に出てみようと思ったのは、ちょっとした気まぐれだった。強いて言うならば、今、眠りにつくと、再び、黄金のナニカの夢にうなされると思ったからだ。軽く星空を見て、散歩をしたら気分も変わるかもしれないし……。それに、運が良ければ、夜光性の新種のキノコとの出会いもあるかもしれない。そうすればきっと夢見もよくなるだろう、と。
そのぐらいの、軽い気持ちだった。
馬車を出ると、入口のところに立っていた皇女専属近衛兵と目が合った。目礼してくる近衛兵に軽く手を挙げると、四人の兵士の内、二人がついてきてくれた。
――まぁ、祭りの会場内とはいえ、一人で散歩とはなかなかいきませんわよね。
ミーアは小さく頭を下げてから、ゆったりとした速度で歩き出した。
煌々と焚かれた松明が至る所に立てられている。ゆらゆら揺れる炎に照らされ、辺りは薄っすらと明るかった。
辺りには、無数の兵たちがいた。馬車のそばには、各貴族の護衛兵が立ち、寝ずの番をしている。
会場警備のために巡回する兵士ともすれ違う。
ちらほら、ミーア以外にも散歩をしている貴族もいるようだった。
――夜の逢瀬を楽しんでいる方もいるかもしれませんわね……。ふむ、わたくしも、期間中にアベルと……あら? あれは……。
ふいに、ミーアが足を止める。その視線の先、小さな少女の姿があった。
「あれは、パティ……。それに」
ぼんやりと夜空を見上げているパティ。そのそばには、ひっそりと彼女を守るようにして近衛が立っていた。
「デニスさん、お疲れさまですわね」
声をかけると、近衛隊長デニスは姿勢を正して頭を下げた。
「月明かりの中で、彼女が出ていくのをご覧になった陛下より、護衛をするように、との命を受けております」
皇帝の護衛隊長ともあろう者がなぜここに? っと疑問を口にする前に、事情を説明してくれる。
「なるほど、お父さまに言われて、ということですわね」
パライナ祭の会場の中、しかも、近衛兵が巡回している帝国の滞在地の中だから滅多なことは起こらないだろうが、蛇は神出鬼没。油断は禁物だ。
――それにしても、お父さまも、パティの正体を本能的に理解しているのかしら……?
近衛隊長という重役を、身分不詳の少女であるパティに付けたことに、ちょっぴり首を傾げつつも、ミーアはそっとパティに歩み寄った。
「ご機嫌よう、パティ」
「あ……ミーアお姉さま……」
なぜだろう……? 振り向いたパティは、今にも消えてしまいそうなほどに儚く見えた。
「夜の散歩とは、なかなかに風流ですわね。眠れないんですの?」
そう問いかければ、パティはコクンッと頷いて、
「……お祭りが、すごく楽しくって……眠れなくなりました」
ぽつり、とつぶやくように言った。その顔を静かに見つめてから、ミーアは小さく笑みを浮かべる。
「そう。まぁ、楽しめているのは良いことですわね。でも、明日以降も楽しいお祭りはまだまだ続くのですから、ほどほどにしないといけませんわ」
と言いつつも、ミーアはそっとパティの横に立った。
「もう少しその辺を一緒に散歩したら、戻りましょうか」
ミーアの提案にパティは、コクンッと頷いた。




